反逆の狼煙
教祖を説得する。
そう告げた少年はエビ姫を連れて中立艇を出ると、彼女の宇宙戦艦へ乗り込んでいった。
出迎えた護衛たちに連れられてブリッジに向かう。
結論が出たものと思ったクルーたちが集まっていた。
エビ姫が教祖への通信を開くよう頼んでいる。
少年はまだ考えていた。
どう言えばいい。どんな作戦が効くのか。愛を説いてくるはず。それを逆手に取れば――。
「通信回線開きます」
オペレーターの声で、メインモニターに教祖の顔が映った。
にこやかな表情をしているが、それは作り笑いであり、その裏に怒りを含んでいるのが少年には見て取れた。
「おや。法王は緊張なさっている様子。いい報告はリラックスした顔でお願いしますよ。愛に満ちた顔で」
そんな冗談を受け止められるわけもなく、エビ姫は真顔で答えた。
「……教祖さま。地球の――最後の惑星の結果が出ましたの。それは、どちらにもつかないという結果でしたわ」
教祖の片眉が吊り上がる。
「ええ? まさか引き分けに終わったというのですか? あのカニごときと同数に?」
「はい。地球は分裂国家でして、その中でカウントした結果……同数となったのです」
「はあ。それはあなたの愛が通じなかったせいですね。もう一度代表者を立ててやり直しなさい」
教祖が笑顔のまま叱る。
今だ。少年はすっとブリッジに出ていって、モニターの前で仁王立ちした。
「僕がその代表者です。正式には地球の意見をまとめた代理人ですけど」
「……ほう。確かに見慣れない姿ですね。まだ知能がそれほど高くないのでしょう。未開の地ですから、銀河の趨勢が分からないのは仕方ないと理解しました。ですが、事はその地球という惑星だけの問題ではありません。銀河全体の問題なのですよ」
「だからこそ意見が二分して、カウントが引き分けになったんです」
「じゃあ、こうなさい。銀河救世教団につくのです。地球人を愛に満ちた暮らしと人生が送れるようにしてあげましょう」
来た。愛だ。
「そちらについたら銀河救世教団の勝ちになるんですよね? 惑星防衛連合が負けを認めるでしょうか? 少なくとも勝敗の決定打になった地球は無事じゃ済まないと思います」
「だから?」
そんなちっぽけな問題などどうでもいい、そんな涼しい目をしていた。
「しかし、それは銀河救世教団に所属する惑星への攻撃になりますよね? 宣戦布告と同じじゃないんですか? どっちが勝っても戦争になる。銀河救世教団は戦争をしたいんですか?」
「言っている意味が分かりませんね。これは愛なのです。愛が銀河に満ちた。その事実を惑星防衛連合が受け入れるだけなのですよ?」
「……では、地球が惑星防衛連合を選んだら?」
「それも愛をもって受け入れましょう」
「だったら、そもそもこのカウントレースすら必要なかったはずです。惑星防衛連合の一部部隊の暴走でそちらに被害が出た。向こうは謝罪もしている。なのに賠償を要求したんですよね? 本来なら、それすらも愛をもって受け入れられたんじゃないですか?」
少年の指摘に、教祖は苛立ちを隠せないように歯嚙みする。
「……お黙りなさい。未開の地の者に何が分かるというのです」
「愛があれば、未開の地の者の話も聞けるはずでは? 地球の宗教指導者は、どんな相手とも対等に話をして、どんな苦言も聞いてくれますよ?」
「一惑星程度を導くならそれでもいいでしょう。銀河を導くにはそれだけでは足りないのですよ。愛とは、時に痛みを伴うのです」
「……だとしたら、あなたの力が足りてないんですね」
教祖が目を見開いた。さらに少年は続ける。
「恥を知ったらどうですか? 愛を説く努力をしないで教祖を名乗ってるなんて、ああ恥ずかしい。……あ、これ娘さんに言ったのと同じですね」
今度はブリッジの中がざわつく。
驚いた顔のクルーたちが互いに目を見合わせては、少年を見やってきた。
エビ姫ですらも、何てことを言うのかという非難の目で少年を見つめている。
だが彼は喋ることを止めない。
