ネガティブキャンペーン

「……ったく」

 中立艇の中で、カニ姫は苦笑いしていた。

 その目は少し腫れぼったくなっているが、これは悔しさや悲しみの涙でそうなったわけではなく、腹の底から大笑いしたためだ。

「倒れるところは場所を選べよな」

 艦長室の近くで大きな音がしたものだから、護衛がわっと集まってしまい、カニ姫に気づかれないように倒れた少年を連れ出すエビ姫を見て、地球人の過激派が侵入したと艦内が大騒ぎになってしまったからだ。

 介抱しようと触れ続けたせいもあってアナフィラキシーショックの症状が悪化したため、治療室で一日ほど安静にするハメにもなった。

 この時点で残り11日はあったが、痛いタイムロスを生んでしまう。

 そのため予定を繰り延ばして訪れることになったロシアでは、当局からの指定を受けてクレムリン広場へと宇宙戦艦を下ろした。

 赤く塗られた塀とその向こうにたつ宮殿に尖塔。

 周りを軍隊に囲まれた赤の広場、その中央では、既にロシア政府の面々が待ち構えていた。

 だが、それは歓迎ではなかったらしい。

 大統領以下、閣僚や護衛兵にいたるまで、誰一人として笑みを浮かべていなかったからだ。

 おそらく敵だと思われているのだろう。当局か過激派の仕業か分からないが、妨害電波が流されているらしくスマホの通信ができなくなっていた。

 それでも少年はにこやかな笑顔のまま握手をしようと手を差し出したものの、大統領は不快そうに彼を見つめると、開口一番こう言った。

「貴様は地球人の味方なのか、それとも侵略者の仲間なのか。はっきりしろ」

 少年は戸惑った。

 歓迎もせず、探りを入れてくるでもなく、交渉もせず。それで敵か味方を問うてくるその意図が分からないからだ。

「……僕はれっきとした日本人で、彼女たちから地球の意志をまとめるよう選ばれただけです」

「なら、なぜカニかエビのどちらかを選ぶなどといったレースの手伝いをしている? オーストラリアはどちらも選ばないと言った。中国は通商を開こうと交渉をした。なぜ曲げた? 何を考えている?」

「それは……ルールだからです。中立はなく、利益供与もなし。反した国は滅ぼすと。このレースが成功しないと、地球も破壊するそうです。……それは嫌だったからです」

「それは間違っている!」

 大統領が声を荒げた。

「地球人なら、地球の誇りと利益を第一に考えて行動すべきだ。お前は地球人としての誇りもなく、ただ異星人の使い走りとなって、各国の連携を乱しただけに過ぎない。お前は一生裏切り者の烙印を押されて生きていくだろう」

 断罪。

 それがロシアの目的ではないはずだ。

 だが、これは使える。

「……大統領。ゆっくりお話をしたいので、どこか場所を提供してくれませんか?」

「断る。我がロシアに異星人を招き入れる場所はない。本来なら地球に必要のない輩だからだ」

 論点はどこか。

 恐らく地球の覇権を狙っているロシアが、外部勢力を招き入れたくないという魂胆のような気がする。

 そこがポイントなら、できることがあるのだ。

「……確かに、大統領のおっしゃる通りかもしれません。僕は地球を守ろうとして彼女たちのルールを守るあまり、地球の誇りを見失ってました。これは反省しないといけないと思います」

 少年の素直な謝罪を聞いて、大統領は虚を突かれたように真顔になった。

 間髪入れずに続ける。

「では、大統領ならどのようにされましたか? どうすれば地球人が幸せになると思ってますか?」

 その問いに、大統領は少しだけ笑ったように見えた。

「私なら、まずチームを組む。各国の利害関係を調整できる人物にリーダーを任せ、その彼が選んだ人物たちが各国とのコネクションをフルに活用し、意見の集約と取捨選択をしていく。そうして集められた各国の思惑を踏まえて、彼女らと交渉をする。君はよくやったが、結局のところ使い走りでしかない。しかるべき地球の未来を描き、イメージしながら七十億人を背負える器ではないのだ」

 それはそうだ。政治家でも勇者でもエスパーでもない。

 ただの高校生なのだから。

「未来のイメージ、ですか……?」

「異星人とのコネクションができた今、地球は宇宙に対して開かれた。なのに宇宙へ出る技術もなく、地球人たちを閉じ込めておく。いいか? これは人の根本的な欲求だ。他の世界があるなら見てみたい……この衝動を抑えられるわけもない。今はカニかエビかを選ばせ大人しくさせたが、いずれ強硬手段に打って出る者が出てくる。それは暴動の末に発生した国家規模の勢力だろう。その者たちが彼女たちに危害でも加えたら、それこそこの惑星は終わりだ。地球を守るためのイメージもなく動いたところで、未来はない」

