第9話

 束ねた原稿用紙の最後のページをめくり終えたマイコさんはため息をつき、私に向かってその紙を振りかざした。

「私、こんなふうに泣いたかしら」

「私にはそう見えたよ」

 できるだけありのままを綴ったつもりだと告げると、マイコさんは唇を尖らせた。

「明らかに捏造されているところや不自然な箇所もあってよ?」

「ただのノロケ話を読みたい人なんていないでしょう? 仕方がないわ」

 私は席を立ち、マイコさんから原稿用紙を受け取った。

「それに、ふたりの思い出は秘密のままにしておきたいじゃない?」

「だったら、小説になんてしなければいいのに」

 私たちの関係を祝福してくれる人はいない。だから、せめて物語の中でだけでも、見知らぬ読者たちに祝って貰えたら、なんて。

 マイコさんは私の考えを見抜いたようで、私の髪をひとたば手に取り、口づけをしてから愛を囁いた。

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貴女の香り 音水薫 @k-otomiju

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