「結局、争いがしたいだけなんですね。愛で銀河をまとめられず、武力に頼って脅してるだけ。銀河救世教団から名前を変えたらどうです? 銀河救世軍団に。救世もしてないから銀河軍団だ。あ、安っぽくなっちゃいましたね」
「ぶ……無礼者!」
ついに教祖が激高した。
髪の色と同じぐらいに顔を真っ赤にさせ、立ち上がって罵倒を始める。
「法王! その者を殺しなさい! 異教徒をどうして船に入れたのです! 誰か武器を!」
護衛がエビ姫に銃を渡す。少年を振り向いた彼女の目は、ただただ戸惑っていた。
なおも彼は喋る。
「今ここで僕を殺せば、そういうメッセージが銀河に伝わるんですよ? 銀河救世教団はやっぱり武力で押さえつけようとするだけだって。教祖としては無能ですね」
「目障りです! 早く殺しなさい!」
「わ……わたくしにはできません。人を殺すなんて……間違ってますわ……」
持たされた銃を見つめていたエビ姫がかぶりを振る。
「教祖である私の命令に従えないというのですか、この裏切り者! そうでなければ、私自らがその地球に乗り込んでいって破壊することになるのですよ! 私の手を汚していいのですか!」
「それは……」
「だったら撃ちなさい!」
少年をじっと見つめてくるエビ姫。だが、引き金は引けなかった。
「早く!」
「で、できません」
彼女は涙ながらにメインモニターへ訴えかけた。
「教祖さまは……わたくしの手なら汚してもいいのですか?」
その言葉は禁句だったのだろう。
ブリッジの中がいっせいにどよめいた。
「それが布教する法王たる役目だからです! いや、お前はもう法王でも何でもない! このカウントレースが終わったら解任します! ただの一信者として惨めな生活を送りなさい!」
「そんな……」
少年があーあとわざとらしく声を上げる。
「いいんですか? ここにいる誰もが一信者なんですよ? ただの信者がみっともない? あなたを信じてついてきてるのに?」
「黙りなさい! このゴミが! 誰でもいい、この者を殺すのです!」
だが、誰も動けなかった。
エビ姫のすがるような目が、助けを求めていた。
「少年さま……」
しかし彼は言葉を発しない。
無言のまま、かぶりを振った。
諦めたような表情のエビ姫は、わなわなと震わせていた口をやっとの思いで開き、
「つ……通信を切ってくださいませ」
と言った。
「何ですって!? まだ話は終わっていないのです! お前はもう信者でも何でもない! 破門します! ただのデブリとして宇宙を彷徨いなさい! そして今すぐ地球を破壊しに――」
「早く切ってください……!」
今にも泣き出しそうなエビ姫の声に押されて、オペレーターはメインモニターをオフにした。
相当なショックを受けたのだろう、彼女は立ち尽くしたまま俯いて言葉も出せずにいる。
それはブリッジにいる他のクルーも同じだった。誰もが声を発することなく、近くの人と視線を交わしているだけ。
そのうち、エビ姫はふらふらとその場に座り込んでしまい、さめざめと泣き出してしまった。
侍女たちが駆け寄ってきて慰める。
クルーはその様子にも動揺しているようだった。
「……僕はカニ姫さんのところに行ってきますね。あとで中立艇に」
無言で頷くエビ姫を後にブリッジを出ると、そのままクルーに連れられてカニ姫の宇宙戦艦へと乗り込む。
ブリッジへと向かう途中で、言い争いをする声が聞こえてきた。
「――何を寝言を抜かしておるか! 軍人なら勝負して相手を完膚なきまでに叩きのめしてこそ勝利なのだ! それ以外は敗北、引き分けなどクズの戯言に過ぎん!」
「じゃあどうして全面戦争をしなかったのだ!」
それはカニ姫と父親である議長がやり合う怒鳴り声だった。
「貴様はバカか! 全面戦争はこの銀河を滅ぼす! 何度言えば分かるのだ! だからこそワシがあの教祖と話をつけたというのに!」
「痛み分けで良かったじゃないか! 賠償金代わりに惑星の一つをくれてやる程度だったのだろう! 話を広げたのはあんただ!」
「貴様、父であり議長であるワシをあんた呼ばわりなど――」
「初めまして」
