03 約束された再会
「――…あっ!おはようございますっ、ユスレスさん!今日は、起きれたんですねっ!!」
「こらッ、ルル!零れてるっ!!………おはようございます、スミンズさんっ。空いてる所、座ってって下さいね。」
「ああ、判った…。」
「はいはいっ。おはようさん!!スミンズさん!はい、朝食だよっ!!」
「頂きます……。」
………時刻は、午前5時頃の早朝。昨日の儀式…「
この時間帯は、どちらかと言えば。朝早くの仕事人というよりも…この王都を今日中に出発するような"旅人"や"冒険者"がその他大勢を占め。その食事風景も少なからず急ぎ足で、折角の暖かい朝食を味わって食べている者は少ない…。因みに今日の朝食は引き続き、ジャガイモスープとパンのスライスだったが。しかし……昨日の様な、ユスレス一人に林檎の差し入れが入る事はもう無かった……。それは昨日と違い、今日は他のお客の目が在るからという事もあるが。……そもそも。大事にしていた愛猫の恩人とは言え、その治療代金は既に払い終わり。宿泊代も、それなりに割り引いている訳であるから。実際の所、ユスレスへの"恩"には既に、十分に応え終えており。ある程度、他の客よりは親し気な対応にはなるが。それ以上は過剰であり。もしそれを解せずベタベタと世話を焼けば、他の客や常連から「依怙贔屓だ!」っと𠮟咤されてしまう……。
だからこの「小麦色の猫亭」を切り盛りする、カルテ《女将》とデック《料理番》は(ルルはまだ入らない)。初め、気さくにユスレスへ朝の挨拶を送っても。その後は、特にユスレスへ構う事なく。忙しく朝の食堂を駆けまわり、ポツポツと降りてくる客へ次々に朝食を運んでい行く……。とはいえ。元々ルルを見る様に……基本的には"世話好き"で、"愛想の好い"性格のこの3人親子は。ちゃんと、見えないところで。デックはユスレスのスープだけ、一つジャガイモを多く入れたり。カルテは既にスライスされたパンの中から、中心の一番柔らかく大きい一切れを選んで添えたり。ルルは水拭き後、乾拭きまでした綺麗な方のテーブルへ、さりげなくユスレスを誘導したりしていた…。
そういった"心遣い"に、ユスレスは気づいているのかいないのか……。大きなジャガイモを一口頬張り、パンをスープに浸してしゃぶりつきながら。それらを全てを、ものの数分で食べ終えてしまうと。空きっ腹に程よく染みる温かさに、一息つくと。少しパンパンに縦長に膨らんだ、木のコップに鉄の小鍋…組み立て式のスコップが括りつけられた
嬉しそうに、けれど、少し寂しそうにして。食べ終わった食器類を随時下げて行く仕事をほっぽり、ユスレスの出立を見送りに来たルルに。若干仕事に厳しい兄・デックがその様子に眉を顰めるも、仕方なさそうに眉を下げ…。ユスレスを軽く目礼だけで見送ると、忙しそうに手を動かし。6時頃に顔を出し始める労働者用の簡単な弁当――薄くスライスし炙ったパンに、塩っ辛い潰しジャガイモと真っ赤なトマト(果肉部分が妙に多い)・塩漬け肉のスライスを挟んだ"パニッタ"――をこさえてゆく。そんな兄の華麗な手仕事は梅雨知らず…。ルルは今だ、諦めきれないっと言った様子でユスレスを見上げ。ユスレスへ控えめな、「引き留め工作」を仕掛けながら。惜しみつつ……話掛け始める。
「…やっぱり、もう行っちゃうんですか?「
「かもしれないが。"宴"は別に、聖職者全員が参加しないといけない訳じゃないからなぁ…。そもそも、俺はまだ第七位の……"茶の僧侶"だし…。」
「えー、"色"なんて関係ないですよっ!ユスレスさんは、ムーを治してくれた恩人で優しいし。それと、なにより!!私の、"お師匠様"ですからっ!!」
「いや、ムーを治したのは本当だが。俺はルルの"お師匠様"ではないぞ…。というか、"師範"に成れるのは「第四位階」からだって言ったろ?」
「それだって、関係ないですっ!ユスレスさんは、私のお師匠様っ!!これは決定です!!」
「あのなぁ……。」
「ルルっ!もうその辺にしなさいっ。スミンズさんが、荷馬車に乗り遅れちゃうでしょうっ!」
「…うぅ…はぁーい、母さん…。」
