【エルフの里芋】

クファンジャル_CF

【エルフの里芋】

「あ~……酒が欲しいのう」

「ほらよ」

「グビグビ……うーむ。なんかこー、薄いというか強さが足りんのう。エルフの酒じゃこんなもんかい」

「やかましい、文句があるなら飲むな」

 そこは洞穴だった。

 いや、言い切るのも語弊があろう。一定間隔置きに明かりが灯り、床や内壁はどうやったのか、鏡のように美しい平面で構成されている。

 それは、何者かの手によって掘りぬかれた古の遺跡であった。

 遺跡、とはいっても生きている。明かりが灯っているのがその証拠だ。

「……しっかしなーんも出てこないのう」

「いい事じゃねえか。楽できて」

「いやいや、こう、都合がよすぎるくらいうまくいくときは何かあるんじゃよ。人生経験豊富なジジィを信じろ」

「俺の方が二百八十三ほど年上だったはずだが?」

 磨き抜かれた通路を往くのは二人の凸凹コンビ。

 一人は短躯。鎖帷子の上から要所要所を油で煮固めた皮鎧を身に着け、お椀を逆さにしたような兜の両側からは上向きに角を象った装飾。顔立ちはゴツゴツしているが、どこか愛嬌を感じるもじゃもじゃの髭面からすると男だろう。背中には背嚢。右手に手斧。左腕には小さな円盾を構える。

 一人は長躯。草木染めが為された枯草色の衣で上下を包み、手には短弓。腰には矢筒と短剣。背中にはやはり背嚢を背負っている。顔立ちは整い、全体的に線の細い、しかし鋭い目つきの、おそらく女。耳は尖り、人間の三倍にも及ぶ長さ。

 ドワーフ。そしてエルフと呼ばれる、人に近しい種族のものどもであった。

 ちなみに髭面がドワーフで細い方がエルフである。まあ探せば髭面のエルフや細いドワーフもどこかにいるかもしれないが、一般的にはあまり見かけない。

「そういや前から不思議なんじゃが」

「あんだ」

「なんでお前らエルフは弓が得意なんじゃ?」

「必要なんだよ。森で生きてくためには」

「つーてもお前さんら草食じゃろ?」

「ああ」

「じゃあ何を獲物にしとるんじゃ?」

「芋だよ」

「……耳が遠くなったかいの」

「ドワーフはこれだから」

「すまんがもう一度頼む」

「芋を仕留めるのにいるだろ。弓」

「……芋ってあの芋か?デンプン取れる、根菜の」

「そーだよ」

「なんでそれを仕留める必要があるんじゃ。逃げるわけなかろうに」

「いや芋って逃げるもんだろ。特に里芋は襲ってくる時もあるし」

「……」

「仕留めた芋で作る焼酎は不老長寿に効く銘酒なんだぜ?俺たちが長命で健康なのもこいつのおかげだ。お前さんにさっき飲ませたのもそれだし」

 会話がかみ合わないのは何故だろう?

 髭面は相方の言に渋面。無理もない。

 などと馬鹿話をしている間に、ふたりは通路の突き当りへとたどり着いた。

 仰々しい扉。エルフから見ても見上げねばならないほど高く、幅は二人が両腕を繋いで手を広げてもなお潜れるほどに広い。表面には、おどろおどろしく細長い何かが無数にのたうっている。そんな彫刻が一面刻まれている。

 邪教の美術品であった。

「……行くぞ」

「おうさ」

 そして、扉は蹴破られた。


「嘘だろ……」

「最悪じゃ」

 扉の向こう側。

 通路から差し込む光はごく一部しか照らし出せておらず、大半が闇の中。

 暗視に長けるドワーフとエルフであっても、把握できるのはごく近い範囲のみ。

 奥行きが見通せぬが、恐ろしく広いのだろう。

 そんなふたりの視線の先。彼らの凝視を受ける者は―――

「―――百と十年ぶりの客か」

 深く、重苦しい声であった。

 身を包むローブはまるで闇を切り取ったかのような印象を受ける。裾は擦り切れてはいたが元は随分とよい仕立てだったのだろう。落ちぶれた貴人を思わせた。フードは頭部まで覆い、かかる影が顔立ちを隠している。

