キッチリさんとふわふわちゃん
森野 のら
第1話
『三好さんと松永さんって幼馴染なんだって』
『へぇ、意外だね。キッチリとのんびりって感じで正反対なのに』
『でしょでしょー』
そんな会話を聞きながら、携帯アプリの脱出ゲームを進めていく。
確かに私と三好は正反対だ。
ふわふわした雰囲気も、誰とでも仲良くなれる明るさも持ち合わせていない。
だからこそ、隣にいる権利が与えられている。
「んん〜、おはよう
「おはよ。三好」
膝の上で眠っていた三好が、目を覚ました。
ぐぐーっと伸びをして、まだ眠たげな目をこする。
「いま何時?」
「四時四十分だな。そろそろ帰るか?」
「そうする〜」
外はすっかりと茜色に染まっていて、三好が眠っていた中庭では、隣の教室から吹奏楽部の姦しい話し声が聞こえてくる。
よくもまあ、こんなうるさい場所で寝られるもんだ。
立ち上がって、体を叩く。
すると三好が腕を私へ向けて伸ばす。
「起こさんぞ」
「ちぇー」
仕方ないなぁ、と三好が立ち上がる。
そのまま鞄を持って、歩き出そうとする三好の尻を叩いてやった。
「土がついてる」
「もぉ、いったいなぁ。久遠は私を目覚めさせようとしてるの?目覚めちゃうよ?」
「頭も叩いてやろうか?」
「暴力はんたーい」
寝起きだというのに元気なやつだ。
「今日のご飯はなに?」
「まだ決めてない。買い物して帰るから食いたいもんがあるんだったら言ってくれ」
「じゃあオムライス!」
「りょうかい」
私と三好は一緒に住んでいる。
三好の両親は相当な過保護で、家から遠く、そこそこ進学校であるこの高校へ通うための条件が、幼馴染である私
おかげで家から通える距離にあるのに、強制的に二人暮らしをさせられている。
だが三好の親が
流石、金持ちだスケールが違う。
スーパーでの買い物を終え、安売りの卵二パックと鶏肉などを袋に詰めて、帰り道を歩く。
辺りはすっかり暗くなっていて、人通りの少ない田舎道には二人分の足音と袋が擦れる音だけが聞こえている。
「なあ、三好」
「もう誰もいないよ?」
「……はぁ。
「なぁに?久遠」
によによと笑みを浮かべているであろう伊乃を軽く小突いてやる。
「ルームシェアなんてお前、一番嫌いなタイプだろ。本当に良かったのか?」
無理をしているようには見えないが、本当のところ、今年の三月から始まったルームシェアについてどう思っているのかが気になった
「あのさ。本当はね。一人暮らしをするときにメイドを雇おうって話だったの」
「メ、メイド?」
「うん。だけど私は自分の空間に誰かが入ってきたり、他人と同じ空間で寝泊まりするのが嫌なの。知っているでしょ?」
「ああ……それで修学旅行も休んだよな」
「でも久遠なら……嫌じゃないから。それに久遠なら安心だってお母さんもお父さんも知ってるから」
「前から思ってたけどなんだその妙な信頼は」
「ふふっ、最近はさ。嬉しいの」
「嬉しい?」
「うん。起きて顔を洗ってると歯磨きが二つあるのも、果物の歯磨き粉と私が嫌いな辛い歯磨き粉が一緒にあるのも、エプロン姿の久遠がご飯を作ってくれるのも。なんだか全部嬉しいの。だからね、私は嫌じゃないよ」
「なんかすっげえ恥ずかしい」
「もしかして照れてる~?」
「うっせ」
顔を背けて、伊乃の一歩先を歩く。
いくら暗くても、こんな顔のまま伊乃の隣は歩けない。
きっと帰るまでには、まだ冷たい春の風が頬の熱を奪ってくれることを願って。
キッチリさんとふわふわちゃん 森野 のら @nurk
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます