第3話 迷探偵ここに敗れる 後編
「へえ、中は意外と広いんだね」
彼女は「1-Cの美緒田夏帆だよ」と名乗ると、そのまま部室の中を物色し始めた。
この当時はまだ部室に殆ど物は置いてなかった。あるのは俺の執筆活動のための机と椅子、そして資料のために家から持ってきた分厚い本くらいなものだ。
やたら深く座り心地のふかふかなソファや、PC、並べた椅子に案外几帳面な感じに掛けられた布団、壁に並び立つハイヒールやら、サイハイソックスを履かされたトルソーやら、趣味の微妙なラインの漫画、BL本、百合本などは一切無い。
俺は美緒田を、「初の部員獲得なるか!?」と思い、咳ばらいを一つしてから声をかけようとする。すると彼女に続いて、続々と人が入ってきたのだった。
「俺もノーマルですよっと」
「俺もノーマルですが?」
……!?お前らいったいいつからそこにいた!?
べ、別に悪い事しようとしていたわけじゃないんだけれども!
幸臥と、そして羽生だ。幸臥の金髪と、羽生の、優しい苦笑いが俺の目に印象に残ったのはその時だ。そしていつの間にかその後ろにもかなりの人数が集まって騒いでいる様子が伺える。
「な……一体なんだ?」
俺が慌てて部室から通路に出ると、その大勢の人々は一心不乱に何かを写真に収めていた。
そこには『カクヨム部』と書かれた文字の上に『変態の館』と殴り書きされた看板が、無残にも横たわっていた。俺が、即席とは言え気合を込めて、木に墨で書いて作った『カクヨム部』の看板に……。
集まった人々は、この看板を見て「やっと見つけた!」とか、「こんなとこにあった~」などと、大騒ぎしていたのだ。
「な、なんっ……」
開いた口の塞がらない俺が口をパクパクさせていると、そのうちに騒ぎを聞きつけた先生がやってきて、訳の分からないままの俺を職員室へと連行していった。
今の俺があの場にいたのなら「違う、俺じゃない、これは冤罪だ!」とすぐさま叫んで猛反発することも出来ただろうが、看板への落書きのショックと余りの人の多さに半分パニックになっていた当時の俺は、先生にされるがままに騒ぎの張本人として、しこたま怒られることになったのだった。
先生曰く。
字の書き替えられた看板を写真に撮って、ネットに上げた上でその写真を学校のパットをハッキングして全校生徒の目に触れさせ、さらにそれだけでなく、「この看板どーこだ」という問題を出題し、生徒達を扇動させ、結果この騒動を引き起こして利点があるのは俺しかいない。
……ということらしい。
ちなみに、全校生徒や先生のパットには画像が送られているのに対して、俺所有のパットには一つの画像も送られていなかったのだった。
*
「……今思い返しても、ハラワタ煮えかえるな」
「ほとんど忘れかけてたくせに」
と、指摘する美緒田の言葉は無視するとして。
俺は自分の机の上に肘をつき手を組み、部員達を見据えた。
「実のところ、大体の見当はついてるんだけどな」
帰りの時間だったのでそろそろ帰るか、なんて話初めていた多くの部員達は、俺のその言葉に一斉に立ち止まった。
まるで俺が、物語の中の探偵のようじゃないか。部室の空気がピンと張り詰めていくのをひしひしと感じると、俺はその場を支配するように説明を始めた。
字を書き換えた人物
写真を撮ってネットにアップした人物
全校生徒が使用しているパットにハッキングかけて写真と問題を出題した人物
それを見て大騒ぎし、生徒達を扇動してきた人物
これが、今回の一連の騒動の犯人達と言えるだろう。
なぜ犯人達、なのかというと。
その後日の話なのだが、俺は同じクラスにいる、ある友人から問題となった写真を見せてもらうことが出来た。
そこには今まさに書き換え真っ最中といった具合の看板を、両手を使って文字を書き換えているある人物の体が写っていた。
書き換えしている人物の顔はぼんやりとしか映っていなかったのだが、俺はそいつの頭髪を見た途端に誰なのか分かってしまった。ちなみにネットにさらされた写真はこれと同じものだ。