母・カルテに窘められ、仕方なく返事をするルルだが。そのユスレスを見る目は、まだ期待の色が見え隠れしているのを確認し。ユスレスは可哀想だとは思うも……。今後のルルの"人生"の為にも。しっかりと、言ってやらなければと。心を鬼にして。ユスレスはルルを正面から覗き込み、真っ直ぐな、厳しい口調で"断りの言葉"を述べる。
「悪いけど…ルル。昨日も言ったが、"僧侶"は……諦めなさい。お前にはちゃんと家族もいて。そして、今だって"幸せ"に生きていけている…。それを欲張るのは……余り、"賢い"とは言えないぞ。」
「……で、でもっ。」
「俺は俺で。ルルはルルだ。…俺の様な「僧侶に成りたい。」……そう言ってくれた事は嬉しいが。僧侶はそう、簡単に成れるもんじゃないし。成れたら……俺の立つ瀬がないなぁ。」
「うむぅ…。」
ユスレスからの二度目の"断り"の御言葉に、流石に脈なしと項垂れるルル…。
…――昨日の昼過ぎ。簡単に入用な物品を買って、宿屋へ戻って来たユスレスは。「遅くならないって言ったのにッ!!」っと、昼飯時が終わろうかという頃にやっと帰って来たユスレスへ。ちょっとむくれた表情をして、出入り口付近で待ち構えていたルルだが。ユスレスがあの後、また一本買ってきたスフィーを見せると……。
「――…あっ!!もしかして、大聖堂の所のスフィー屋さんですか!?やったーっ!!」
効果は抜群で。あっという間にユスレスの手から、スフィーが捥ぎ取られてしまったが。調子よく機嫌を直す事が出来。そんなユスレスに頭を下げながらも、ルルに「全く…もう十なんだから、ちゃんと綺麗に食べなさいっ。」っとカルテが早速口の周りを汚しスフィーを食べるルルを甞めるも。気にした風でもなく「はーい。」っと軽く返事をして、ペロリと舌で唇を舐めるが。尚も砂糖や油が光る口回りに、カルテが呆れながらルルへ手拭い(汚してもいいヤツ)を持たせている…。昼過ぎとあって、宿舎の食堂もユスレスの初日の朝同様。ガラリ……と人影はほぼなく、奥の端の席に一人二人いる程度…。昼飯時にこさえた物がまだあるが、食べるかとデックが聞いてきたので。その申し出を有難く頂戴すると、ちょっと高い品を頼み。代金50ルカ(三分の二銅貨1枚)をきっちり払うと。気を聞かせて、ユスレスの手荷物を部屋へ運ぶと言い出したルルに。手間賃1ルカを払おうとし…「要らないよっ!!」と元気よく返され。ユスレスの手から荷物を受け取ると駆け足で階段を上って、降りて来ると……。今度はしっかり、ユスレスの部屋の鍵を持って二階へ上がっていく…。
その若干…宿屋の娘らしからぬ、抜けた感じのルルに。……一抹の不安が過らないでもないが(カルテも不安そうにしていた…)。色々と、ここの宿屋には好くしてもらっている手前。特に何を言う事もなく、カルテに促され席に着くと。人もおらず、作っておいたもの盛るだけである為。荷物運びで居ないルルの代わりに料理を運んで来たデックに、「…さぁ、食べてくれ。」っと目の前のテーブルへ配膳して貰い。相場より20ルカ程高い昼食――
それに「何だ?」っと問いかけると、「
「――スゴイですね!ユスレスさんっ!!みんな大体、二回は落ちちゃうのに。一回目で受かっちゃうなんてっ!!」
っと、大きな声で叫び上がり、我が事との様に喜ぶも。ユスレスとしては、今この場に「落ちた受験者」が居たら確実に睨まれ…恨まれるだろう事に。冷汗を禁じ得なかったが……。幸いな事に、この宿屋に泊る受験者は奇跡的に見受けられなかったので"大事には"ならなかった。が、その後…。如何も初めムーを治してもらった際に見た神聖術が、かなり。ルルの頭の中で、ムーを治してくれた事の好印象と相まって。強く、焼き付いてしまったらしく…。ユスレスがざっくりと話した、儀式や僧侶の活動を聞いたルルは、ザッと席から立ち上がると…――。
「――…私…ユスレスさんみたいな、"僧侶様"に成りたいッ!!」
っと、又も叫び上がってから。"今"に至る――――……。
