03  約束された再会



「――…あっ!おはようございますっ、ユスレスさん!、起きれたんですねっ!!」


「こらッ、ルル!零れてるっ!!………おはようございます、スミンズさんっ。空いてる所、座ってって下さいね。」


「ああ、判った…。」


「はいはいっ。おはようさん!!スミンズさん!はい、朝食だよっ!!」


「頂きます……。」



 ………時刻は、午前5時頃の早朝。の儀式…「祈心きしんためし」の第一日目が執り行われ。それから、丸一日過ぎた"翌日"…――――。



 この時間帯は、どちらかと言えば。朝早くの仕事人というよりも…この王都をような"旅人"や"冒険者"がその他大勢を占め。その食事風景も少なからず急ぎ足で、折角の暖かい朝食を味わって食べている者は少ない…。因みに今日の朝食は引き続き、ジャガイモスープとパンのスライスだったが。しかし……昨日の様な、ユスレス一人に林檎の差し入れが入る事はもう無かった……。それは昨日と違い、今日は他のお客の目が在るからという事もあるが。……そもそも。大事にしていた愛猫の恩人とは言え、その治療代金は既に払い終わり。宿泊代も、それなりに割り引いている訳であるから。実際の所、ユスレスへの"恩"には既に、十分に応え終えており。ある程度、他の客よりは親し気な対応にはなるが。それ以上は過剰であり。もしそれを解せずベタベタと世話を焼けば、他の客や常連から「依怙贔屓だ!」っと𠮟咤されてしまう……。


 だからこの「小麦色の猫亭」を切り盛りする、カルテ《女将》とデック《料理番》は(ルルはまだ入らない)。初め、気さくにユスレスへ朝の挨拶を送っても。その後は、特にユスレスへ構う事なく。忙しく朝の食堂を駆けまわり、ポツポツと降りてくる客へ次々に朝食を運んでい行く……。とはいえ。元々ルルを見る様に……基本的には"世話好き"で、"愛想の好い"性格のこの3人親子は。ちゃんと、見えないところで。デックはユスレスのスープだけ、一つジャガイモを多く入れたり。カルテは既にスライスされたパンの中から、中心の一番柔らかく大きい一切れを選んで添えたり。ルルは水拭き後、乾拭きまでした綺麗な方のテーブルへ、さりげなくユスレスを誘導したりしていた…。


 そういった"心遣い"に、ユスレスは気づいているのかいないのか……。大きなジャガイモを一口頬張り、パンをスープに浸してしゃぶりつきながら。それらを全てを、ものの数分で食べ終えてしまうと。空きっ腹に程よく染みる温かさに、一息つくと。少しパンパンに縦長に膨らんだ、木のコップに鉄の小鍋…が括りつけられた背嚢リュックを背負うと。最後に………視線を集めてしょうがない…。先端部分に灰色の掛け布をした――柄はユスレスの身長より少し長い全金属製で、その先端には大振りで…歪な"火造り鎚"――"戦鎚せんつい"を手にし、席を立つと。そのユスレスの動きに、自然と…。何人かの"冒険者"の眼が追随し、ユスレスの一挙一挙を観察している様な視線に。心中で嘆息を繰り返すユスレスだが。この戦鎚を手放す気がない以上…我慢しろと唱え。宿屋の出入り口へ向かうと、其処へルルが又してもムーを捕まえて待ち構えており。それは嬉しい反面、早くこの視線から逃れたいとも思うユスレスだが。その気持ちを直ぐに引っ込め、ルルへ向き直ると。


 嬉しそうに、けれど、少し寂しそうにして。食べ終わった食器類を随時下げて行く仕事をほっぽり、ユスレスの出立を見送りに来たルルに。若干仕事に厳しい兄・デックがその様子に眉を顰めるも、仕方なさそうに眉を下げ…。ユスレスを軽く目礼だけで見送ると、忙しそうに手を動かし。6時頃に顔を出し始める労働者用の簡単な弁当――薄くスライスし炙ったパンに、塩っ辛い潰しジャガイモと真っ赤なトマト(果肉部分が妙に多い)・塩漬け肉のスライスを挟んだ"パニッタ"――をこさえてゆく。そんな兄の華麗な手仕事は梅雨知らず…。ルルは今だ、っと言った様子でユスレスを見上げ。ユスレスへ控えめな、「引き留め工作」を仕掛けながら。惜しみつつ……話掛け始める。



