始まりの原点
恵の雨
※唐突な「過去編」です。
それでもよろしければ。どうぞ、お読み進め下さい。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――…ザザザッー ザザッー ザザザッザッーー ザッー ……。
「――…さむい……。」
……凍える冬の寒さが弱まりつつある、"
"少年"よりずっと立派で、清潔そうな服を着た人々は。大抵は焦げ茶や薄茶・黄土色の革の
カラミタ教という、「異教の徒にも、広く、その門徒を開き。理解と慈悲をもって、手厚く招き入れよ。」の教えにより。大抵の大小の教会・聖堂には、規模はマチマチだが「孤児院」が併設される事が堅く義務付けられており。その孤児院には、其々の村・町・都市で不幸にも育て親を亡くし、引き取り手のない子供達を保護し。院によって微妙に違うが…大体満15~13歳で孤児院から働きに出されると。その儘、その働きに出された先で自活し始めるのだが。勿論、その収容許容人数には限度があり。その結果、"少年"の様な――「浮浪孤児」が主に都市部で細々と、ひっそりと息を潜め。薄汚れた
そんな、浮浪孤児の一人である"少年"は今現在。自身が「隠れ家」としていた、都市の
――――小さな、蝋燭の様な火が。突如、"少年"の手の平の上へ出現し。その濃い、暗闇の中で………灯火の様な「光」を齎す…――。
…――"少年"が、自身の手の平へ生み出した「小さな火」…。それこそ、この世界に存在する、『魔法』が成し得る業。その、最低位現象の一つであり。…僅かな飲み水の生成に、撫でる様に柔い風の発生、ポコポコと小さく盛り上がる土の流動と……蝋燭の様にちっぽけな淡い火の発現。其れ等を大きく四つに分けられた現象を「四大属性」と呼ぶ、この『魔法』という力は……。下から"少年"の様な浮浪孤児、上からは「王侯貴族」と称される特権階級者達までが持ち得るもので。全ての人間種は、先に前述した通りの現象を満遍なく扱える代わりに。その『魔法』を行使する"力"――"魔力"の絶対保有・生成量が殆ど均一で、特出した魔力量を誇る者は極わずかな「種族」である…。
そんな種族としての特性に漏れない、"少年"の魔力量は。同い年の平民・下民の子供とすれば、多い方であったが、多寡が知れており……。大した魔法的教育を施される事がない、そんな子供達でも行使できる。四属性魔法の最低位――「
「……はやく、火をおこさなきゃ…。」
そうした。素の極限状態で一週間余りを、不眠不休の飲まず食わずで生存可能な人間種に。微々たるものながら、そこへ魔法の力が一つ加わるだけで。驚異的なしぶとさを発揮する事が出来る、逞しい浮浪孤児の"少年"は。ひたひたと、丈夫な麻袋と紐で作った……
「――…!?……。」
…何時もならば。他の浮浪孤児達ですら知らず、教えてもこなかった。この常闇の穴倉であり、廃棄排水溝の奥……。ちょうど、左右に分かれた水路の左側から。"少年"の放つ貧弱な光とは違う。使用者の周囲2~3メートルを明るく照らす、強い光の先触れをまだ少し距離のある位置から視認した"少年"は。その手に浮かぶ火を弱め。極々必要最低限の光源に留めると。素早く、そして静かに。今降る雨の影響で若干水嵩の増した、冷ややかな雨水と淡水の水路へ身を沈め。肌から伝わる不快な低温をグッと、子供ながらあっぱれな胆力で堪え。氾濫防止に水路底・横幅を広げた際に出来た、水路の歩道端の。約70センチ幅の出っ張った
……遠くの水路の水面へ。先程見掛けた"少年"のものではない光が、ゆらゆらと反射し…。その光が着々と"少年"が隠れた歩道の縁下の方――排水溝の出口へ近づいている事を確認すると。"少年"は小さく生唾を呑み込み。漸く、この水の冷たさに慣れて来た体を一層壁へ張り付かせる。……数人の男達の声が、排水溝という…半円状のトンネルの閉所空間で響く靴音と混じり聞こえ始め。そしていよいよ、"少年"の隠れた縁上の歩道へ男達が歩を進め――立ち止まった……。
「――もう、この辺で良いだろ…。たっく、めんどくせぇ仕事だぜっ。何だって俺達が、こんなジメジメと暗ぇ所を潜らにゃならねぇんだ……。」