激高する二人のやりとりを前にして戸惑いながらも、少年は臆することなく割って入った。
クルーたちが振り返り、カニ姫も彼の姿を見て深呼吸する。
少年はモニターに映る議長に向かって頭を下げた。
「地球人代表をしています。議長にはご相談があってやってきました」
「貴様か、未発達のサルは。この役立たずめ。その惑星ぐらいチリと変わらんのだ。いいから惑星防衛連合につけ。それで全ては丸く収まる」
「それがきっかけで全面戦争が起きても、ですか? 負けた銀河救世教団は必ず地球を襲うはずです。守ってくれるんですか?」
「世迷い言を……なぜ一惑星にそこまでせんとならんのだ! 口を慎め、このサルが!」
ああ、やはり同じなのだなと少年は思った。
「……惑星防衛連合はその程度の集まりなんですね。何を防衛してるんですか? 名前が聞いて呆れます」
「――貴様ァ!」
「一惑星も守れない組織じゃ当然、軍や部下も守れないですよね。ましてやこんな辺境の地においやった兵士たちなんて、さして大事にも思ってないんでしょう? 何せ、全面戦争の危機回避を自分でせずに、人に任せるぐらいの程度ですから」
「……!」
議長が大声でわめき始めた。
あまりにも大きいため翻訳機がエラーを起こして少年にはその罵声が聞き取れなかったものの、最後の言葉だけは分かった。
「この手で地球を滅ぼしてやる! ついでにお前も更迭だ! そいつに味方するなら一緒に破壊してやる!」
「じゃあ親父と相打ちになってやる! 死ね、クソ親父!」
モニターを切る直前、カニ姫が発した言葉だけ聞き取れた。
しばらく俯いていた彼女。
周りのクルーたちが動揺して見守る中、顔を上げたカニ姫は――何故か泣き笑いしていた。
「親父に逆らったのなんて、生まれて初めてだ。最初で最後だろうけどな」
涙を拭きながらなおも笑う彼女。
周りが副議長と呼びながら宥め始めた。
「……先に戻ってますね」
そして中立艇へと一人戻った少年は、二人が来るのをじっと待っていた。
見えるのは、晴れ渡る空の下、太陽の光を浴びて煌めく大海原。
四十億もある他の星でも同じ景色は見られるだろう。しかし、他の星とは違う。自分が生まれた惑星なのだ。
守らなくてはならない。
だが、教祖と議長の説得は失敗に終わった。
彼らには強大な権力と武力がある。これがゲームなら、プレイヤーに回るのではなく、ゲームそのものを作り出す側だ。
彼らに対して、少年が持っているカードなど一つもなかった。
だが、今は違う。
最初に中立艇へと戻ってきたのはカニ姫だった。
「水が好きなのか」
少年が海を眺めているのを見て呟く。
「きっと二つの種族からくるDNAがそうさせてるんですね」
「地球ではそういう感じ方をするのだな。我々だったら『ヒゲがうずく』に近いかもしれない。先祖はそれを駆使して生き抜いていたのだ。今もその頃のままなら……こうも悩むことはなかっただろうな」
そう言って自虐的に笑う彼女。
「でも、今の楽しみは味わえなくなっちゃいますよね。おいしいものを食べたり、どこかに出かけたり……」
「そうだな。この世に生を受けた以上は楽しまないといけない。だが、それもあとどれぐらいか……」
そこへエビ姫も戻ってくる。
彼女の顔は青く、精気のかけらも見えなかった。
「わたくしも皆も、もう何を信じていいか分からなくなりましたの。どうして教祖さまはあんなにひどいことを言われたのでしょう……」
カニ姫もエビ姫も、まだ気づいていないらしい。
それは彼女たちが純粋だったり、天然だからではない。そんな人物にナンバー2を任せるわけがないからだ。
彼女たちは近すぎたのだ。
「いや、違うな。あたしたちはただの駒に過ぎないことは分かっていただろう? 実の娘で、地位もある。だからこそ面倒を押しつけるにはうってつけだった」
「だとしても……あんな言い方……!」
最後の仕上げだ。
これが失敗すれば、地球は銀河救世教団と惑星防衛連合に滅ぼされてしまう。
「根本的に違うんです」
少年は二人の目を見つめた。