「…やっぱり、もう行っちゃうんですか?「水礼すいれいうたげ」だって、もう直ぐなのに……。祝祭の日に、僧侶様のユスレスさんが居ないなんて、何か変じゃないですか?」


「かもしれないが。"宴"は別に、聖職者全員が参加しないといけない訳じゃないからなぁ…。そもそも、俺はまだ第七位の……"茶の僧侶"だし…。」


「えー、"色"なんて関係ないですよっ!ユスレスさんは、ムーを治してくれた恩人で優しいし。それと、なにより!!私の、"お師匠様"ですからっ!!」


「いや、ムーを治したのは本当だが。俺はルルの"お師匠様"ではないぞ…。というか、"師範"に成れるのは「第四位階」からだって言ったろ?」


「それだって、関係ないですっ!ユスレスさんは、私のお師匠様っ!!これは決定です!!」


「あのなぁ……。」


「ルルっ!もうその辺にしなさいっ。スミンズさんが、荷馬車に乗り遅れちゃうでしょうっ!」


「…うぅ…はぁーい、母さん…。」



 母・カルテに窘められ、仕方なく返事をするルルだが。そのユスレスを見る目は、まだが見え隠れしているのを確認し。ユスレスは可哀想だとは思うも……。今後のルルの"人生"の為にも。しっかりと、言ってやらなければと。心を鬼にして。ユスレスはルルを正面から覗き込み、真っ直ぐな、厳しい口調で"断りの言葉"を述べる。



「悪いけど…ルル。言ったが、"僧侶"は……諦めなさい。お前にはちゃんと家族もいて。そして、今だって"幸せ"に生きていけている…。それを欲張るのは……余り、"賢い"とは言えないぞ。」


「……で、でもっ。」


「俺は俺で。ルルはルルだ。…俺の様な「僧侶に成りたい。」……そう言ってくれた事は嬉しいが。僧侶はそう、簡単に成れるもんじゃないし。成れたら……俺の立つ瀬がないなぁ。」


「うむぅ…。」



 ユスレスからのの"断り"の御言葉に、流石に脈なしと項垂れるルル…。


 …――昨日の昼過ぎ。簡単に入用な物品を買って、宿屋へ戻って来たユスレスは。「遅くならないって言ったのにッ!!」っと、昼飯時が終わろうかという頃にやっと帰って来たユスレスへ。ちょっとむくれた表情をして、出入り口付近で待ち構えていたルルだが。ユスレスが、また一本買ってきたスフィーを見せると……。



「――…あっ!!もしかして、ですか!?やったーっ!!」



 効果は抜群で。あっという間にユスレスの手から、スフィーが捥ぎ取られてしまったが。調子よく機嫌を直す事が出来。そんなユスレスに頭を下げながらも、ルルに「全く…もう十なんだから、ちゃんと綺麗に食べなさいっ。」っとカルテが早速口の周りを汚しスフィーを食べるルルを甞めるも。気にした風でもなく「はーい。」っと軽く返事をして、ペロリと舌で唇を舐めるが。尚も砂糖や油が光る口回りに、カルテが呆れながらルルへ手拭い(汚してもいいヤツ)を持たせている…。昼過ぎとあって、宿舎の食堂もユスレスの初日の朝同様。ガラリ……と人影はほぼなく、奥の端の席に一人二人いる程度…。昼飯時にこさえた物がまだあるが、食べるかとデックが聞いてきたので。その申し出を有難く頂戴すると、ちょっと高い品を頼み。代金50ルカ(三分の二銅貨1枚)をきっちり払うと。気を聞かせて、ユスレスの手荷物を部屋へ運ぶと言い出したルルに。手間賃1ルカを払おうとし…「要らないよっ!!」と元気よく返され。ユスレスの手から荷物を受け取ると駆け足で階段を上って、降りて来ると……。今度はしっかり、を持って二階へ上がっていく…。


