第2話 迷探偵ここに敗れる 前編
―――――ここまで執筆し、作家はニヤリと笑った。
やはり藍上だった。―――――
「……っ、できた!」
俺がそう声に出して大きくのびをしていると、横からやってきた
美緒田は部室にいつの間にか誰かが置いた一人掛けソファに深々と沈むと、ふむふむ、と御大層な姿勢で読み始める。
まるで紙を通して俺の
「そういえば、あれって結局誰が犯人だったんだっけ?」
「……あれってなんだよ」
俺はといえば、ここ最近の寝不足が祟った事と、美緒田の俺の作品に対するぞんざいな態度にやや不機嫌になりながら、そう答えた。
『犯人』と言い出した辺り、俺が書いたミステリー小説を読み始めた影響を受けての事だろうが、せめてもう少し、多少なりとも、小説の感想を言ってから別の事を話してほしいものである。俺のどぎまぎを返せっ!
美緒田はそうとは気づかず、いや、気付いてのことかもしれないが、俺のその不機嫌さを全く意に介することなく続けた。
「ほら、私が初めてここにきた時のさ、騒ぎあったじゃない」
「ん? なんかあったっけ?」
俺が「?」の顔で首を傾げていると横から、椅子を並べてその上に布団を敷き、そこに寝そべって本を読んでいた
こいつが今手に持って読んでいるのは巫女の格好でサイハイソックスを履いた美少女が異世界で戦うという何とも設定が微妙な漫画だ。「普段サイハイソックス見えないじゃん」と俺が問うた所、「それがまたいいんだろ?」との返答だった。年頃の生娘のような微妙なファン心理は、俺には理解不能だ。
「あぁ、あれですよね。確かにかなりの大騒ぎだったんですよね。まだ皆行った事の無い教室とか、結構ありましたから」
美緒田のヒントの無い問いに、早くも答えが分かった見た目美少女TS属性の
ここまで広げて見えないとは、こいつが今履いているのはトランクスではなくてブリーフ……いや、まさかおパンツ…いや、今だけこう言おう。それはまさか、おパンティ様なのだろうか。
パンツが見えるか、見えないかはギリギリの所だったが、サイハイソックスを履いてはいないので隣で寝そべる幸臥はちっとも反応を見せない。こいつぶれないな。
どうやら彼(彼女というべきか?)は、今回は
「そうそう、結局誰がやったのかは、判らず終いだったんだよね」
立って渡しに行けばいいものを、無理やり手を伸ばして遠い場所にいる人間に紙を渡そうとする美緒田。「ふんも~」言いながらソファの上で軽くブリッジすらしている。誰も見たくも無いパンツが見えるぞ。多分、いや絶対くま柄の。
すると、部室の入口の近くでPCをいじり作業をしていた、普段殆ど表情が動かない
「……あぁ、あれかぁ」
そういえば、あの時も羽生は同じような顔で笑ってたなぁ、と。
……それは、カクヨム部の設立当初に遡る話だ。
その頃の俺は最初の勢いはどこへやら、正直とても焦っていた。
設立後3か月以内に部員が5人集まらない場合、廃部とする。という校則規定があるということを、俺は後から知った。
立ち上げからすでに3週間が経過している。
しかし文化部の中でも最も影の薄い部類に入るであろうカクヨム部に部員は一人も……いや、そもそも「見学したい」という同情の声すらも聞こえてはこなかったのである。勿論、俺の出来る限りの事はしたつもりだ。
部室が分かり難い位置にあるので『カクヨム部』という手書きの看板を木に墨で書いて作ったり、パンフレット的なチラシを作って校門で配ってみたり、設立1週間後にあった、部員獲得のための部活紹介でも張り切って俺の小説を朗読したものだ。皆、口を開けて聞き惚れていたように思う。
しかし、それだけのことをしても、部員は全く集まらなかった。このままでは俺の、『普通に自由な執筆生活』が入学3か月にして終わりを告げてしまうのではないか!?
ほとほと困った俺は仕方が無く寮でも同室の幸臥に、相談を持ち掛けてみたのだった。
「そういう訳でさ。掛け持ちでも何でもいいから、カクヨム部入ってくれない?」
「え、やだよ」
即答かよっ!?
俺は顔を引き吊らせながら、続けた。
「そんな事言うなよ。幸臥は確か、今何も部活入ってなかったろ? これから他の部活入っても怒ったりしないし、同室のよしみと思ってさ」
「えぇ? 何言ってんだよ、同室だから嫌なんじゃん。プライベートも
「お前は熟年夫婦の嫁さんか!?」
思わず入れてしまったツッコミに、幸臥は「ふひひ」と笑うと、それっきり俺の問いかけにも聞いているのか聞いていないのか、よくわからない反応しか返してこなかった。なしのつぶてである。
そして、あの事件はそのやり取りのあった次の日に起こったのだった。
俺はいつものように部室にいき、一人地道に小説を書いていた。一区切りがつき、座ったままで大きくのびをする。
「誰もいないからこそ、良い事だってあるよなっ。今日もノーマルな一日、ノーマルな俺、うーん、ノーマル万歳!」
一人だと思うからこそ、適当に叫ぶ。半ば投げやりだった。
すると突然、耳元で声がしたのだ。耳に吹きかかる息。聞き覚えの無い女子の声。そして、香り。
「ノーマルなのに変態の館とは、これいかに?」
耳元から全身に向かって、ぞわわわ~と鳥肌が走る。
「うわぁ!?」
ばっと椅子から転げ落ちるように振り向くと、俺の慌てぶりに驚いたような顔で俺を見下ろす、女子の姿があった。学校の制服を着ているのでどうやら同級生のようだが、こちらはまったく見覚えはない。
それが、この不躾で、いい加減で、チシャ猫のような女、美緒田夏帆との出会いだった。
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