「……仕方ねぇだろ。この前の襲撃が上手くいかなかったばかりか…。"御頭"と俺らを除いて、殆どが殺れちまったんだ。こうでもしなけりゃ、
(――……こいつら…もしかして、"
ぶつくさと文句を垂れ……。何やら物騒な理由でもって、この人目のつかない廃棄排水溝を態々通って来たらしい。…姿は確認できないが。彼らの独特の野卑な語り口と、会話の内容から。"少年"は、コソコソと食べ物を漁りに都市の中心部へ裏道を通り向かっていった際。巡回の警備兵らしき者達が話していた、「…最近、この都市近辺に"
廃棄排水溝内には、毎日通い詰める事で出来る。歩道の砂利が端へ綺麗に掃かれていたり、敷きっぱなしの寝床や焚き木跡がその儘残されていたりする。所謂"生活感"と言われるものが薄く。且つ出口は一見、木板の遮蔽物でしっかりと閉鎖されている様に見える事もあり。男達――「野盗」は"少年"が時たまここを利用し。
一瞬、背後の排水溝入り口の遮蔽物へ視線をやるも。布で隠した穴から、男達が這いずって出てくる事はなく。何とか気づかれず、排水溝から出られた事に安慮すのつかの間…。当初よりずっと、体は濡れて冷え切っており。まだ水に浸かっていた時の方が、幾分かマシだったと後悔しながら。兎に角、この場所から離脱するべく。ガクガクと震える足を必死に動かし。裏道の細く、入り組んだ石畳の道を蹴り上げ。排水溝から十分距離を取った、この「
そこへ、周囲の木片と壊した床材を小さく積み。震える手へ、また蝋燭程度の火を現すと。その儘、積んだ廃材の薪をチリチリ焦がし火を着けようとするが。やはり、この雨の湿気を含んだ薪はとても燃えにくく……。それから暫くして、約10分後。やっと乾燥して来た薪の一部へ火が移り、赤々と小さく燃える火種を見て。逸る気持ちを抑え、少しずつ、時間を掛けて火を大きくし…。漸くパチパチと、火の粉の爆ぜる音が聞こえだした頃には。日もそこそこと沈み、辺りの薄暗い廃屋の影が更に濃くなったって行くのを見つめ。"少年"は憂鬱そうに溜息を吐きだす…。何時もなら、あの排水溝で暖を取り。しっかりと服を乾かし、それまでに雨が止めば食べ物を探しにゆき。そうでなければ明日まで、あの程よい湿気と温かさが籠る排水溝で夜を過ごせた筈だったが。それも暫くは"おわづけ"となり。きゅるきゅると鳴る自身の腹を、恨みがましく睨みつけながら。
……6歳の浮浪孤児の"少年"――ただの"ユスレス"は。また一つ、砕いた廃材を焚き火へ投げ入れ。ふと、視線を下げ……………独り呟く…。
「……麻靴…どこやったっけ…――――。」
*
*
「――…あいつ等…ちらかしやがって……。」
――…あの日、散々降りしきった「
あの廃屋を一旦、暫く"仮"の拠点として確保した後…。都市の中心部にある、商店街の裏口を見回り。……まだ食べられそうな
「……くさい…。」
ユスレスが、何時も寝床としていた。排水溝の出入口から一番手前の、二股の角の左奥…。そこにちょうど、野盗達が何度か食い寝した様な残骸――旨そうな焼き鳥の足ガラに安い酒類の瓶とコップ、焚き火後の炭と灰。そして、その周囲に敷かれたそこそこ上等そうな毛布が散乱し。更には、何か"薬"でもやったのか……。辺りの空気に、まるで色が付いたかの様な…。独特の臭気が、酒と食い物の匂いと混ざり。それによって生じた不快な香りが、小さなユスレスを取り巻いている。棘のある空気を吸い、少しばかり頭がチクチクと痛くなって来たのに気づき。ここもいずれ、また野盗が戻ってくる為。多少口惜しく思いながらも…長居は無用と、踵を返し――…。
「――ああ!クソッ!…なぁ…やっぱり、この出入口もっと広げねぇか?一々、這いずって入るとか……めんどくせぇだろ……。」
「…うるせぇなぁ。御頭が、目立つから止めろって言ったんだ。大人しく従えよ。……こっちだって、我慢してるんだからな…。」
「…!…。」