 だが。

 その裾から伸びている干からびた手はなんだ。部屋に立ち込めている死臭はなんだ。

 息を飲むふたりの前で、彼は、そのフードを下した。

「「―――!」」

 異相であった。

 目は落ちくぼみ、頭蓋骨に張り付いた皮膚はカサカサに乾燥している。唇はめくれ上がり、黄ばんだ歯が覗いている。頭髪はほとんど抜け落ちており、残ったものも固く、手入れされていないのは明らかだ。

 死者の貌であった。

不死者リッチ―――」

 エルフの娘。その口から零れ落ちたのは、忌み名だった。

 魔道を究めた者の果て。

 限りある命であればたどり着けぬ域へと行くために、自らの死に呪いをかけ偽りの生命を生き続ける、不滅の怪物。

 その頭蓋に収まる英知はまさしく人智を越えたものだが、それを欲したとしても彼らとの対話は成立しえない。何故ならば、永劫の命を得るという事は人であることを捨て去るのと同義だからだ。

 死者と言葉を交わすことはできない。

 命ある者が出会えば、滅ぼすか滅ぼされるか。

「んな馬鹿な。なんでこんなところに不死者がおるんじゃ!?」

「知らねえよ逃げるぞ!?」

 脱兎のごとく来た道を戻るふたり。

 ややあって、ローブの不死者は動き出した。

 ドワーフとエルフの凸凹コンビを追って。


「なあ!」

「なんじゃ!?」

「来るとき一本道だったよな!?」

「そうじゃな!」

「なんで迷宮になってんですかねぇ!?」

「知るかぁ!?」

 二人の前に広がる人工の洞窟。そこは、入り組んだ迷宮と化していた。

 往路では存在しなかった複雑で曲がりくねった通路は幾つにも分岐しており、もはやふたりは方角すら分からない。

 その上―――


ひた ひた ひた ひた


 何やら足音が近づいてくる。

 それはゆっくりとしたものだが、疾走を続ける二人を着実に追い詰めつつあった。

「わ、わしゃもう走れんぞい……」

「俺もだ……」

 床に突っ伏し、あるいは壁にもたれかかって息を整える二人。

 逃げられない。彼らはそれを悟った。

「……こうなりゃ迎え撃つしかねえな」

「じゃの」

「……あー、最後だと思うともっと呑みてぇ」

「不吉なことを言うでないわ」

 エルフは、先ほどドワーフに貸した水袋をふんだくると残った中身を一気飲み。芋焼酎が喉を焼く。

 彼女は、空になった水袋を投げ捨て、弓を構えた。

 ドワーフも、盾と斧を構えて前に出る。戦いの構えだった。


ひた ひた ひた ひた


 永遠にも思える、しかし実際にはごくわずかな時間が過ぎた後。

 奴は、通路の角から姿を現した。

 そこに撃ち込まれたエルフの矢は、宙で静止した。

 雄たけびを上げながら襲い掛かったドワーフの斧は、素手で受け止められた。

 力量が違いすぎる。

 不死者は、ドワーフの額に人差し指を当てると、何やら呪いらしき文言を唱えた。

 髭面の戦士は、ビクッ、と身を震わせると、そのまま倒れる。

 それっきり、彼が動くことはない。

「っ!……てめえええええええええ!!」

 激昂したエルフは、更に何本もの矢を放つ。

 結果は同じ。

 『魔法の盾』

 そう呼ばれる秘術であった。

 やがて、矢は尽きる。

 彼女が放ったのと同じ数だけの矢が、不死者の眼前で浮遊していた。

 一拍置いてそれらが落下。

 その動きを、エルフはまるでスローモーションを見ているかのような心持ちで眺めていた。

 あれら全てが床に落ちた時、己は死ぬのだろう、と。

 最後の一矢が床に転がり、そして不死者は進みだした。まっすぐ、エルフの娘へと。

「あ……あ……」

 喉が掴まれる。

 冷たい。この世の者とは思えぬ恐るべし冷たさ。

 奴は、エルフの額へと指を添え、そして呪言を唱え上げた。

 娘は、己の命がまるで外へ抜け出していくかのような感覚を覚えた。いや、実際にそうなのだろう。

「……ふむ?何故死なぬ」

 不死者の怪訝な声。

 それで、エルフはまだ、己が生きていることを知った。