「確かに二人は利用されてたと思います。でも、それには目的があった。教祖と議長の話でそれがよく分かりました」
「目的? 全面戦争の問題解決をあたしたちにぶん投げただけだろう?」
「そうですわ。……解決できないことを知っていて、あのようなことを……」
いや、それは手段に過ぎないと少年が否定する。
「そもそものきっかけは、惑星防衛連合の一部の兵士が暴走して、銀河救世教団に被害を与えたことですよね? でもそれは一部隊がやられだけ。本来なら現場の高官が謝罪と辞任をすればいいだけだったはず」
少年の意図が分からず、カニ姫が眉間に皺を寄せて唸る。
「それはそうだが……いつの間にか資源惑星の譲渡にまで問題が膨らんだのだ」
「そこがおかしいんです。議長ぐらいに強気で血気盛んな人なら、そんな議論なんて突っぱねてたはず。惑星をあげるなんて、一部隊の損失をはるかに上回る保障じゃないですか」
今度はエビ姫が難しい顔で口を開いた。
「わたくしもそれは疑問でしたが、愛を説く銀河救世教団としては人の命は銀河より重いと教えておりますの。だからそんな要求をしたのですわ」
「そのロジックを使ったんだと思います。だから惑星を要求した。でも惑星防衛連合は応じられない。なので議長と教祖はカウントレースを言い出したんですよね? 二人が相談して」
「それが目的だったのだろう?」
「いえ。さらにその先があったんです。二人がそれぞれのトップ――お父さんと話しているのを聞いて理解しました」
二人の視線が少年に注がれる。
「カニ姫さんは副議長で、エビ姫さんは法王でした。どちらもナンバー2。自分の娘だから高い地位に置きたかったんでしょうね。最初のうちはそれで良かったかもしれません。常に自分の次。ですが……今は階級が高くなりすぎた」
カニ姫がその意図を理解してはっと真顔に戻る。
「まさか……そんな……!」
「……どういうことですの?」
「気を悪くしないでください。僕の想像ですが……二人が邪魔になったんです」
「え……」
エビ姫が口に手を当てて驚いていた。
「可愛い娘だからというのもあったんでしょうけど、それ以上に、自分に次ぐ地位で自分の言うことを聞く者が欲しかったんです。親からしてみたら部下を任せてあるから直接の突き上げは食らわなくて済むし、部下たちもワンクッションが入るから楽。だけど、それがトップまで来たら?」
「だ……だとしても、そのまま留まれば良かったではないか」
「執権が長すぎたんです。長い安定は緩みを生むし、刺激を求めての極論がもてはやされる。最初は小さかった不満が時間をかけて成長しちゃったんです。自勢力のタカ派を抑えないと謀反を起こされかねないだからこそ、一部隊の衝突が惑星を賠償金にするほどになった」
「そうか……!」
カニ姫が顔を青くさせながら呟く。
「そうなったら、自分が失脚してしまう。行くところがない……だからあたしたちに無理な注文をして失敗させて失脚させようとした……そいつらの批判の矛先をあたしたちに向けつつ、自分の政権基盤の強化のため……」
その言葉でエビ姫が気づいたように目を見開いた。
「まさか……教祖さまは結託していたというのですか?」
少年が頷く。
「このカウントレースの勝敗は重要じゃないんです。だって、地球以外にもまだ探せば惑星はあるでしょうから。勝負なんてつきっこなかった。だから時間切れにさせて、二人に問題解決能力がないことを全銀河に知らしめさせたかった……」
「お互いに利害が一致したのですね? だから教祖さまは……」
「さらに上の階級を作れば批判は免れない。評議会の形式なら議長より上はないし、教祖はどんなロジックを使っても神にはなれないんです」
どちらに転んでも待っているのは更迭という措置。
ナンバー2として、勢力の重鎮として身を粉にして働いてきた結果は、それまでの全てが失われた未来。
だが、両勢力のトップも馬鹿ではない。能力があったからこそ自分の下で働くようにさせ、地位を与えてきたはず。
「……本当は気づいてたんじゃないんですか?」
少年の問いに、彼女たちはゆっくりと頷いた。