 大統領は本気で地球のことを心配している。

 誰もがそう思うだろう。だから安易な選択はしたくない。

 少年は彼を見つめた。

「だとしたら、どうすればいいですか?」

「どのような内容のものであれ、発言は覆される。それは各国首脳が君に伝えた結論も例外ではない。現時点ではただの口約束に過ぎず、何の拘束力もないからだ。交渉とは、合意した事実を契約として起こし、履行させてこそ成功となる」

 それは確かにそうだ。

 中国やフィリピンのように、無理矢理納得させられた形の国々が、大人しく従うとは思えなかった。

「でも……僕は父親を通じて国連に報告してますし、それは世界に向けても発表されてます。それでもですか?」

 大統領があざ笑うように鼻で笑った。

「相手は一個人ではない。国家なのだ。国民のため国益のためなら、平気で手のひらを返す。それは歴史が証明しているだろう?」

「だとしたら……どうすれば履行してもらえるんですか?」

「それは力だ。人は、国家は、力あるものに従う。しかしそれは、未知の宇宙戦艦などといった見えない力ではない。目に見え、感じ、既に味わったことのある力を目の当たりにして従うのだ。君は未成年ながらよくやったが、力が足りない」

 そう言って大統領がじっと少年を見つめる。

「では、その力はどうすれば――」

「待て」

 カニ姫が二人の間にずいと割って入ってくる。

「我々が代理人として選んだのはこの人だ。あたしたちはこの人以外と喋るつもりはない。交渉もだ」

 この人。少年の呼び名は今まで「お前」呼ばわりだったはず。それが変わったことを嬉しく思った。

「分かっている」

 大統領がニヤリと笑う。

「我々は中国のように、この少年に成り代わって交渉の窓口になろうとしているわけではない。我々は彼のブレーンとなり、アドバイザーになるつもりだ」

 やはりそうきたかと、少年は心の中で嘆息する。

 そんな彼の様子に気づくことなく、大統領は二人の姫を睨み付けるようにして話を続けた。

「ロシアには数多くの優秀な経済学者、科学者、歴史家がいる。そして我々のような政治家は、各国との強力なコネクションを持ち、その調整力を生かして口約束を条約として起こし、締結させるだけの能力がある。それはロシアが誇る軍事力があってこそできるものだ」

 思わず吹き出しそうになるのをぐっと堪えた。

 結局のところ、彼らもまた一枚噛ませろと言っているに過ぎないのだ。

 少年を前に立たせておきながら傀儡として操る。

 カニとエビ、どちらの勢力につくのが利益になるのか。それをロシアがどのような形で牛耳ることができるか。

 ロシアの強大な軍事力を背景に、交渉という名の恫喝を駆使して手に入れた異星人とのパイプという利権を通じ、地球そのものを支配する。

 それを許してはダメだ。

 これまでの努力が水の泡となるどころか、事態は急速に悪化していくだろう。そしてそれは、両勢力からの攻撃という形ではなく、地球上での内戦という形で起こり、滅亡へと向かっていく。

 では、どうすればいいか。

「……であれば、残るアメリカについての相談をさせてもらえますか? 選択を受け入れるのか、受け入れないならどんな方法で来るのか」

「アメリカと言えば、君の父親が駐米大使の部下として赴任していた先だったな。彼は日本に戻っているらしい。そう言えば、まだ家は東京の荒川区にあるのかね? NPO法人で働く母親と中学生の妹さんとは仲がいいらしいな。1-Bのクラスメイトたちとも」

 思わず声が出そうになったのを、少年はまたしても堪えた。

 そして身震いが襲ってくる。

 全て知っているのだ。そしてそれは、家族の命を握っているという言外の脅しに他ならない。

「……世界の情勢を鑑みた上で、各国への再確認が必要だとの認識は分かりました。だとしたら、ロシアの意見は今すぐにでも出せますよね? 大統領と閣僚の方々がいるんですから」

「はっ。どうやら私の言っていることは理解できていないらしい。ロシアの立場は、東欧諸国、EU、中国、アメリカへの影響力がある。この場にその国々の首脳がいるかね? 全員を集めて話ができるかね? 日本の一ティーンエイジャーの君にはとうてい無理だろう?」

「無理ですが、かといって期限までの日にちもそう残されてません。僕は地球人の味方であると同時に、彼女たちからの窓口として返答を任されてる身です。僕が守るべきは『期限を越えれば地球がひどい目に遭う』という事態の回避です」

