第4話 堕天
それなりの額の退職金を貰い、会社を辞めることになった。無理を言って残ることもできたかもしれないが、リストラ対象であったということが許せなかった。そんな会社にいてやるか、と思っていた。
金はある。今まで働いてきた分の貯金はまだ相当の額が余っている。生活を切りつめれば何年かは生活していける金額だ。
金はあるのだからじっくりと職場を探せば良いのだ。この業界でそれなりの実績もある。職は見つかるだろう。
毎日のようにハローワークに通い、職を探す。そんな生活もそろそろ半年近く続いている。やはり学歴があろうとも、実績があろうとも、駄目なのだ。五十歳を迎えたロートルなど誰も必要としない。
一年近くハローワークに通ったが、もう駄目だと諦め、ここ二年、働く意志も持たず家で酒に溺れている。
親は何も言わない。何も言わないが金も貸してくれない。私はどうなってしまうのだろう。分からない。考えたくもない。もう私には明るい老後などはないのだから。
家にある酒を飲み尽くし、ふらふらと外に出る。酒が欲しい。近くの居酒屋に行き、酒を飲む。
深夜一時を過ぎると、店主に勘定を済ませて出て行ってくれ、と言われ、金がないことに気付く。
金が無いことを店主に告げると、店主は顔を真っ赤にして怒鳴り始めた。かなりの量の酒を飲んでいて、あまり記憶にないが、店主を手の届くところにあった空のボトルで二回か三回殴った。小刻みに揺れる店主を背に居酒屋を後にしたと思う。
居酒屋の近くの橋の真ん中ら辺で立ち止まり、川を覗き込む。
綺麗だ。怪しく光る水の流れ。目を離せなくなるような魅力を持っている。
もっと近くで見たい。もっと、もっと、もっと近くで。
例えやり直せたとしても、人間は失敗を繰り返す。それが分からない。現にあの親父は失敗を繰り返している。せっかくの救済をあげたのに、活かせない。失敗した原因が分かっていない。勉強が出来ればいいわけじゃない。金があればいいわけじゃない。
人間を助けるのは、人間だけ。少女の姿をした私なんかじゃない。学歴なんかでも無い。頭に入っている知識でもない。
学歴や知識は気付かせてくれない。間違った道を選んでいる事を。人間しかいない。気付かせてくれるのは。
そのことに気付かないあの親父は失敗を繰り返す。どうすればやり直せるかが分かっていない。分からなかったのかも知れない。
あの親父にはチャンスはない。チャンスをあげても同じ失敗を繰り返すだけだろうから。
それに私も忙しい。同じ人間にチャンスを二度もあげるほど暇ではない。
世の中にはもっと困った人間がいる。たまたま死ぬ姿を見かけたあの親父ばかり気にかけてもいられない。
空に帰ろう。地上の生き物は醜い。それに様々な臭いが混ざり、居心地が悪い。まあ、私が素直ならばこんなに醜くなることも無かったのかも知れない。
けれど、醜いからこそ人間。穢れているからこそ人間。今の人間は自然に生きる野獣と同じ。もっと汚れるべきなのかも知れない。
早く帰ろう。地上を知らない娘たちが私の話を楽しみにしている。
『昨夜、居酒屋の店主が殺される事件が起こりました。店主は頭部をボトルで殴られ死亡したとのことです。犯人は現在逃亡中。突発的な犯行と見て調査しています。続いてのニュースは……』
やり直し 大木佳章 @ookiyosiaki
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