 その若干…宿屋の娘らしからぬ、抜けた感じのルルに。……一抹の不安が過らないでもないが(カルテも不安そうにしていた…)。色々と、ここの宿屋には好くしてもらっている手前。特に何を言う事もなく、カルテに促され席に着くと。人もおらず、作っておいたもの盛るだけである為。荷物運びで居ないルルの代わりに料理を運んで来たデックに、「…さぁ、食べてくれ。」っと目の前のテーブルへ配膳して貰い。相場より20ルカ程高い昼食――ポレ鳥の小魔獣の足の炙り塩焼きに、パン半分とジャガイモスープ。青林檎(中まで薄っすら緑…)が丸々一個――を拝むと。朝・昼・夜の""として、胸元で右手が上へ来るように手を握り込み黙祷を捧げ。それから食事に手を付け、食べ始めていると。荷物を部屋へ置き終わったルルが、カルテへ鍵を渡しその儘ユスレスの横へちょんっと座る。


 それに「何だ?」っと問いかけると、「祈心きしんためし」の事やその結果を聞かれ。徐に右手の甲の黒手袋から覘く"僧侶印"を見せ、その十字の刺青に足された左斜め上の点を指さすと。一瞬訳が解らず、ぽけっとユスレスの右甲を見つめ…。何とか悟らしい、驚と憧憬の表情でユスレスを見て…。



「――スゴイですね!ユスレスさんっ!!みんな大体、落ちちゃうのに。一回目で受かっちゃうなんてっ!!」



 っと、大きな声で叫び上がり、我が事との様に喜ぶも。ユスレスとしては、今この場に「落ちた受験者」が居たら確実に睨まれ…恨まれるだろう事に。冷汗を禁じ得なかったが……。幸いな事に、この宿屋に泊る受験者は奇跡的に見受けられなかったので"大事には"ならなかった。が、その後…。如何も初めムーを治してもらった際に見た神聖術が、かなり。ルルの頭の中で、ムーを治してくれた事の好印象と相まって。強く、しまったらしく…。ユスレスがざっくりと話した、儀式や僧侶の活動を聞いたルルは、ザッと席から立ち上がると…――。



「――…私…ユスレスさんみたいな、"僧侶様"に成りたいッ!!」



 っと、又も叫び上がってから。"今"に至る――――……。



 …輝かしく神秘的なものに魅せられ、一時の"気の迷い"を見せるのは。とても人間らしく、まだ年若い事もあり微笑ましい程度で済むが。…僧侶や神官という「聖職者」は、その性質上。どれ程高い階級に身を置いたとしても。その身を常に清純に純潔に保つ事で、俗世の淀み歪んだ思想から自身と『神』への"信仰"を守る為…必然的に。聖職者に身を置く者は漏れなく、全員が"未婚"を強制・原則禁止となっており。特に女性の聖職者……主に神官は、非常に厳格な戒律が敷かれ厳しく教育が施される事が多く。…正直言えば、ルルの様な多感な性格では少々辛いものがあり。僧侶は僧侶で、言ってはあれだが…。態々聖堂や教会を出てまで活動をしようという、確固とした"信仰"と強い"意思"に"胆力"がなければやってはいけない為。


 一応、カラミタ教徒ではあるルルだが。その他諸々の適性を鑑みても、少なくとも、僧侶には向いてはおらず…。ルルからすれば、平凡で変わり映えのない人生より。もっと誰かの為に働き、外の世界を旅して生きる人生の方が魅力的で目新しいのだろうが。今のルルには、それら全てを叶え…行動する為の知識と努力の積み重ねが圧倒的に足りていなかった…。そうして、しょんぼりと項垂れたルルに。ユスレスは何とも言えない心情で、頭を軽く撫でてやりながら。そろそろ本当に出立せねばと思い、少々気まずくルルへ別れの言葉を告げようとすると。背後から気さくな気な、カルテの声が掛かる。



「――はいはいっ、"お客さん"。だよっ!」


「…忘れ物?」


「お客さん!うちの宿屋の"弁当"を、忘れないで下さいよっ!!」



 カルテの言葉と共に差し出された。茶色に少し黒っぽい繊維が混じる雑紙ぞうしに包まれた、デックが先程まで仕込んでいた"弁当"パニッタを渡され。一瞬呆けた様に包みを見つめ…我に返ったユスレスは、弁当の代金を支払おうとするも。やんわりと、カルテとデックに笑顔で断られ。渋々…有難く、弁当を頂くと。ユスレスは最後に、ルルへもう一度、言葉を贈り始める。