「薄々はな……」
「手足であることは知っておりましたの。それでも、役に立てばと思って……」
しかし、彼女たちに他の道はない。
「このまま帰っても道はないんです。カニ姫さんは軍法会議で処刑ですか? エビ姫さんは宇宙へ追放だと」
二人の悲しそうな顔に、少年の心が痛む。
「少年さま。わたくしたちはどうしたらいいのですか?」
「なあ、教えてくれ。さっき言っていた策とやらを。下の下策でもいい」
きっと見つめてくる二人の姫に、少年は力強く頷いた。
「……独立するんです」
「え?」
「は?」
あとはやるだけだ。
「カウントレースに付き合ってもらった地球には悪いんですが、この地球を、惑星防衛連合にも銀河救世教団にも属さない第三極として独立させるんです。二つの勢力に反旗を翻すんですよ」
「き……君はどうかしたのか? たった一惑星が相手できる規模ではないのだぞ? すぐに制圧されてしまう」
いよいよ最後の正念場だ。
二人を説得しなければならない。
提示すべきは、明確な未来へのビジョンと、それを実現させるだけの理由。
「先遣隊が来るかもしれませんが、カニ姫さんの戦艦は恒星破壊級の能力で、惑星破壊級の戦闘機も持ってる。しかも銀河の中ではカニ姫さんだけ。つまり、並大抵の戦力じゃないと太刀打ちできない。つまり戦力は充分なんです」
「それはそうだが……だとしても、大義がないだろう」
少年がかぶりを振る。
「あるじゃないですか。全面戦争を避けるために、無茶な理屈で押しつけられたカウントレースが引き分けに終わっちゃったんです。残るは全面戦争しかない」
「それを避けるために三すくみを作る、ということですの?」
「そうです。第三極ができれば、お互いに動けなくなる」
彼はゆっくりと深呼吸して言った。
「……僕は地球を守ろうとしてきました。でも、それだけじゃダメだと思ったんです。銀河を守らないと地球の運命はない。だから三すくみにして、二勢力の衝突を防ごうと思ったんです。守るために動く。これは大義じゃないですか?」
カニ姫の顔がぱあっと明るくなった。
「大義だ。お前はすごい……!」
少年を見つめてくるその視線は、既に尊敬のまなざしに変わっていた。
「でも、一惑星の第三極に意味があるのでしょうか?」
「いや、違うのだ。彼は第三極を増やそうとしている。大義の名の元に集まる惑星たちを!」
興奮するカニ姫に微笑みながら、彼は補足した。
「これは今のタイミングでしかできないんです。長年の積もり積もった不満がある状態で、各勢力から忠誠を誓わされた惑星たち。地球と同じようにやむなくどちらかについた、それまで未知だった惑星もある。その不満を吸収するんです」
「そうでした。その不満の矛先をわたくしたちに向けようとしていたのでした」
「銀河ネットワークを使って呼びかけるんです。第三極となって平和を取り戻そう、と。どちらにも縛られない経済圏を作ろうと」
少年は頷いた。
「そのためには二人に反旗を翻してもらう必要があるんです。連れてきたクルーの人たちにも聞いてもらわないといけません。……できますか?」
彼の問いに、二人は顔を見合わせた。
しかし、少年はこう言ったのだ。
「言葉が違いました。できますか、ではなく――やってください。銀河の未来のために」
その要請に、カニ姫は頷いた。エビ姫も首肯する。
「……あたしにはもう帰るところも行くところもないからな」
「わたくしも、宇宙のデブリなんて嫌ですの」
これで進む道は決まった。
「後は進むだけです。腹をくくってくださいね。僕は頑張ります。地球と……お二人を守るために」
カニ姫がくすっと笑った。
「最初はただの窓口だったはずが、今や完全に立場逆転だな」
そうですねとエビ姫も微笑む。
「これも運命……お導きかもしれませんわ。だとしたら、この先に光はあるはず……!」
「そうと決まったら行動あるのみです。まずはクルーのみなさんに説明しないといけません」
そうして三人はそれぞれの宇宙戦艦へと向かい、ブリッジに全員を集めて事の経緯を説明した。
