第3話 転落
そんな思いが失敗を呼んだのは、五十にさしかかろうとした時だ。
今までに例が無いような不況に陥り、我が社でも大規模なリストラが行われることが噂になった。
信じていた。私はこのリストラでも生き残れると。
噂通り、リストラが実施された。
リストラなどまったく考えず、いつものように任された仕事をこなしていった。
昼休みの時間になり、席を立つ。社食に行くためエレベーターを待ってると、後ろから声をかけられた。
「佐野君。すまないが後で私の所に来てくれないか? 折り入って話があるんだが」
振り返ると、部長である田沼が立っていた。
「話とは何ですか? 今から社食の方に行こうと思っているので、そちらでどうでしょうか?」
一瞬迷ったような顔を見せて、部長は言った。
「いや、悪いが私のデスクに来てくれ。ゆっくりで構わんから」
そう言い残すと、田沼はどこかに歩いていった。あまり気にもとめず、開いたエレベーターに乗った。
社食は不思議と静かだった。リストラが実施され、皆、職場での楽しみの一つを楽しめない状況なのだろう。
そんなこと気にもせずに、いつも通り日替わり定食を頼む。
私が嫌いなきのこや椎茸がふんだんに使われていた。確かに今の時期はきのこは旬で美味いのかも知れないが、これ程までに使われるとなると、食欲が失せる。
結局、食べきれずお盆を返却した。テーブルに戻り、日替わり定食についてくるコーヒーをブラックで啜った。
すぐに田沼の所に行こうか考える。が、田沼も飯を食べる時間は必要だろう。まだゆっくりしていても良いかも知れない。
二杯目のコーヒーを飲み終えてから少し周りを見回す。皆リストラの恐怖に怯えているように見える。特に私と同じ年代の者たちの顔には覇気がない。
ここにいると負のオーラに飲まれてしまいそうになった為、席を立ち、コーヒーを片付け社食を後にした。
社食を出てしまえばすることなど無く、結局、田沼の所に行くことにした。
田沼のデスクにはいつも多くの書類が置かれている。実際に田沼は全て目を通しているのか疑問に思うが、今の田沼を見ると、どうやらそんな雰囲気ではないようだ。
私が来たことに気付くと、田沼は立ち上がった。
「来てくれたか。すまないが場所を移そう。ついてきてくれ」
私には見向きもせず、背を向け歩き出した。
連れて行かれたのは会議室だった。私と田沼以外誰もいない。課長は入り口に一番近い席に座り、私はその向かいに座った。
課長は私の目を見て、一度目を伏せる。いつもの課長からは想像も出来ない仕草だ。顔を上げると、意を決した顔になっていた。
「すまない。佐野君」
急に謝られ、いまいち意味が理解できない。
「君はリストラ対象として名前が挙がった。理由は、分かってくれるよな?」
リストラの対象? 何故私がリストラの対象に? 納得がいかない。理由など、分かるはずがない。
「仕事の内容は素晴らしい。だが、やはり人間関係、というものがある。何だ、その、君はあまり職場に馴染めていないし、それに家庭も無く、まだやり直しが十分に利く。君ほどの人間ならば次の就職口も見つかるはずだ」
そんなことを言われても納得がいくはずがない。要するにお前みたいな異端児は要らない、という意味なのだ。可愛くない部下なら未練なく、切れる。例え多少仕事が出来ようとも。
田沼は退職金などの事を色々と話したが、私の耳には入らなかった。肩を一度叩き、頑張ってくれと吐き捨てて、田沼は会議室を後にした。
俺はどうすれば良いんだ?
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