…輝かしく神秘的なものに魅せられ、一時の"気の迷い"を見せるのは。とても人間らしく、まだ年若い事もあり微笑ましい程度で済むが。…僧侶や神官という「聖職者」は、その性質上。どれ程高い階級に身を置いたとしても。その身を常に清純に純潔に保つ事で、俗世の淀み歪んだ思想から自身と『神』への"信仰"を守る為…必然的に。聖職者に身を置く者は漏れなく、全員が"未婚"を強制・原則禁止となっており。特に女性の聖職者……主に神官は、非常に厳格な戒律が敷かれ厳しく教育が施される事が多く。…正直言えば、ルルの様な多感な性格では少々辛いものがあり。僧侶は僧侶で、言ってはあれだが…。態々聖堂や教会を出てまで活動をしようという、確固とした"信仰"と強い"意思"に"胆力"がなければやってはいけない為。
一応、カラミタ教徒ではあるルルだが。その他諸々の適性を鑑みても、少なくとも、僧侶には向いてはおらず…。ルルからすれば、平凡で変わり映えのない人生より。もっと誰かの為に働き、外の世界を旅して生きる人生の方が魅力的で目新しいのだろうが。今のルルには、それら全てを叶え…行動する為の知識と努力の積み重ねが圧倒的に足りていなかった…。そうして、しょんぼりと項垂れたルルに。ユスレスは何とも言えない心情で、頭を軽く撫でてやりながら。そろそろ本当に出立せねばと思い、少々気まずくルルへ別れの言葉を告げようとすると。背後から気さくな気な、カルテの声が掛かる。
「――はいはいっ、"お客さん"。忘れ物だよっ!」
「…忘れ物?」
「お客さん!うちの宿屋の"弁当"を、忘れないで下さいよっ!!」
カルテの言葉と共に差し出された。茶色に少し黒っぽい繊維が混じる
「それじゃあ、もう行かないとな。……ルル、俺やお前の家族がその"夢"を駄目と言うのは。それにはちゃんと理由があって、何よりも、お前が"大事"だからだ。それは、分かるだろ?」
「…うん…。」
「……それでも目指したいなら。後はお前の努力と、根気次第だろうが…。けど、今だけは。ちゃんと、家族の傍に居てやれ。」
「……そうします。」
「よし。…じゃあ、またなルル。次は、何時になるか判らないが。今度こそは、王都の「
「!……はい、またですよ!!絶対っ、絶ッ対にっ!また来てくださいね、ユスレスさんっ!!」
ユスレスの口から出た"別れ"ではなく、"再会"を約束する言葉に。どういう訳か、いきなりその機嫌を急上昇させ喜ぶルルに。ちょっと困った風に、「そのうちだぞ?直ぐじゃないからな?」っと釘を刺しておくが。そんな事はお構いなしに、「待ってるからねッ!!」っと言って聞かないルルに苦笑しながら。もう一声、声を掛け。真新しい、木柄茶色の簡易法衣を着込んだ"第七位階僧侶"・ユスレスは。漸く、宿屋の外へ足を踏み出し。王都に来て約2日間、お世話になった「小麦色の猫亭」を後にしていくと。ルルが宿屋から、通りへ飛び出し。宿屋からそこそこ距離が開いた所まで歩を進めていた、ユスレスの背後から。
――周囲を、3~4階建ての密集住宅街によって挟まれた小さな通りへ。ルルはその大きな…よく通る声音で無邪気に。ユスレスへ、最後の言葉を高らかに叫び上げる……。
「――ユスレスさんっ!!また、あの歌!歌ってくださね~!!――…。」
「……ッ……。」
…浅暗い早朝の、この、まだ心地よく寝静まる住人が多く居る密集住宅街に響く。可愛らしい
幸い…そのルルの騒音を聞きつけ。勢いよく、分厚い木扉の窓をこじ開け「おいッ!!うるせぇぞッ!!こっちはまだ寝てんだッ!静かにしやがれッ!!」っと、癇癪気味に怒鳴り上げる住人は現れなかったが…。そんな住人が何時現れてもおかしくない位には、ルルの声は良く響いていた為。直ぐにカルテが「あんたっ、何やってるのっ!!」っと、ルルを慌てて中へ引っ張ると。その合間に遠くのユスレスへ、苦笑気味に軽く頭を下げ。ルルと共に宿屋の中へ今度こそ、その姿を消してゆく……。そんな光景に、また歩を止めていたユスレスは再び歩を進め一つ溜息を吐く…。
「…やっぱり、人前で謳うもんじゃないな……。」
昨日宿屋へ戻って、ルルにせがまれ話をしていた最中。丁度、居残っていた客が全員はけ。ルルが毎年観ているという「
ユスレスはそんな、混沌とした感情に振り回されている自身に対し。「未熟だ…。」っと心中で呟くと。その小さなわき道の様な通りを、ひたすら歩き進める――…。
*
*
―――カランカランッ カランカランッ ………。
「――…おーいっ!!もう直ぐ出発だよ~!!さぁ、乗った乗った~!!」
……辺りへ、また少しずつ日の光が射し込み。空がくっきりと白み始めた頃。