 知らぬ間に閉じていた瞳をこじ開けると、奴の貌が間近に迫っている。

 体からは力が抜け、崩れ落ちそうになるのを不死者に掴まれた首が支えている。

 不意に、彼女は笑いだしそうになった。

 そうだ。元々小銭稼ぎのために入った遺跡。先日土砂崩れで入り口が現れたここに入り込んで、そしてこの有様だ。

 未発見の遺跡なんて何があるか分からぬというのに。

 ツイてない。

 奴の魔法が何かの原因で失敗したのだとしても、結果は変わらない。死ぬのがほんの少し先延ばしになるだけ。ささやかな幸運とも言えやしない。

―――くそったれが!!

 突如として沸き起こったのは怒り。この理不尽な状況への怒り。敵への怒り。だが、何よりも相棒を死なせた自分自身への怒り。そうだ。あいつは言っていたじゃないか。順調すぎると!!それがこのざまだ!!

 彼女は、眼前の不死なる怪物の顔へ唾を吐きかけた。ささやかな抵抗であった。

 それがどうだ。

「ぐああああああああああああああああああああああああ!?」

 不死者は手を放し、己の顔を抑えて仰け反っていた。その口から出るのは地獄の底から響くかのような絶叫であり、そして唾を受けた目から上がるのは明らかな白煙であった。

 放り出された娘は、尻餅をつくと、呆然と敵を見上げていた。

―――なんだ?何が起こった!?唾に弱い?んな馬鹿な。でもこれは……まさか!

 思い至ったエルフは、足元に転がる水袋へすがりついた。ない。中身は先ほど飲みつくした。だが。

 彼女は腰から抜いた短剣で水袋を切り裂くと、その内側へ素早く刃をこすりつけた。まだ乾燥していなかったわずかな芋焼酎が、刃を濡らす。

 エルフが立ち上がるのと、不死者が立ち直るのは同時。

「うおおおおおおおおおおお!」

 短剣は、受け止めようとした掌を易々と切り裂いた。

 胸板へと突き立った刃は、そのまま振り上げられて喉まで醜い傷跡を作り出す。

 それが致命傷となった。

 傷口から凄まじい白煙を立ち昇らせ、かと思えば、グズグズと崩れ去り。

 やがて、後に残ったのは汚らしい粘液だけだった。

 しばらくそれを、呆然と眺めていた娘だったが。

「……そうだ」

 相方もあの酒を飲んだはず。ならば。ひょっとして。

 駆け寄った彼女が見たものは。

「……zzzzz」

 のんきな顔で眠りこけるドワーフだった。

「心配させやがって。この野郎」

 彼を助け起こしつつも、エルフは苦笑。

―――しかし、芋焼酎のおかげで助かるとは。

 確かに万病に効くし、仮に病にかかったとしても飲んで寝ていれば治る、エルフにとって必需品ともいえる酒なのだが。

「まさか不死者リッチや死の呪いにも効くとはなあ……」

 銘酒。イモータル。

 不死者のような歪んだ負の生命ではなく、長寿健康をもたらす正の神酒。

 その名がエルフ社会の外、世界に知られる機会は、今だ先のことである。




【おまけ】


「ところでわしらは芋を掘りに来たんじゃないのかぁぁぁぁああああああ!?」

「そうだぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「なんでこんな目に遭ってるんじゃああああああああああああ!?」

 森の木々。その合間を疾走する凸凹コンビを執拗に追尾してくるのは、小屋ほどもある巨大で、こちらも表面が凸凹した球体である。合わせたのかもしれない。

 全身から伸びた芽を自在に操り縦横無尽に転がるそいつは、木々を押しつぶしながら二人に追いすがってくる。

「だからぁぁぁあああああああ!言っただろぉぉぉぉぉぉおおおお!!芽が出た里芋は狂暴だから気を付けろってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「違うぅぅぅぅっ!!絶対あれ芋と違うわぁぁぁぁぁい!?」

 この後二人が無事に生き延びられたかどうか……それはまた別のお話。


 ちゃんちゃん

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