デイズ オーバーフロー

そして、現在。

数え切れない時が過ぎ、舟の修理は終わった。

二百年以上の時を経て、ウイルスはとっくに滅していた。こんなに人が努力して生を繋いだのに、やはり人の調略はどこまでいっても自分の首を絞めているなと苦笑した。

あの人が死んだ時の年齢になった自分は、あの人に追いつけているのだろうか?子供たちはもう半数以上が勝手な遊びを始めている。少し・・・・・・いや、とんでもなくつまらない話だったかもしれない。彼だってこの子達相手なら苦笑を隠せなかっただろう。やはり子供というものは計り知れないポテンシャルを持っている。

「そんなわけでさ、友達の少ない自分は愛する人の残り火と共に産めよ増やせよ。ここからは子供にはちと遠い事かなあ残念また十八歳になって出直してこーいっ」

あれから自分は、膨大な情報量による精神の崩壊を防ぐ為、自分は時を数えるのではなく歩むという思考で踏破した。人がいなくなっても地上のテクノロジーや遺産はデータで宝の山だった。言葉通り産んで増えてを繰り返して、百年やそこらで地下は少し喧騒を取り戻すこととなった。彼が自分に残してくれた二つの命が、またこの星を動かしてくれたのだ。

今は手を取り合っていられてるが、杓子定規な情勢や、打診を繰り返す争いや諍いは消える事はないだろう。また人類は滅びの一途を辿る事になるかもしれない。そうなってしまった場合のことなんてもう自分の知るところではないのに、骨が折れること間違いないだろう。だがこんな世話焼きな性格も嫌いじゃない。遺伝子から受け継いだんだなと実感できるからだ。残り百年で、この舟がどこかにたどり着けるのか、はたまた朽ちるのか――それは次の世代次第だ。

ただ、生き残ってしまった者には生き残ってしまった者なりのけじめというものがある。それは・・・・・・

この方舟を、空へ、彼方へ届けること。

「最高責任官、出航ですよ」

まだ若い青年が自分を連行しに来たようだ。人気者は忙しくて仕方ないね。労働万歳。

「ああ、すぐいくよ」

花は咲く。風は吹く。たとえこの舟が朽ちようとも、明日も自分たちは歩いていく。踏み出す一歩が小さくても、それは確かな足跡として残る。なら、路傍に映える花を守れるように生きていこう。

『アーク オブ ラヴ』と書かれたオプション画面が起動する。モニターに電気が走り、旅立つためのテイクオフパスワードを話す時が来た。最後の最後まで大事にしていたピースが、今埋まる。

「ワッツ ラヴィ ネイム?」

機械的な電子音があたりに響く。ああやっと、届く。

「ラヴィ?ふふ、自分の声を設定するとか、ほんとなにからなにまであの人は・・・・・・」

また思い出してしまって、『私』に戻ってしまっている。でも、もういい。使命は果たした。

「私は、追いつけたかな」

ラヴの化身なんて、洒落た嘘を吐いたもんだ。もっとかっこよくラヴィマスターオブ・ザ・ワールドなんてのもあっただろうに。・・・・・・ダサいかな。

「いつか話したよね、私の夢。貴方と一緒に、この空の向こう側へ行くこと」

永遠に煌めいてるのは星だけじゃない。私の中の彼の想いも、受け継がれた物語もここにきちんとある。

そっと――――室内にも関わらず、あの日のように澄んだ風が吹き抜けた。彼の赤茶けた白衣が、風に吹かれて飛んでいく。一足先に、探しに行くのだろう。


『自分はフライングさせてもらうぜ。オーナー特権ってやつだ。ゆっくり探しにきな』


そう言ってくれた、気がしたんだ。

「うっさいなぁ・・・・・・ささ、やっと約束を果たしてもらえる。やっぱり似たもの同士、のろまで時間かかって仕方なかったけど、それでも――ここに貴方を感じてる。だから行くね」

二人の名前を。ここに高らかにうたおう。

「御影。御影の――」

彼を、私は追いかける。


「『藍衣』だよ」


それは、私を救ってくれた自分の名前だった。

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アイの方舟 みずねびと @Mizunebito

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