東大門付近のかなり広く開けた広場へ何台か止まる、生成り色の立派な
ユスレスは事前に。昨日…「東大門・乗合馬車運行所」へ向かい、予め乗車人数と運賃・時刻等が張り出された運行表を見て。その中から、ある程度の"安全"を考え。決して安くもないが高くもない、無難で少し得そうな運行馬車を選んで。その日の内に先に料金を支払って、"予約"が出来た荷馬車を探し辺りを見渡すと…。その予約者である事を示す、"木札"に書かれた
「そこのアンタ…。もしかして、ウチの馬車の乗客かい?」
「はい、そうですが…。」
「……木札は持ってるのかい?それと…その、「長物」は何なのか聞いて良いか?」
「木札はこれです。それと、こっちは………戦鎚です。」
「は?戦鎚?何でそんなモンを………って、あんた、"僧侶さん"だったのか。」
ユスレスが持っていた
…――その後。やはり、ユスレスと隣周囲の間隔が気持ち広く取られるという。当然と言えば当然な反応を、他乗客一同からされつつ…。最後の客が乗り込み、定刻となった為。他乗合馬車同様、専用出入り口へ馬に鞭が打たれが荷馬車が進みだし。数十分後、ユスレス達の乗合馬車に検問の為。守衛兵士が荷台内を覗き込み、不審そうな乗客・物品がいないかを品定めしていると。ここでもやはり、守衛兵士の目に留まったユスレスだったが……。
「――ん?ああ、なんだお前さんか…。もう王都を出るのか?後3日後には祝祭だぞ?」
「…ご無沙汰してます。ええ、王都へはただ「
…守衛兵士――王都入都の際、ユスレスを監視塔まで引っ張っていった。顔に覚えのある若守衛に気づき、ちょっと間の抜けた簡単な会話を守衛とするユスレスに。乗客ないし、御者・護衛達の意外そうな視線が注がれるも。これは良い印象操作が出来たと、ホッと心中で胸を撫で下ろすユスレス…。その後、無事ユスレスが"試し"受かり。木柄茶色の
ふと……遠目に見えた、ユスレスから左側の監視塔の頂上…。そこへ小さく並び立つ"二人の人影"に、何か見覚えを感じたが。それを確認するには随分と、距離が開き過ぎており。今も尚遠くへと遠ざかっている為、その既視感の正体は掴めなかったが…。監視塔の屋上…
…――ガタゴトと小さく、不規則に揺れる荷馬車の中で。これから先の、自身の行く末を想い…。少しばかりの、"不安"と"期待"を胸に。今日から少なくとも1週間は掛かるであろう、目的地――アルテニカ聖王国・東部辺境領に存在する。多くの冒険者が集い、栄える、辺境交易都市"アービス"を目指し。
ユスレスはその大きく、何処か歪な戦鎚をしっかりと携えながら。今日もまた、長い、長い、旅路を乗り越え。独り、進んでゆく…――――。
*
*
*
「―――さて…。如何やら無事、行ったようだな。」
「そのようだね。……しかし…。まさか、こんなにも直ぐ王都を立つとはなぁ…。」
……太陽がその顔を出し、薄い影が木々や建物から伸び始めた頃。王都アルカンデラ・東大門城壁の、二棟ある監視塔の内右側の灯の屋上……。城壁と連結して造られている、
――――『カラミタ教"第四位階神官"・司教』"アレッド・テフネ・ホーメン"と、
『アルテニカ聖王国軍"陸軍所属"・一等上級少尉』"マールズ・コルテ"は。
眼下の王都城壁の外縁に広がる、まだ背の低い小さな芽が伸びる焦げ茶色の"麦畑"と。近郊の川から引かれた水路が、畑の隅々まで奔る先進的な農耕設備が望める中。そんな田畑を分断する。…何両もの荷馬車が通れる程横幅の広い、主要都市間を結ぶ平たい石材の街道が伸び。その上を悠々と進みゆく、"小さな白と茶色の物体"としか形容できなくなる程遠ざかった。とある乗合荷馬車を見つめ。その門出を祝福している様な……その別れを惜しむ様な、様々な感情が含まれた言葉を口ずさみ。しかし、特別、何か行動を起こすでもなく…。ただその去りゆく姿を見つめ、見守る事に徹する様は。何処か誇らしく…。けれど、どうしようもなく。歯痒く感じずにはいられない……そんな感情を、心の奥底へ鎮め込みながら。今だけはと…。その"想い"を伝えるのは、もう暫く後の機会へと回し。その想いを最も適した言葉達で飾れるよう、懐かしき記憶の整理しながら。その時が来るのを、密かな"楽しみ"とする二人……。
