下の下策
残る一国はアメリカ。
訪れたのは首都ワシントンD.C.であり、数十機のヘリに先導されて向かったのはホワイトハウスだった。
上空からメインモニターで見下ろすと、その周辺には人々が通りを埋め尽くし、拡声器などを使って抗議の声を上げたりしているのが映っていた。
彼らがホワイトハウスに侵入しないよう軍が回りを固めている中、少年たちは上空に宇宙戦艦を浮かべたまま、中立艇でザ・エリブスと呼ばれる広い庭へと降り立つ。
三人の姿を見てやってきたのは、アメリカ大統領と夫人、そして政府高官とスタッフたちだった。
後ろに控えている海軍軍楽隊の演奏で、その場に集まった全ての人々が国歌を斉唱した。
「初めまして。そしてようこそ、アメリカ合衆国へ。私たちははるか彼方からの使者と、この地球を守るべく選ばれた君を歓迎します」
大統領から暖かく迎えられた三人は、ホワイトハウスの中、その名の通り青を基調としたブルー・ルームへ招かれる。
そうして大統領と高官たちとの会談が始まった。
「アメリカを最後の国として選んでいただき、感謝します。それは君が地球のためを思って採ってきたその行動の、最後の選択を委ねてもらったという意味だと理解しています。これまでの結果として196ヵ国あるなか、カニが97、エビが98となった――その事情を」
大統領の言葉に、二人の姫が首を傾げる。
「……君、どういうことだ?」
「少年さま。どういうことですの?」
カニ姫とエビ姫が振り返って少年をじっと見つめた。
「……ルールです。お二人はカウントレースのルールを設けました。回答期限は一ヶ月、どちらについても見返りはないと。僕は考えたんです。地球はどっちも選べないって。だから……半々にしたんです」
「しかし……君、これは中立宣言ではないか」
「いえ、違いますよ。全ての国でカニかエビかを決めました。お二人の了承を得て行った、この地球のカウントレースも結果が半々だったんです。レースの答えは出ました。さあ……次のレースはどうしますか?」
エビ姫がはっと気づく。
「分かりましたの! 少年さまは……このカウントレースを終わらせないようにしたのですわ!」
カニ姫も目を丸くしている。
ここまで来たら正直に言うしかない。少年は腹を決めて、二人の姫を交互に見つめた。
「初めからそのつもりでした。僕の父がアメリカ大使付きの外交官なので、父を通じてアメリカ大統領にお願いをしたんです。どちらについても地球が滅んでしまう。だから地球でも意見が割れたことにして結論を引き延ばそうと……」
大統領が二人の姫を見据えて頷いた。
「彼が苦悩の末に出した結論です。我々にとっても死活問題ですが、やはり重要なのはカニでもエビでもなく――この地球なのです。あなた方が自陣営を守るために戦っているように、我々も地球を守るために戦っている。だからこそ、残り一国となった我々は――エビを選びます」
これで双方が同数となった。
二人の姫はお互いに見つめ合い、何かアイコンタクトを交わしている。
「大統領。ご協力いただきありがとうございます。僕は……この結論を得て、地球代表として改めて申し入れします。何かあれば都度、父から連絡をしてもらいます。辛い決断だったと思いますが……改めて感謝申し上げます」
「本来ならそれは君の故郷である日本がするはずだったとは思いますが……」
少年は苦笑いしながら、深くお辞儀をする。
「それでは、姫たちに改めて結論を申し入れてきます」
「……その必要があるのか? あたしたちがここにいるのに」
「そうですわ。でも……」
「戻りましょう」
少年の力強い声に押された二人の姫は訳が分からないと言った顔でカニ姫の宇宙戦艦に戻ると、彼は最初に出会った小笠原諸島沖の海域上空へと向かってもらうことにした。
中国に置いてきたエビ姫の宇宙戦艦も呼び寄せて合流すると、少年は改めて中立艇での会談を申し入れた。
だが、彼は条件をつけた。
「姫さまたちだけで来てもらえませんか?」
「それはできない。我々は副議長を守ることが仕事なのだ」
護衛の一人がかぶりを振るも、少年は続けた。
「僕が副議長に危害を加えるとでも? 武器も体力もないんですよ? ……副議長。これは重要な決定なんです。だから、外野抜きで話したいんです」
「副議長。ただの窓口に勝手な真似は――」
「既に一回、二人だけで会ってるはずです。一度許したんですから、二度目も変わらないでしょう?」
少年の指摘に、カニ姫が目を見開く。
「君はどうしてそれを……?」
「法王も護衛抜きで来てください」
問われて戸惑うエビ姫もまた同じように、背後で控えていた護衛が口を挟んできた。
「我が法王を一人にさせることなどできない」
「法王の命令であってもですか? 重要な決定事項はその場で決まるものじゃないんです。議論されて決まるものですよね。その場にいたなら、あなたにも責任が及ぶんです。いいんですか?」
返す言葉もないように護衛が口を閉ざした。
「……決まりのようですね。それでは中立艇で」
半ば無理矢理の形だったが、そうして少年は二人の姫を中立艇へと連れ出すことに成功した。
一ヶ月にわたって多くの時間を過ごしてきた、見慣れた中立艇。
だが、今いるのは三人だけ。
いつものように密度が高くないため、どこか心細い感じさえする。
「きっとみんな見てるんでしょうね」
少年は二つの宇宙戦艦を見ながら呟く。
カニ姫が頷いた。
「……モニターではチェックしているだろうが、この中の声までは拾えない。そういう造りになっているからな」