「それじゃあ、もう行かないとな。……ルル、俺やお前の家族がその"夢"を駄目と言うのは。それにはちゃんと理由があって、何よりも、お前が"大事"だからだ。それは、分かるだろ?」


「…うん…。」


「……それでも目指したいなら。後はお前の努力と、根気次第だろうが…。けど、今だけは。ちゃんと、家族の傍に居てやれ。」


「……そうします。」


「よし。…じゃあ、。次は、何時になるか判らないが。今度こそは、王都の「水礼すいれいうたげ」を拝みに来るよ。」


「!……はい、ですよ!!絶対っ、絶ッ対にっ!また来てくださいね、ユスレスさんっ!!」



 ユスレスの口から出た"別れ"ではなく、"再会"を約束する言葉に。どういう訳か、いきなりその機嫌を急上昇させ喜ぶルルに。ちょっと困った風に、「そのうちだぞ?直ぐじゃないからな?」っと釘を刺しておくが。そんな事はお構いなしに、「待ってるからねッ!!」っと言って聞かないルルに苦笑しながら。もう一声、声を掛け。真新しい、を着込んだ"第七位階僧侶"・ユスレスは。漸く、宿屋の外へ足を踏み出し。王都に来て約2日間、お世話になった「小麦色の猫亭」を後にしていくと。ルルが宿屋から、通りへ飛び出し。宿屋からそこそこ距離が開いた所まで歩を進めていた、ユスレスの背後から。


 ――周囲を、3~4階建ての密集住宅街によって挟まれた小さな通りへ。ルルはその大きな…よく通る声音で。ユスレスへ、最後の言葉を高らかに叫び上げる……。



「――ユスレスさんっ!!また、!歌ってくださね~!!――…。」


「……ッ……。」



 …浅暗い早朝の、この、まだ心地よく寝静まる住人が多く居る密集住宅街に響く。可愛らしい少女ルルの大声は、それがどういった"理由"の元、発せられたにせよ。その他意のない声は、ある意味……十分に、罪深いものであった……。


 幸い…そのルルのを聞きつけ。勢いよく、分厚い木扉の窓をこじ開け「おいッ!!うるせぇぞッ!!こっちはまだ寝てんだッ!静かにしやがれッ!!」っと、癇癪気味に怒鳴り上げる住人は現れなかったが…。そんな住人が何時現れてもおかしくない位には、ルルの声は良く響いていた為。直ぐにカルテが「あんたっ、何やってるのっ!!」っと、ルルを慌てて中へ引っ張ると。その合間に遠くのユスレスへ、苦笑気味に軽く頭を下げ。ルルと共に宿屋の中へ今度こそ、その姿を消してゆく……。そんな光景に、また歩を止めていたユスレスは再び歩を進め一つ溜息を吐く…。



「…やっぱり、人前でもんじゃないな……。」



 昨日宿屋へ戻って、ルルにせがまれ話をしていた最中。丁度、居残っていた客が全員はけ。ルルが毎年観ているという「水礼すいれいうたげ」で行われる、色鮮やかなな花々の小物を身に飾った。その年の満12歳の白装束を身に纏った少年少女達の行列が、王都の四方面の大通りを練り歩く行列パレードで。その練り歩く少年少女達が歌う、"春呼び歌"をルルが口ずさんだ際……。、興が乗って。ユスレスが昔一度聞いたっきりその歌を、ルルに合わせ口ずさんでしまった時…。それを驚き眼で聞いたルルに「ユスレスさん……歌上手っ!!」っと大絶賛され。正直で真っ直ぐな称賛に、柄にもなく照れ笑いをして「…ありがとう。」と内心非常に喜んでいた自分の事を思い出し。何とも気持ちの悪い羞恥と、若干の後悔を滲ませながら。


 ユスレスはそんな、混沌とした感情に振り回されている自身に対し。「未熟だ…。」っと心中で呟くと。その小さなわき道の様な通りを、ひたすら歩き進める――…。




   *



   *

 



