エピローグ

 宣言した通りに月に移住した少年たちの銀河連合が、荒れ果てていた荒野で簡易テラフォーミングを始めたころ。

 既に銀河は大きく揺れ動いていた。

 惑星防衛連合と銀河救世教団はすぐに先遣隊を組織し、地球と少年たちの勢力を滅ぼそうと動いたが、非開戦派たちが内乱を起こしたのだ。

 そのニュースを聞いた惑星たちはそれぞれ連絡を取り合い、所属していた勢力から順次離脱していった。

 それはドミノ効果を生み、次々と惑星が銀河連合へ加入してきたのだ。

 わざわざ月へやってきてくれた惑星の中には、地球圏への移住を決めたグループもおり、彼らの協力で火星とタイタンのテラフォーミングも始まった。

 一方地球は、宇宙での動きに圧倒された各国が手を結び、地球連邦政府を樹立。既存の国は全て州として扱い、議会制による統治がスタートした。

 これからやってくる多くの異星人と話せるよう、両姫のクルーたち十数人を派遣して銀河の公用語と歴史を学んでもらうとともに、エビ姫の宇宙戦艦と艦載機をメカニックとともに提供し、地球で初めての恒星間連絡船の建造が始まった。

「すごいな……あれからまだそれほど経っていないのに、もう住めるようになったとはな」

 今は参謀本部長となったカニ姫が、真っ赤なミニドレス姿で窓の外を眺めながら誰ともなく呟いた。

 グレーの砂が一面に広がっていただけの月。

 それが一ヶ月も経たないうちに宇宙戦艦の泊まれるドックが建設され、それに付随しての宿泊施設ができ、さらには銀河連合の本部となる公館までできあがってしまった。

「外交本部長、三十分後の会談がキャンセルになりました。ですが、その時間を使って別の惑星が通信による連合加入の打診をしたいと申し入れてきましたが、どうしましょうか?」

 タブレットを片手に抱えたスタッフがやってくる。

 答えたのはエビ姫だった。こちらも真っ赤なロングドレスの正装でスカートをふわりと浮かせて振り返った。

「もちろん話をさせてもらいますわ。ミーティングルームでお願いします。こちらはいつも通り銀河連合会長と参謀本部長が出席されます。あと、この前宣戦布告してきた惑星ともう一度会談をしたいのですが、連絡はとれますの?」

「はっ。向こうも再協議したいと言っています。この後の後で時間を取ってもらいます」

「頼みますわ」

「了解です」

 スタッフが床を蹴るようにして去っていく。

 その様子を見て、少年が感慨深そうに頷いた。

「重力って人工的に作れるんですね。まさか月に大気ができるなんて……驚きの連続です」

 公館の窓から眺める小さな街では、両宇宙戦艦のクルーや新たに銀河連合に加わった異星人たちが慌ただしく作業をしている。

「驚いたのはこっちのほうだ」

 カニ姫が苦笑いしながら言った。

「昨日、彼女と第三極宣言のことを思い返して話していたのだ。あたしもまだまだだな。全て……君に仕組まれたものだとやっと気づいたのだから」

「……何がですか?」

 とぼけたような少年の顔を見て、エビ姫がくすっと笑う。

「別に責めるつもりはありませんの。今はただ感謝の気持ちでいっぱいですわ。でも……不思議だったのです。どうして議長と教祖に言い負かされたのか。あれはお芝居だったのですね? 煽るだけ煽るテクニックを使った――」

 彼女の指摘は間違っていなかった。

 少年はフィリピンの時と同じく議長と教祖を煽って失言を引き出した。だがそれを説得に使わなかったのは、彼らを説得するつもりがなかったからだ。

 目的は、失言を二人の姫とクルーに聞かせ翻意を引き出すこと。それは成功し、二人の姫という最大のカードを得ることができた。

「全ては第三極を作るためだったのですね。それが地球、ひいては銀河を守るものだと信じて」

 エビ姫がふっと笑いかけてくる。

「いえ。逆ですね。もうそれしか手段は残されてなかったんです。だから……お二人には申し訳なかったんですけど、その手を使ったんです」

「その結果……このルナができた。あたしたちの勢力、その拠点となる星」

 カニ姫は感慨深そうにせわしく作業する異星人たちを眺めていた。

「それも少年さまの作戦が成功したことの証ですわ。こうして各惑星から来てくださった皆さまが、協力してくださっている……でも、強くした重力が地球に影響を与えないよう、少し離したのでみなさんはがっかりされてましたが」