よく通りよく反響する声で、ぶつくさと文句を垂れながら。排水溝前の遮蔽物の穴から、何とか排水溝内へ這いずり入る。あの、野盗二人組の声が聞こえ。ユスレスは又しても、野盗の残党とかち合った己の不運を恨むも。瞬時に思考を切り替え、再び、水路へ身を浸し縁下へ隠れるが。…予想外な事に……。3日前の大雨により生じた、"雪解け水"によって。水路の水はあの日より少しばかり上がり、水温も気持ち低い…。息継ぎと隠れ場所を兼ねた縁下、約50センチまで上がった水嵩は。優にユスレスの身長を超え、前よりも十分に潜り泳げるほどの水深へと変貌を遂げ。当然ながら、その底に足を着けばユスレスの体は丸々水の中へ沈んでしまう…。何とか沈まず、息継ぎをして隠れて出口へ向かうには。常に足で水を蹴り重力に逆らいつつ、出来るだけ波音をたてぬよう進むしかないのだが。それには前以上の集中力と体力を必要とした…。ただえさえ、肌を刺す様に冷たい雪解け水へ。体温と体力、両方を擦り減らされる状況下で。果たして、ユスレスの精神と体力が持つのか。大きな不安が頭を
ユスレスは意を決し。暗い水へ沈み、僅かな縁下の空間に入ると。水面へ口を出すのではなく、鼻を出す様に心掛け。出来るだけ、水を蹴った際の、上下運動の幅を小さく保ち。波を立てないよう、また壁に張り付きながら。静かに、泳ぎ進めるユスレス。二人組が排水溝の初めの角を曲がる前に、ユスレスは水路の壁伝いに角を曲がり。その後直ぐに二人組が角を曲がり、気づかずまた通り過ぎまた事に一息ついた時…――。
「――…うッ!?ぐ、げほッ!けはッ!!」
一つの小さな危機が過ぎ去った事に、うかつにも安慮し。一瞬の緊張の緩みで、つい、鼻から水を思いっ切り吸い込み。盛大に
「…はっ!この"ガキ"ッ!…よくもまぁ、こんな処に隠れやがって……。」
「浮浪児か……。まさか…俺達の話し、聞いてたんじゃあ、ねぇだろうな?」
「…ぐうッ!!」
二人組の一人に、濡れた黒髪を掴み上げられ。乱暴に捕まれた痛みに、呻る様な声を上げるも。それに構わず、髪を掴まれた状態から宙に吊るされ。ブチブチと嫌な音をたて、髪が千切れ抜ける痛みが頭皮へ奔り。また呻り声をあげ、抗議するユスレスを。それが然も愉快であるかの様に、二人組は下品な嗤声を上げ。ユスレスにもっと鳴け、っと態とユスレスを揺すり。その痛みに悶える様子を一頻り楽しむと……。二人組はこの"ガキ"…ユスレスをどうするかを、短く話し合い始める。
「……さてと…。このガキ、如何する?この儘、水路にでも沈めちまうか?」
「それもいいが。……だが…確か御頭は「ここのガキには、極力手を出すな。」って。言ってなかったか…?…。」
「知るかよ。たかが浮浪児のガキ一人居なくなったって、誰も気にしねぇだろ。……御頭も、何をまぁ…甘い事言ってんだか……。」
「だがよ……。」
「何だ?お前、らしくねぇじゃねえか?こんなガキ、今迄だって
「……まぁ、そうだな。」
「…ッ!?」
物騒な言葉が飛び交う、二人の話し合いの答えは。「この
「――…はははっ、今日で漸く、年貢の納め時だなぁ?ガキ。安心しろ、ちゃんと痛くして殺してやるから、しっかり鳴け。…期待してるぜ…?…。」
「ッ!!?」
到底、受け入れられる筈がない……。愚かしい程傲慢で、残虐な言葉を吐く男に。ユスレスは精一杯の憎悪を込めて睨みつけるも。それは逆に男の愉悦を満足させる、よい刺激程度の効果しか与えられず。ガハハハッっと、汚らしく嗤う二人へ。心中、思いつく限りの呪詛を吐き散らかした後。……は…っと、ユスレスの視線は目の前へ掲げられた、
「――うおっ!?」
「なっ、何だ…?…――。」
一瞬にして、灯篭の灯りが掻き消え。三人の周辺は、突如として暗黒の世界に取って代わると。ユスレスは、その暗黒世界へ手を突き出し。この空間で、閉じる必要のない瞼を閉じると…。ユスレスは、高らかに叫び上げる――…。
「――…"
その、声に応え。突き出された、無意味で無力な幼いユスレスの手へ。白色の眩い"光"が生じ、漆黒の闇を切り裂く……。そんな、強烈な白い光に。突然の暗転で動揺し、当然瞼を閉じていなかった二人組は。再び暗闇の中生じた、強すぎる光に目を焼かれ。その後、瞬きの内に、瞬時に消え去った光だったが…。急激な暗転と光により、眼を潰された二人がそれに悶えている間に。緩んだ男の手を払い除け、真っ暗な排水溝の中で唯一光る。排水溝前の遮蔽物の穴目掛け、我武者羅に走り出したユスレスの背後から。「こ、このっ!ガキがあぁッ!!!」と、魔獣の雄叫びの様な怒声が響き渡り。それについ、恐ろしい物見たさで振り返りそうになった自身を叱咤し。愚かな好奇心を振り切ると、もう目前に迫った遮蔽物の穴へ。躊躇することなく思いっきり滑り込み、排水溝の外へ出ると。又も背後から怒声と、何かが無理やり遮蔽物の穴を潜ろうとしている様な音が、微かに耳に入ったが…。それにも、一度も振り返る事なく、走り続けるユスレス…。