「そうですわ。最初に彼女とお会いした時に、そういう風にしようと話し合ったのです」
エビ姫がきっと少年を見つめる。
答える時がやってきた。
「……きっと、二人もこの結末を望んでいたんですよね?」
二人は顔を見合わせて戸惑いながらも、ゆっくりと頷いた。
「君はいつから気づいていたんだ?」
父親から教わったテクニックに、正直ベースというものがあった。
本当に協力して欲しい人には、正直に全てを伝えるというものだ。誰でも思いつくし、言葉にするのは簡単だが、そうはうまくいかないという。
だが、やるしかなかった。
「最初に僕が言いましたよね? それぞれの配下にある四十億の惑星はともかく、他にもたくさんある未踏の惑星にも確認して、きちんと半分になるなんておかしいって」
「……言っておりましたわね」
「そんな嘘をつく目的は何か。未踏の惑星をチェックしてて、途中でどちらかが圧倒的な数になれば、そこでカウントレースは終わってたはず。だとしたら半分半分に持って行ったのは、ただの引き延ばし作戦だったはず。だから僕もそれにならって半分にしたんです」
図星を突かれたように二人の姫が唸る。
少年はゆっくりと続けた。
「カニ姫さんは、全面戦争の引き金を引いた事件の責任を取るべくカウントレースに参加したんですよね。でも、これが根本的な問題解決じゃないと気づいた」
悲しそうにカニ姫が頷く。
「エビ姫さんも同じです。次の教祖をエサに、教えを広めるべくカウントレースに参加したけど、結局、彼は譲る気なんてないんです。道具として利用されただけ」
エビ姫がふうとため息をつく。
「二人とも、カウントレースなんてしたくなかったはずです。だから何とかしたかった。一緒に惑星を巡っていく中で、それが通じたんでしょうね。だけど二人で相談しないと始まらない。護衛――監視の役目を持ってる部下たちに囲まれてそれもできない。だから中立艇みたいなものを造った。二人だけで頻繁に会ってたら怪しまれるから、過去に一度だけそういう話をしたんじゃないかって思ったんです」
「……そうですわ」
エビ姫が首肯する。
「お互いに罵り合ったり、僕や地球の色んな人に強い口調で言ってたのも全部お芝居。護衛の中にトップからのスパイがいると思ってのことだった」
「その通りだ」
いったん項垂れたカニ姫だったが、何かを決意したように顔を上げた。
「……まあ、色々見られているし今さらだけどな。あたしは……あたしは、いくら親父の命令であっても、こんなことしたくなかったのだ」
「わたくしもですわ」
抑揚のないその口調。
二人の言葉は本心に聞こえた。
「わたくしは……教祖さまのためになると思って働いてきましたの。でも気づいたら、自分の思うように動かせる人形になってました。愛という名の侵略に手を貸す、名前ばかりの法王に……」
「だから時間を引き延ばしてたんですよね? カウントレースを引き分けにする以外にいい手はなかった」
「そのままズルズル来てしまったのですわ」
「そうして未踏の惑星を探しては、脅したりすかしたりしてどちらかの勢力につけさせて半々になるよう調整していた。だけど、言われたんですね。いつ終わるのか。まだなのか、と」
カニ姫が頷く。
「最初にも言っていたが、期限が迫っていたのだ。だからこの地球で最後にすると宣言した。それもまた引き延ばしのためだったが……」
「この先はどうするんですか?」
少年の問いに、二人の姫が目を見合わせた。
「引き分けだったと報告するしかあるまい。それ以外の方法はないのだ。カウントレースは不調に終わった、この事実を伝えてまたトップ会談に持ち込むしかないのだ」
その結論には、少年も驚きを隠せなかった。
「ここまで引き延ばしたのに、最後は委ねるんですか?」
「委ねているわけではない。だが……手段がないのだ。全面戦争を避けつつ、結果を出さない方法を」
「戦争なんてしたくないなら、したくないと言うべきです」
「何度も言ったさ。彼女ともそう共同宣言しようというところまでいった」
エビ姫が悲しそうに首を横に振る。
「でも、無駄なのですわ。少年さまのご指摘の通り、わたくしたちはただの駒なのです。駒はプレイヤーに従うのみ。わたくしの場合は戦艦の指揮権も一時的なんですの」
「……きっと報告をしたら、引き分けは認めないってなるんですよね。そうなればまた地球がどっちにつくか決めないといけなくなる。戦争になるんです。トップ二人がそう求めてるんですから」
「分かっている。分かっているが……嫌だが」
「ええ……」
また二人の姫が互いに見つめ合った。
回避できないものか。他のやり方は? もう無理か? いや、まだある。それぞれの父親――議長と教祖を説得すればいいのだ。
「なあ……方法はないか?」
カニ姫がすがるような目で問いかけてくる。
それでも少年はすぐに答えなかった。考えに考え続ける。
だが出てくるのはいつも一つだけだった。
彼はいつもこの地球を守ろうとして動いていた。
しかしそれだけではダメだったのだ。銀河を守らないと意味がない。
「あるにはありますけど……下の下策ってやつです」
「あるのか?」
「はい。でも……まだ早いんです」
再び二人が顔を見合わせる。
その瞳には小さな希望が湧いたように見えた。
期待に応えたい。
彼女たちのためでもある。
地球を、銀河を守る。
少年はそう決めた。
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