しかし全校生徒が使用しているパットには、それとは全く違った写真が掲載されていたのだった。故に、これでそれぞれ犯人が別にいるということは、わかっただろう。
そして、多くの生徒達を扇動してここにつれてきた人物。
それは……
俺は、びしっと指を立て、ここぞとばかりに睨みを利かせた。
「美緒田、お前だっ!」
「へ、……私?」
俺が指すと同時に、部員が一斉に美緒田を覗き込んだ。彼女の、ポカンとした表情。なんと白々しい犯人であることだろうか。しかし、残念なことに彼女の性格からして分かりきっていることが一つある。
「つーか、単に面白がって大騒ぎしたってだけだろうけどな……」
「えー、なんだ、わかってんじゃん」
そう言って、彼女はケタケタ笑いだした。つまり、自覚無しの犯行である。
何を笑っているのか。面白いことなど一つもないというのに。
「そして、字を書きつぶしたのが、幸臥。写真をネットに上げたのは、浅賀だ」
「なんだー顔写ってないから俺だってわかんないと思ったのに」
そんなもんその制服着てその頭してたら、お前だって事くらい顔みなくてもすぐわかるわっ!と、心の中で突っ込んでおく。落ち着け、今の俺、気分だけはクールな探偵だ。
「まぁ、あの写真みせたの私ですもんね」
そう、浅賀は俺と同じクラスなのであった。ついでに見せられた彼のあんな写真やこんな写真は、とりあえず置いておくとして。俺がほんの一瞬、にやけながら物思いにふけると、すかさず美緒田が目を覚まさせるように俺をせっついた。
「で、で? 結局全校生徒のパットにアクセスして画像送ったの誰な訳? 浅賀ちゃんじゃなかったんでしょ?」
「勿論ですよ! 私は面白い人居るなって思って写真とっただけなんですから」
「……それは……だな……その……」
そう、一番肝心なのはそこだった。
その人物が画像を全校生徒にさらし、問題を出題さえしなければ少なくとも俺は先生に目を付けられることも無かったし、生徒のほとんどに「あ、あいつカクヨム部の……」などと、陰口を叩かれることもなかったのだ。そう、なかった……。しかし、結局のところ俺はその画像を送った人物を探す、その糸口すら見つけることは叶わなかった。迷探偵、ここに敗れたり。
「わからん!」
「……は?」
「いやぁ、一応俺なりに色々調べてみたんだけど、痕跡とか? ちっとも残って無くってさぁ……。何をどう調べたら分かるのかもよくわからないし。そもそも、それだけの事が出来る奴が、当時俺以外の部員も居なかったカクヨム部に用があったとも思えないし。愉快犯だった? っていうのが、俺の結論なんだよね」
俺のこの発言に、この場にいた部員全員が白目を向いた。
え、ちょっと、やめてそれ。前回も冒頭にこれあったよね!?
「……え、待って。ここまでもったいつけといて、結局その落ち?」
「さすが宇多野。普通を極めた男」
「まぁでも、結局はそのおかげで部員が集まったんですから、そのハッキングした人に感謝してもいいくらいだと私は思いますけどね」
「たしかし!」
「たしかし!」
浅賀の言葉に美緒田と幸臥が鼻で笑いながら同調し、部室を出て行くと、他部員達も後に続いた。
ぐっ。まったくもってその通りな訳だが、納得いかない。なんだ普通を極めるって。普通を極めるとこういう弊害がでるのか? 部員が集まったのは俺の実力で……いや、最初に幸臥に声をかけた俺の先見の目があってこそ……うぅ、これ墓穴か? しかし二度言うが、納得いかない。
「この部は、結構面白いと思うぞ。それと、これもなかなかだった。」
PCの電源を切って帰り支度をすました羽生は再びあの苦笑いを浮かべながらどこか恥ずかしそうにそういうと、俺の力作を机にそっと置いて、俺に背を向けて帰って行った。
「この終わりも、ついこの前にやったよね……」
春の始まりの夕陽は、今日も俺の目に眩しかった。
こちら角川高校カクヨム部~無料から始まる変態部活~君等の頭どうなってるの? 穂高美青 @hodaka-mio
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