残り6ヶ月で私は死にます

ちびまるフォイ

スネーク「で、味は?」

「私、死ぬことにしました」



「……はい?」


「死ぬことに」

「聞こえてる」


妻の言葉に夫の目は白黒した。


「死ぬって……なんで?」


「あなたと一緒に生活することに限界を感じました」


「だったら、離婚すればいいだけじゃないか」


「この歳になって離婚してひとりで生きられると思う?

 再婚なんて絶望的だし、専業主婦だったから再就職も難しい」


「まぁ、そうだけど……」


「死ぬ間際までストレスにまみれながら死ぬくらいなら、

 もっと早くて体の自由がきくうちに、安らかに死にたいと思ったの」


妻の口調ははっきりとした意思を感じるもので、断る言葉を寄せ付けなかった。

翌日、妻は死亡クリニックへと足を運んだ。


「持病はありますか?」

「ないです」


「生命保険は?」

「入ってません」


「では、この同意書にサインをお願いします」


同意書には「死んでも後悔しないでね」系の内容が小難しく書かれていた。

サインを済ませると、医者は透明な飲み薬を見せた。


「これを、毎日夕食後に飲んでください。死亡予定日の半年後に安らかな死が訪れます」


「味は?」


「そこ気にしますか? 別になんの味もしませんよ、苦くないので飲みやすいです」


「飲んだら、徐々に体が動かなくなるとかで死ぬんですか」


「いえ、死亡予定日にぽっくりと死にます。

 それまではむしろ元気になるような薬ですよ」


「ありがとうございます」

「余生を楽しんでくださいね」


クリニックを出ると、妻を待っていたのは圧倒的な解放感だった。

昨日まで感じていた「永久にこの日常が続く恐怖」が晴れた。


「さぁ、なにしようかな!!」


死亡予定日のことを友人に話すと、みな忙しくても予定を割いてくれた。


「前に話していた海外旅行、一緒に行こうよ!」

「こないだいった温泉また行こう!」

「学生時代の思い出の場所に行こう」


「うん!」


死亡予定日が決まってからは、毎日が充実していた。

部屋の片づけひとつするのも思い出を振り返るようで楽しい。


「どうして俺の部屋まで掃除してるんだ」


「いや、なんか片付けし始めたら楽しくなっちゃって」


くたびれ切った妻に戻った活力は鈍感な夫も見て取れた。

夕食は手の込んだものが多くなり、そのどれもが美味しかった。


「いやぁ、美味しいよ。ありがとう」


「あなたから料理を感謝されたのも何年振りかしらね」


永久凍土のように凍り付いていたはずの夫婦関係も改善された。

残り時間がわかるからこそ、日々を大事にしたいと思うようになっていた。


楽しい日々は飛ぶように過ぎていった。


新しい趣味をはじめたり、

行きたかった観光名所をめぐったり、

思い切ったおしゃれも楽しんだり。


死亡予定日を知ると、知人も隣人も夫もみなが妻に優しくなった。


そして、ついに死亡予定日の前日になった。


夕食は豪華な食事がテーブルに並んだ。


「すごい、これ全部あなたが作ったの?」


「ああ、そうだよ。君が食べたいものを用意したんだ。

 このために料理教室なんかも通ったりしてね」


「あなた……!」


妻はキッチンに向かうと、ビールを注いで持ってきた。


「はい、どうぞ」


「今日は君をおもてなしする日なんだけどな」


「最後の日だからこそ、いつも通りに過ごしたいのよ」


妻との最後の夕食は穏やかで幸せな時間が流れた。


「……それで、どうやって死ぬんだ?」


「明日の朝になると、薬の効き目で自然死するの。

 眠るように苦しむことなく、安らかに死ぬのよ」


「……そうか」


「どうかしたの?」


「やっぱり死んでほしくない」

「え?」


「この数日ずっと考えていた。君を邪魔と感じていたこともある。

 だが、君がいないと俺はどう生きていいかわからない。

 それほどまで、君に支えられていたんだ」


「でも、もう……」


「君が死にたいと思う気持ち以上に、

 俺が君に死んでほしくない気持ちのほうが大きい!!」


夫は妻を連れ出し死亡クリニックへとかけこんだ。


「お願いです! 死亡キャンセルしてください!!」


「あのですね、奥さんはこの日のために毎日薬を飲んでたんですよ。

 それに同意書だってあるんです。それを今さら……」


「じゃあ、ここであなたを殺します」

「はい!?」


夫の過激な行動に医者は目を最大限まで見開いた。


「最愛の人の死ってのはそれほどまで人を変えるんですよ。

 なにも手を尽くさない他人の医者を殺して気が晴れるのなら

 俺はいまはなんだってやってみせます」


「ま、待て……方法がないわけじゃない」


医者は同意書を持ってきて、一番下にある小さな項目を指さした。


「この死亡予定日は前日になってキャンセル人が後を絶ちません。

 そこで莫大なキャンセル料で解毒薬を処方してます」


「こんなにかかるのか……」

「あなた、もういいわ。死んでいい」


「いやダメだ!!」


夫は妻の友人から自分自身の知り合いすべてに連絡を取った。

この状況を話すと、誰もがお金を工面してくれた。


「よろしい、ではこちらが解毒薬です」


医者はキャンセル料を受け取ると、透明な解毒薬を渡した。


「これ味は?」

「またそれですか。だから無味無臭ですって」


妻は解毒薬をぐびりとひと飲み。


「……これで大丈夫なんですか?」


「ええ、あなたが明日死ぬことはなくなりました。おめでとうございます」


かくして、死亡騒動はおさまり夫婦は家に帰った。

最後の布団の中でふたりは軽く話した。


「あなた、本当にありがとうね」


「ああ、でも予約していた葬式のキャンセルが大変だな」






その後、葬式はしめやかに行われた。


喪服に身を包んだ友人たちは気の毒そうに顔を沈ませていた。


「本当にかわいそう……神様はいないのかしら」

「死亡予定日キャンセルしたのに、夫が死ぬなんてね」

「安心したら気が緩んだのかな……気の毒に」


その中で妻だけが笑顔をかみ殺すような表情をしていた。



「ねぇ、ところで生命保険はいつ入るのかしら?」


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