 エビ姫がくすりと笑った。

「そう言えばそうでしたね。でも、二人はかぐや姫って言われて大人気だったんです」

「それですわ。かぐや姫って何ですの?」

「僕の故郷にある物語です。月からきた見目麗しいかぐや姫が、求婚者を諦めさせようと無理難題を押しつけて躱しながら、月に帰る話です。帝も側に置いておきたくて求婚したけど、帰られちゃったっていう……あんまり似てませんが、月の住人ということでそうなったんでしょうね」

「月の住人か。ロマンチックだな」

 カニ姫がふっと微笑む。

「もう一つ似てるところがあるな。あたしたちが無茶な注文をつけたところだが」

「でも、少年さまは見事解決されましたの」

「そうだったな。それにしても求婚、か……」

 そう言って、カニ姫はじっと少年を見つめた。

 続いてエビ姫も彼を見据える。

「……何です?」

 二人は目を見合わせながら頷いた。

「以前から二人で話していたのだ。今のこの状態は、君がいることで成り立っていると。君のことを信じているし、だからこうして銀河連合として活動しているが――君がこのままでいてくれる保証もないだろう? その証が欲しいと言っていたのだ」

「そうですわ。わたくしも信じておりますが……銀河連合を立ち上げた時と同様に、そっと去られてしまうのではないかと心配で……。ですから、少年さまを逃してはいけないと言っておりましたの。そのためにどうすべきか……」

 カニ姫は深呼吸すると、意を決したように頷いた。

「最初に会った時、聞いただろう? 彼氏がいるか、と。あたしたちには恋人がいない。親父たちがあんなだし、航海に次ぐ航海だったしな」

「つまり、地球でいうところのフリーという状態なのですわ」

「そして我々にも地球と同じ結婚という文化がある。……どうだ? あたしと結婚しないか? あんな親父の娘だが、今は一人の身だ。腕力もあるぞ? それに何より……君のその優れた知恵に惚れたのだ」

「ずるいですわ!」

 エビ姫が顔を赤くして二人の間に割って入る。

「立候補するときは同じタイミングだと言ってたではありませんか! 少年さま! わたくしもあなたさまのその問題を解決する力にぞっこんですの! ……わたくしには知恵も力もありませんが、教養はあります。わたくしを抱いてくださいませ!」

「おい! そんなこと……!」

 今度はカニ姫が顔を赤くして前に出てくる。

「あたしのほうが太くて抱きごこちがいいぞ?」

「ち、ちょっと待ってください」

 ふたりの姫に迫られて、少年が半歩後ろへと下がる。

「僕はサルから進化した人間ですから、体の構造も違うし、抱くなんて……そもそも未成年だし、まだ結婚するつもりもないんです」

「じゃあ、どうすればここに留まり続けてくれるのだ?」

「それだって、そもそも逃げるつもりもないですし……」

「その保証が欲しいのですわ」

「約束します。逃げないと」

「じゃあ、誓いを立ててくれ。地球式ではどうやるのだ? おい、誰か! これを録画しておいてくれ!」

 カニ姫が呼ぶとすぐにスタッフがやってきて、撮影の体勢が整った。

「探しますわ」

 エビ姫が手元にあったタブレットを使って、地球のインターネットから約束の仕方を検索した。

 子供同士が交わす指切りげんまん、誓いのキス。

 ひとしきり見ていた二人の姫だったが、少々過激なものも含まれていたらしく、また顔を赤くさせた。

「じゃあ、指切りげんまんでいいですか?」

「よし、やるぞ」

 少年が空咳を一つしたあと、両方の小指を姫たちの小指にかけてながら歌った。

 指切りげんまん、嘘ついたら、針千本飲ます。指切った。

 心臓がバクバクする。

 気恥ずかしいから? いや、違う。

「やっぱり誓いのキスもしますわ!」

 エビ姫が突如として抱きついてくると、少年の唇を奪った。

「お、おいっ! ずるいぞ! あたしも……!」

 彼女の体を引き離しつつ、今度はカニ姫がキスをする。

 少年の顔が真っ赤になっていく。

「やはりわたくしと結婚を! わたくしも導いてくださいませ!」

「あたしだって結婚したいのだ! 一緒に銀河の平和を――ん?」

 少年が泡を吹きながら崩れ落ちた。

 アナフィラキシーショックだった。

「おい! 衛生班! 誰かいないか! 銀河連合の会長が倒れちまった!」

「アレルギー症状ですわ! 誰か早く来てくださいませ!」

 ぼんやりした意識の中で少年は思った。

 この先どうなるか分からないが、自分で選んだ道だ。二人との約束で縛られるのではなく、自分の意志でやり抜こうと。

 地球を、銀河を平和に導く――その道を。

 そのためにはまず、アレルギーを何とかしようと思った。


(了)

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Moment of the history 松田未完 @matsudamikan

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