  ―――カランカランッ  カランカランッ ………。



「――…おーいっ!!もう直ぐ出発だよ~!!さぁ、乗った乗った~!!」




 ……辺りへ、また少しずつ日の光が射し込み。空がくっきりと白み始めた頃。


 東大門付近のかなり広く開けた広場へ何台か止まる、生成り色の立派なほろ付き荷馬車から。大きな野太い声で客引きをする、大柄の男の元へまた一人乗客が走り寄り。男へ手早く運賃を払い、その大きく膨れた背負子を担ぐと。もう既に6~8人の荷物を持った乗客が乗る中へ、グイグイと入り込み窮屈そうに…何とか最後の乗客が乗り込むのを見て。客引きの男は荷馬車の御者と、護衛の冒険者…傭兵の小集団へ「よしっ、出発するぞ!」っと合図を出し。自身も御者台へ乗り込むと、そこそこの体躯の黒に白斑シロブチの"ウマ"――蹄がもある――へ鞭を打ち。王都から目的地、近隣主要都市への運行を遂行すべく。東大門の積載馬車用・出入り口を目指し、二頭立ての荷馬車が広場を横切っていく光景を。横目で眺めながら……。


 ユスレスは事前に。昨日…「東大門・乗合馬車運行所」へ向かい、予め乗車人数と運賃・時刻等が張り出された運行表を見て。その中から、ある程度の"安全"を考え。決して安くもないが高くもない、無難で少し得そうな運行馬車を選んで。その日の内に先に料金を支払って、"予約"が出来た荷馬車を探し辺りを見渡すと…。その予約者である事を示す、"木札"に書かれたマークの荷馬車を見つけ。其方へと、歩を進めると。こちらへ向かって歩いてくる、ユスレスの姿を認め……その手に持ったへ、怪訝そうな視線を送るちかも…。一応の確認として。荷馬車へあと数メートルの時点で、ユスレスが乗る荷馬車の御者兼責任者らしき人物から声が掛けられる。



「そこのアンタ…。もしかして、ウチの馬車の乗客かい?」


「はい、そうですが…。」


「……木札は持ってるのかい?それと…その、「」は何なのか聞いて良いか?」


「木札はこれです。それと、こっちは………戦鎚です。」


「は?戦鎚?何でそんなモンを………って、あんた、"僧侶さん"だったのか。」



 ユスレスが持っていた長物ながものの正体と、その右手甲の黒手袋から除く僧侶印に目を剥く御者の男の反応に。少なからず、非常に苦いものを感じながら……。ユスレスは「ええ、まぁ…そうですね。」っと控えめに応え、御者の男の今後の対応に少し身構える…。そして、当の御者の男は。何とも言えない微妙な表情を作っていたが数秒後……乗って良し、という御達しをユスレスに出した為。何とか無事、乗合馬車へ乗り込む事が許されたユスレスだが。…木柄茶色きがらちゃ法衣ローブを身に着けた「僧侶」の"青年"が、何故か、という事で……。若干、あの当初の。王都へ赴く際に乗って来た荷馬車と同じ(茶法衣のお陰で多少は緩和されている…)雰囲気が、荷台内に流れる中…。せめて、自身の顔がその気不味さに負けぬよう。ユスレスは頬が引きつらないよう意識し、ゆっくりと、荷馬車へ乗り込んで行く……。



 …――その後。やはり、ユスレスと隣周囲の間隔が気持ち広く取られるという。当然と言えば当然な反応を、他乗客一同からされつつ…。最後の客が乗り込み、定刻となった為。他乗合馬車同様、専用出入り口へ馬に鞭が打たれが荷馬車が進みだし。数十分後、ユスレス達の乗合馬車に検問の為。守衛兵士が荷台内を覗き込み、不審そうな乗客・物品がいないかを品定めしていると。ここでもやはり、守衛兵士の目に留まったユスレスだったが……。



「――ん?ああ、なんだか…。もう王都を出るのか?後3日後には祝祭だぞ?」


「…。ええ、王都へはただ「祈心きしんためし」を受けに来ただけなので…。ですが、次は是非、見物したいところですね――…。」



 …守衛兵士――王都入都の際、ユスレスを監視塔まで引っ張っていった。顔に覚えのある若守衛に気づき、ちょっと間の抜けた簡単な会話を守衛とするユスレスに。乗客ないし、御者・護衛達の意外そうな視線が注がれるも。これは良い印象操作が出来たと、ホッと心中で胸を撫で下ろすユスレス…。その後、無事ユスレスが"試し"受かり。木柄茶色の法衣ローブ姿と右手甲のいれずみを見て、短いながら祝辞を頂き感謝の言葉を返すと。その儘、王都からの出都が許可され、大門を何事もなく潜り城壁を抜ける事が叶い。…開け放たれた荷台後部から伺える、王都周囲を囲う堅牢な城壁が着々と遠ざかっていく様を眺めながら……。


