異世界の救命病棟は静かな名医
ちびまるフォイ
ボス戦闘後の冒険者がすぐに治って戻るなんてありえない
「先生! 先生!! 急患です!!」
異世界病棟の営業時間外のコールに医者はたたき起こされた。
手術をちゃちゃっと終わらせると、病室に冒険者を寝かした。
「はぁ、助かりましたよ、先生。
傷の治癒はできても、骨折だのの根本的な治療は
やっぱり異世界病棟じゃないと治せないんで」
「いったい何をしたらこんな傷を負うんですか?
全身複雑骨折で、肉片はこっぱみじんでしたよ。
人間の形につなぎ合わせるのも大変でした」
「実は、南の洞窟にあるドラゴンの巣に行きまして……」
「そんなにドラゴンが強かったんですか?」
「いや、そこでドラゴン狩りに来ていたほかの冒険者と遭遇して
痴情のもつれの結果に体に爆弾まかれて吹っ飛ばされたんです」
「ファンタジーなのか現代なのか世界観がはっきりしませんね」
「でも、こうして治してもらったからまた冒険に出られますよ」
すぐにベッドから出ようとする冒険者を医者は止めた。
「あのですね、まるで自分の体を残機が減るだけの
バーチャルな体だと思っていませんか?」
「はぁ」
「これ以上の冒険は体に負担が大きすぎます。
節度をもった冒険をしてください」
「いやしかし! まだ未開の地には美少女が待ってるんです!!
彼らは、名前のついている男性を見るなり惚れるという性質があるんです!」
「今度病棟に連れてきてください。その病気治します」
「他の冒険者に先を越されてしまえば、ハーレム生活が遠ざかるんです!
今こうしている間にもほかの冒険者は舌なめずりしながら
まだ見ぬ美少女を求めて冒険進めてるんです!」
「だとしても、医者としては節度をもった冒険をしてくださいとしか言えません」
「メイのばか! もう知らない!!」
「ジブリという最大の敵を作りましたね」
冒険者は退院してしまった。
それでも医者は自分の言葉を心の片隅にでも置いてくれるはずと
冒険者の性善説を信じていた。
数日後、ふたたび冒険者が担ぎ込まれるまでは。
「うう……先生……ふがいない……。
世界を平和にしたいといったそばから……このざまだ……」
「いやそんなこと言ってないですよ。美化しないでください」
医者は大手術を終えて冒険者をベッドに寝かしつけた。
「……またオーバーアドベンチャーしたんですね」
「そんなオーバーワークの亜種みたいな……。
まぁ、冒険はしました」
「これからは禁冒してください。
これ以上の冒険はあなたの命にかかわります」
「しかし先生。世界はこんなにも魔物で溢れているんです。
みなが平和に暮らせる毎日のために、今が正念場なんです」
「あなたが途中で死んだらそれこそ元も子もないでしょう」
「え、蘇生できないんですか?」
「あなたの場合は蘇生してもバカが治らなそうなので」
医者は考えた。
このまま冒険者を退院させても、いたちごっこになってしまう。
そのためにはどうすればいいのか。
そこで、冒険者の装備に細工をほどこした。
「先生、いったい何をしたんです!
俺の装備に変なタイマーがついています!」
「どうせ私が何を言っても冒険するでしょうからね。
一定回数使ったら武器が使えなくなるよう制限をしました。
あと、あなたの脳内にも細工して制限以上の冒険で脳がふっとびます」
「こわっ!!」
「私はね、患者を治療するのがそもそも嫌いなんですよ。
治した患者が凝りもせず戻ってくるのも嫌いです。
でも、なにより一番嫌いなのは――」
「な、納豆のからしが毎回手につくことですか……?」
「一番嫌いなのは、戻ってくるバカのせいで
私の睡眠がさまたげられることなんですよ!!」
冒険者を蹴りだして、退院というなの追放を行った。
これだけやれば冒険者もさすがに大丈夫だろう。
などと安心していたのは数日のうちに破られた。
バツの悪そうな冒険者が病棟に担ぎ込まれた。
「……また冒険しましたね」
「魔が差して、つい……」
「スマホで惑星魔法を使っての遠隔攻略ですか……。
装備のタイマーも使わないし、あなたの脳内タイマーも感知できない。
なるほど、考えましたね。最高にムカつきます」
「先生もいい加減に懲りただろう?
これ以上俺を止めてもムダだからさ、観念してくれよ。
俺は勝手に冒険して勝手に死ぬだけさ」
「……あなたの破滅願望にはあきれましたよ」
「この魔物のいない村で静かに長く生きることよりも、
俺は美女に囲まれながら札束風呂に浸かって、
みんなにヨイショされながら短く太く生きる方がいいんだ」
医者は今度はなにも言わずに冒険者を野に放った。
取り付けていたタイマーも脳内装置も取り外した。
「先生、いいんですか?」
「諦めました。別の方法を探します」
冒険者は嬉しそうに外の世界へと走っていった。
やがて、冒険者は自分の足で慌てて病院に戻ってきた。
担ぎ込まれる以外で病院に来るのは初めてだった。
「せ、先生!! 大変です!!」
「なにかありましたか? 見たところケガしてないみたいですが」
「当たり前でしょう! 魔物は根絶されてるし、魔王は死んでる!
どこを探しても平和で冒険する場所がなくなってるんですよ!!」
言いながら冒険者は気付いた。
誰がこの事態を引き起こしたか、を。
「よかったじゃないですか。平和にするために冒険していたんでしょう?」
医者はにこやかに笑った。
その冷ややかな顔を見て、
どうしてこの村に魔物が寄り付かなかったのか冒険者は確信した。
異世界の救命病棟は静かな名医 ちびまるフォイ @firestorage
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