幾度も角を曲がり、時には勢い余って周囲の
「……"運"が、よかっただけだ…。」
……かっぱらった、乾いた手拭いに顔をうずめ。暫く、その場を動く事無く。押し黙るユスレス…。
――ユスレスの手の平に生じた、あの眩い白い"光"…。それは、全ての僧侶・神官を名乗る者達が。当然の様に扱い、行使する事が出来る"奇跡"の一つ……。この世界に存在する、「
『神聖術』とは、魔法と根本的に異なる原理によって成り立つ。文字通りの、"神の奇跡"であるなら。『魔法』とは、まさに"人の奇跡"である。そして、その二つを比べた際の最も大きな違いは。魔法…"魔力"は、万人が持ち得る"平等な力"であるなら。神聖術を行使する"力"――『
……その先触れ、"兆し"として行使できるのが。幼きユスレスが行使し、成し遂げた『先導の光』と呼ばれる"奇跡"である――…。
…そして。何故、そんな多大な"信仰心"を必要とする神聖術の初歩を。ユスレスという…一見、信仰心の欠片もなさそうに思える孤児が扱えるかと言えば。それは―――それが、『神』の"お導き"であるから―――としか、言えない……。それは極稀に…時たま現れ出る。…大した"信仰心"も、"祈り"さえも紡げていないのに。…何故か…その身に神氣を降ろせるだけの"肉体"――生来の"器"をもった者達が、確かに、極々小数存在しており。その殆どは無自覚で、無教養な偏った知識によって。正しく、信仰心が芽生えない為に。その本来の"真価"は発揮されず…。多くは、他の有象無象によってその"価値"を薄められ、錆び付いてゆくのだが……。まだ弱冠6歳の幼子であるユスレスは。浮浪孤児という身の上の為に、多少、その精神を摩耗させてはいたが。しかし、その"まっさらな精神"の輝きは今だ健在であり。孤児としてのその無教養さは、ある意味で…。その子供特有の"純粋さ"と、"無垢さ"を保持させる事に貢献し。
また、月に二度の。小教会・聖堂で行われる、貧しき者達への施し「炊き出し」を受ける事もあり。……肝心な処で"救い"をくれない『神』には、少なからずの憤りや恨み言を吐く事はあっても。名を知らずとも、その『神』の存在を知っている事と。微々たるものでも、その施しを受けている側の身で『神』を否定しきる事は出来ず。例え、否定したとして。その『神』という"存在"を知り口ずさむ事は、逆に考えれば。その『神』を"信じている"から、とも捉えられる為。……本当に、本当の意味では。ユスレス並び、多くの浮浪孤児の無神論者というのは。その幼く未熟な肉体と精神を保持している間に限り、その身は確かに。一端の「聖職者」に成り得る"可能性"を多分に持つ………"未来ある"子供達であったかもしれない…………。
…――そんな、かもしれない子供達の一人でしかなかったユスレスは。無言で、またぐしょぐしょに濡れた服を出来るだけ。手拭いに水を含ませることで、何とか自然乾燥を早く促そうと忙しなく手を動かすが。……折角、3日ぶりに晴れ晴れとした鮮やかな青い空へ。少しづつ……何度目かの、灰色の重たい暗雲が流れ込み始め。瞬く間に、それはユスレスがへたり込む狭い通りからでも視認できるようになると…。唐突に失われていく暖かの陽の日に、ユスレスは「またか。」っとその幼い顔を顰め。……その後暫くして、ぽたぽたと雨粒を零し始めた雨雲に。ユスレスは今だ、しっとり濡れる頭へ手拭いをサッと被せ立ち上がると。顰めっ面その儘に…ユスレスは天上の鈍雲を見上げ、一つの愚痴を零す……。
「――――こんな冷たい雨の…どこが、"
謳う戦鎚 ドクダミ @kumomodoki
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