 ふと……遠目に見えた、ユスレスから左側の監視塔の頂上…。そこへ小さく並び立つ"二人の人影"に、何かを感じたが。それを確認するには随分と、距離が開き過ぎており。今も尚遠くへと遠ざかっている為、その既視感の正体は掴めなかったが…。監視塔の屋上…物見櫓ものみやぐらに立つ者は、大抵兵士ぐらいなものなので。きっと、と思い直し。直ぐにその考えを、頭の端へと追いやると。また暫く続く乗合馬車の、に。何処となしに、遠くの景色を視界に捉えながら。



 …――ガタゴトと小さく、不規則に揺れる荷馬車の中で。これから先の、自身の行く末を想い…。少しばかりの、"不安"と"期待"を胸に。今日から少なくとも1週間は掛かるであろう、目的地――アルテニカ聖王国・東部辺境領に存在する。多くの冒険者が集い、栄える、辺境交易都市"アービス"を目指し。


 ユスレスはその大きく、何処か歪な戦鎚をしっかりと携えながら。今日もまた、長い、長い、旅路を乗り越え。独り、進んでゆく…――――。





   *



   *



   *





「―――さて…。如何やら無事、ようだな。」


「そのようだね。……しかし…。まさか、こんなにも直ぐ王都を立つとはなぁ…。」



 ……太陽がその顔を出し、薄い影が木々や建物から伸び始めた頃。王都アルカンデラ・東大門城壁の、二棟ある監視塔の内の灯の屋上……。城壁と連結して造られている、物見櫓ものみやぐらへ並び立つ。――…。



 ――――『カラミタ教"第四位階神官"・司教』"アレッド・テフネ・ホーメン"と、

『アルテニカ聖王国軍"陸軍所属"・一等上級少尉』"マールズ・コルテ"は。



 眼下の王都城壁の外縁に広がる、まだ背の低い小さな芽が伸びる焦げ茶色の"麦畑"と。近郊の川から引かれた水路が、畑の隅々まで奔る先進的な農耕設備が望める中。そんな田畑を分断する。…何両もの荷馬車が通れる程横幅の広い、主要都市間を結ぶ平たいが伸び。その上を悠々と進みゆく、"小さな白と茶色の物体"としか形容できなくなる程遠ざかった。を見つめ。その門出を祝福している様な……その別れを惜しむ様な、様々な感情が含まれた言葉を口ずさみ。しかし、特別、何か行動を起こすでもなく…。ただその去りゆく姿を見つめ、見守る事に徹する様は。何処か誇らしく…。けれど、どうしようもなく。歯痒く感じずにはいられない……そんな感情を、心の奥底へ鎮め込みながら。今だけはと…。その"想い"を伝えるのは、もう暫く後の機会へと回し。その想いを最も適した言葉達で飾れるよう、懐かしき記憶の整理しながら。その時が来るのを、密かな"楽しみ"とする二人……。



「…あのが、慣れない手紙まで書いて褒めちぎる"愛弟子"とは。一体、どれ程の"者"かと、多少は期待していたが……。まさか、ああも見事に、"祈り"を紡げるとはな……。」


「ああっ!その話はよしてくれっ、!私も見たかったんだぞっ。なのにお前は、私を聖堂へ入れてはくれないし。………部下達は、私に睨みを利かす始末だ…。」


「……陸軍将校が、神聖なる儀式に立ち会う必要性は、全くない。後、お前の部下が出しゃばりなのは。お前が悪いぞ…………。」


「……ぬぅ…。」



 アレッドの"指摘"する処に、多分に、心当たりがあるらしいマールズは。一つ唸り…老成した大人らしからぬ、不服そうな表情を滲ませそっぽを向く仕草を。「…やれやれ。」っと、、その歳不相応な態度を横目で捉え。少々…呆れた様に嘆息したアレッドは。再び、その視線を遠い石畳の街道へ戻すも。お目当ての"視認物"は既に、更なる躍進を遂げその姿を小さくしていく…。