「…あの盟友が、慣れない手紙まで書いて褒めちぎる"愛弟子"とは。一体、どれ程の"者"かと、多少は期待していたが……。まさか、ああも見事に、"祈り"を紡げるとはな……。」
「ああっ!その話はよしてくれっ、アド!私も見たかったんだぞっ。なのにお前は、私を聖堂へ入れてはくれないし。………部下達は、私に睨みを利かす始末だ…。」
「……陸軍将校が、神聖なる儀式に立ち会う必要性は、全くない。後、お前の部下が出しゃばりなのは。お前が悪いぞ……マーズ……。」
「……ぬぅ…。」
アレッドの"指摘"する処に、多分に、心当たりがあるらしいマールズは。一つ唸り…老成した大人らしからぬ、不服そうな表情を滲ませそっぽを向く仕草を。「…やれやれ。」っと、友人の、その歳不相応な態度を横目で捉え。少々…呆れた様に嘆息したアレッドは。再び、その視線を遠い石畳の街道へ戻すも。お目当ての"視認物"は既に、更なる躍進を遂げその姿を小さくしていく…。
"彼"が、王都へ留まったのは。二日前の昼から、今日の早朝までの不均一な2日間……正確には1日半と少しという間で。共に、"彼"との初対面が叶ったのは。一人はこの「東大門監視塔・取り調べ室」と、一人は「聖ストーリヤ大聖堂・小講堂」であったが。その初対面時の"彼"の第一印象で完全一致している事柄は、「奴に似いてる。」である。
「まぁ、確かに。髪や瞳…顔付だとかは、どっちらかと言えば真逆なんだが。何だろうな?あれは…。本当の我が子でもないって言うのに……あんなにも似るものか?」
「"師匠"がアレなんだ。……アイツが"彼"を引き取った時は、まだ7歳だったと言うし…。一時期は酷い状態だったらしいが……10年も一緒に過ごしたんだ。似ない方が、おかしいのではないか?」
「……10年、か……。そんなにも長い年月を重ねて来てたっていうのに…。一度も、会っていなかったのかと思うと。………やるせないなぁ…。」
「……もっと早くに会いに行くべきだった……。仕方がなかったとは言え。私達は、"ガンレー"は、もう若くはなかったのに…。それを、互いに失念していた………"彼"の事も含めて、な……。」
……アレッドの、何処か沈痛そうなその言葉に。同意を示すかの様に…一つ頷き。マールズも又アレッドに習い、遠い石畳の街道の先へ視線を這わせ。目を細める……。
折角の、接見と邂逅の好機ではあったが。また近いうち、この王都を訪れるであろう"彼"との再会に胸躍らせ。「次こそは、部下達を巻いてみせるっ!」っと、何処か、おかしな方向に力を入れ始めたマールズへ。「……何故お前は、真面目に仕事を済ませて。"時間"を作ろうという発想が出来んのだ…。」っと、アレッドが指摘すると。「…めんどくさいんだ、しょうがないだろう。」っと。陸軍将校あるまじき発言が飛び出し、そのマールズの主張に。アレッドは心中で……そこで部下を使えば良いだろうに……っと呟くも。それを、特に、肉声として出す事はなく。「…突然、聖堂へ逃げ込んで来るなんて事は、御免だぞ…。」っと、必要最低限の釘を刺しておき。
……そろそろ。他の知古のある司教へ頼み。早朝の、敬虔な信徒達の為に行われる。"
…――二人は共に、信頼の置ける直属の部下等を後ろへ率いながら。
少々傍迷惑な事に…。高位軍人・神官の二人の御忍び(監視塔の守衛には"周知の事実"…)で、一時的に進入禁止令(※正式なものではない)が出してまで。こうしてまだ日が昇ったばかりの早朝の、"この日"に拘り。たった二人で集まり見送ったのが、一体…誰だったのか…。それは、二人の直属の部下等のみの"既知"としてただ片付けられ。その、二人の"御偉方"と"その部下"達を見送った。当の東大門の守衛達は。「…一体、何だったんだ。」っと、互いに首を傾げながらも。長い物には巻かれろ……という、言葉通り。
――彼らは、其々に割り振られた職務を全うする為。まだまだ肌寒い、早朝のしっとりと冷える空気を肺に満たしながら。今日も又、何事もなく。平和な王都アルカンデラの夜明けが、辺りへ眩い日の光を振りまき始めた……。
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