戸惑い躊躇う者、嘆き悲しむ者、怒りに打ち震える者。
だが、それらの感情は姫たちに向けられたものではなかった。
惑星を飛び出し宇宙での航海が日常的な彼らにとって、自分の居場所となる所属は何よりも大事なもの。
出自はそれぞれ異なるものの、誰もが軍なり教団なりの組織に入って、その中で仲間たちとの友情を育みながら任務についてきたのだ。
いつ死ぬか分からない遠征で。いつ放り出されるか分からない真空の中で。
それも全て、所属している軍や教団のため。
だからこそ、クルーの彼らは少年が説明した議長と教祖の思惑にそんな反応を見せたのだ。
彼らの誰もにあったのは、裏切られたという気持ち。それは二人の姫たちに同情を与えていった。
「まさか……ほとんどの者が残ってくれるとはな」
エビ姫の宇宙戦艦に積んでいた戦闘機で故郷へ帰っていく数機の後ろ姿を眺めながら、カニ姫が感慨深げに呟いた。
「同感ですわ。家族を一緒に連れてきてくれると申してくれました」
人質にとられては敵わないと、家族のある者はその身柄の安全を確保するため、事前に連絡していたのだ。
去っていったのは数名のみ。
それもおそらくは議長や教祖から密命を帯びていた内部スパイと見られていた。
「感傷に浸っている時間もないな。オペレーター、ネットワークへのアクセスはどうか?」
第三極の旗艦としたカニ姫の宇宙戦艦、そのブリッジでは慌ただしく準備が整えられていた。
二人の姫がそれぞれ甲冑や聖衣で正装を整えつつ、エビ姫の宇宙戦艦にいたクルーたちも集まって隊列を整えていた。
「惑星防衛連合の全チャンネルにアクセスしました! 銀河救世教団側へも、一部の惑星に協力いただいて順次繋いでいる状況です!」
そして少年も、スマホ片手に慌ただしくやりとりをしていた。
自身が地球代表を名乗るのは各国からの反発を招くと判断した彼は、父親を通じて国連に独立を宣言、領土を月とした国家「ルナ」を設立した。
そして地球上でのカウントレースで迷惑をかけた各国に事の経緯を説明し、協力してもらったアメリカに音頭をとってもらう形で地球連邦政府の樹立を働きかけてもらうことを依頼する。
最終的な目標は、地球をルナの最初の同盟惑星とすることだった。
そしていよいよその時がやってきたのだ。
「全てのネットワークが整いました!」
「記録は開始したか? ネットワーク不参加の惑星にも送るのだからな」
「既に録画開始しています」
「分かった。……君、頼んだ」
ゆっくりと頷く少年。
正装した二人の姫を両脇に従え、それぞれのクルーたちに周りを取り囲んで輪を作ってもらっている。
その姿を映してもらいながら、回線を繋いでもらった少年は、深呼吸してから言った。
「初めまして、銀河の皆さん。僕は惑星ルナの代表です。僕は、惑星防衛連合と銀河救世教団の全面戦争を食い止めるため、たった今、このお二方とともに第三極となる組織――銀河連合を立ち上げました」
カメラに向かって、少年は隠し事なしに全てを伝えていった。
事の発端、資源惑星という不釣り合いな賠償。
その裏に隠されていた議長と教祖の思惑。
カウントレースの真意。
少年に促されて、二人の姫も父親に裏切られたことを報告し、戻る場所を失ったがための行動だったことを伝え、これは戦争を避けるためだと再三にわたって大義を訴えた。
そして少年が締める。
「銀河連合は縛りのない開かれた惑星で構成されています。第三極となって平和な銀河を実現したいんです。そのために……あなたの惑星の力を貸してください。新しい経済圏とともに、平和な銀河を作りたいんです。みなさんの参加をお待ちしています」
十分程度の短い演説だった。
沈黙が満ち満ちたブリッジ。
だが、どこからともなく声が上がったかと思うと、それは瞬く間に歓声へと変わって、戦艦の中を埋め尽くしていった。
少年はその言葉を何度も告げながら思った。
これはゴールではなく始まりなのだと。
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