 ""が、王都へ留まったのは。二日前の昼から、今日の早朝までの不均一な2日間……正確には1日半と少しという間で。共に、"彼"との初対面が叶ったのは。一人はこの「東大門監視塔・取り調べ室」と、一人は「聖ストーリヤ大聖堂・小講堂」であったが。その初対面時の"彼"の第一印象で完全一致している事柄は、「似いてる。」である。



「まぁ、確かに。髪や瞳…顔付だとかは、どっちらかと言えば真逆なんだが。何だろうな?あれは…。でもないって言うのに……あんなにも似るものか?」


「"師匠"がなんだ。……アイツが"彼"を時は、まだ7だったと言うし…。一時期はらしいが……10一緒に過ごしたんだ。似ない方が、おかしいのではないか?」


「……10年、か……。そんなにも長い年月を重ねて来てたっていうのに…。一度も、会っていなかったのかと思うと。………やるせないなぁ…。」


「……もっと早くに会いに行くべきだった……。仕方がなかったとは言え。私達は、""は、もう若くはなかったのに…。それを、互いに失念していた………"彼"の事も含めて、な……。」



 ……アレッドの、何処か沈痛そうなその言葉に。同意を示すかの様に…一つ頷き。マールズも又アレッドに習い、遠い石畳の街道の先へ視線を這わせ。目を細める……。


 折角の、接見と邂逅の好機ではあったが。また近いうち、この王都を訪れるであろう"彼"との再会に胸躍らせ。「次こそは、部下達を巻いてみせるっ!」っと、何処か、おかしな方向に力を入れ始めたマールズへ。「……何故お前は、真面目に仕事を済ませて。"時間"を作ろうという発想が出来んのだ…。」っと、アレッドが指摘すると。「…めんどくさいんだ、しょうがないだろう。」っと。陸軍将校あるまじき発言が飛び出し、そのマールズの主張に。アレッドは心中で……そこで部下を使えば良いだろうに……っと呟くも。それを、特に、肉声として出す事はなく。「…突然、聖堂へ逃げ込んで来るなんて事は、御免だぞ…。」っと、必要最低限の釘を刺しておき。


 ……そろそろ。他の知古のある司教へ頼み。早朝の、敬虔な信徒達の為に行われる。"青朝せいちょう礼拝れいはい"と呼ばれる、「公祈祷公的な礼拝」の催事の"進行役"の当番を手前……。もうこの二人っきりの"集い"を、お開きとしようと口を開きかけ。二人のいる物見櫓ものみやぐらへの昇降口である階段前へ残してきた、自身…アレッドの"補佐"である年若い司祭の言伝を聞き。…マールズの部下らしき者からの、「早く戻って来て下さいっ!」っという要請を。丁度良いと、そのままマールズへ伝えると。痺れを切らした軍服姿の立派な青年・壮年軍人二人が、物見櫓ものみやぐらへ顔を出し。マールズ…陸軍一等上級少尉へ、若干不服そうに、執務室への帰還を促すと…。それへ、嫌々ながら。もうこの"集い"も潮時かと、悟ったマールズは。アレッドへ少々苦笑気味で「…でわ、また会おう"友"よ。」っと声を掛け。それへアレッドが「ああ、また会うとしようか、"友"よ。」っと返し。


 

 …――二人は共に、信頼の置ける直属の部下等を後ろへ率いながら。


 少々傍迷惑な事に…。高位軍人・神官の二人の御忍び(監視塔の守衛には"周知の事実"…)で、一時的に進入禁止令(※正式なものではない)が出してまで。こうしてまだ日が昇ったばかりの早朝の、"この日"に拘り。たった二人で集まり見送ったのが、一体……。それは、二人の直属の部下等のみの"既知"としてただ片付けられ。その、二人の"御偉方"と"その部下"達を見送った。当の東大門の守衛達は。「…一体、何だったんだ。」っと、互いに首を傾げながらも。長い物には巻かれろ……という、言葉通り。



 ――彼らは、其々に割り振られた職務を全うする為。まだまだ肌寒い、早朝のしっとりと冷える空気を肺に満たしながら。今日も又、何事もなく。平和な王都アルカンデラの夜明けが、辺りへ眩い日の光を振りまき始めた……。



 

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