 こんなところで立ち止まるわけにはいかない。

 確固たる意志を持って動いているのだ。

「……ほう。その回答は君の最終結論ということになるかね?」

「……家族が殺されたとしても、結論は変わらないです」

「誰が家族を殺すと言った? ロシアがそんなことをして何になる? もっとも、未来は見通せない。君の家族が事故に遭ったり、殺害されるのは誰にも分からないからな。それが全員なのか、妹だけなのか……」

 一人一人殺して脅していくやり方か。この恫喝の様子を撮影しておけば違ったかもしれない。

 だが、今さらスマホで撮影したところでもう遅い。同じセリフは二度と口にしないだろう。

 譲る気のない相手に対応する手段はあっただろうか。

 中国でのことを思い出す。あの時は仮装利益というカードがあった。しかしロシアにはそれも効かない。

 妨害電波で父親にアドバイスをもらうこともできなかった。

 自分一人で考えるしかない。

 これが正念場なのだ。

 少年は息を飲んだ。

 他にカードはないだろうか。この状況で使えるカードは。

 残された時間はそう多くない。

 時間?

 それで彼は思いついた。

 イチかバチかやってみる勝ちはある。

 だが、これは大きな賭けなのだ。

 しかし他に方法はない。

「そうですか。なら仕方ないですね」

 少年は勝負に出てみることにした。

「物わかりの良さが、日本人のいいところだ」

「大統領」

「何だ」

「カニかエビか、決めてください。今すぐに」

 なおも揺るがない少年の質問に、大統領も目を丸くした。

「違うほうに覚悟を決めたようだな。……おい」

 近くにいた閣僚を呼び寄せて耳打ちすると、彼が指示をした二、三人のスタッフが慌てて後方に待機していた車へと向かう。

「子供は時として愚かな選択をする。しかし、それで味わった後悔により学ぶものだ。失ったものが大きければ大きいほど、学びは深く、正しいものになる。特に身内の死は思想、心情を大きく揺るがすだろう」

「……脅しには屈しませんし、僕の家族を殺したところで問題は解決しません。決められないということですね?」

「安易に決めては国益を損ねる。貴様はロシアを陥れ――」

「待ちましょう」

「何?」

 大統領が片眉を吊り上げた。

「決められないなら待つと言ったんです。それでは明日の同じ時間にここへ来ます」

 少年は二人の姫を振り返ると、そのままカニ姫の宇宙戦艦へと戻っていった。

 ブリッジに戻った三人にクルーの視線が集まる。だが、カウントが進んでいないことを知らされると、それぞれの持ち場へと戻っていった。

「このままここに滞在するのか? それともどこかへ移動するのか?」

 カニ姫が聞いてくる。

「いえ、このままここにいてください。衛星からよく見えるように」

 三人は宇宙戦艦の中で一日を過ごした。

 相変わらずスマホの通信は利用できず、外界の状況を把握できていないが、動くわけにもいかなかった。

 残り10日となった翌日、少年は再び同じ場所で大統領と会ったが、二人の姫は同席させていなかった。

「頭を冷やしてきたようだな」

「元々冷えてますよ。どちらにつくか決めてきたんですか?」

「それより君に情報がある。……妹が失踪したらしい。警視庁が探しているそうだが、望みは薄いようだ」

 少年はくっと歯嚙みする。やはり揺さぶりをかけてきた。

 大統領はこちらの作戦に気づいていないはず。どこか違う場所へ移動して実家に連絡を入れればすぐに分かる話だ。

 つまり、嘘ではないと証明されてしまっている。

 しかし、ここで動くことはできなかった。

 揺れる気持ちを正すように、少年は深呼吸した。

「……どうやら、まだ決められないようですね」

「次はどちらになるかな? 母親か父親か。従姉妹もいるらしい。君と仲の良かったクラスメイトの女子も消えるかもしれない」

「雑談には応じません。欲しいのは答えです。ないなら帰ります」

 あくまでもロシア側につくことを拒否する少年を見て、大統領は訝しんだ。

「貴様! 何が狙いだ! 何をしている!」

「……ロシアがどちらにつくか、その答えを待ってるだけです。妨害電波で誰にも連絡できてませんし、この宇宙戦艦の通信システムは地球のものと互換性もないから、外とも連絡は取れません。僕は答えを待ってるんです。ではまた明日」

 戻っていく彼の背中に一言二言声がかけられたものの、少年はそれを無視して宇宙戦艦に入った。

 まだ回答のないロシアに二人の姫はやきもきしていたものの、それ以上に心配そうにしていたクルーたちに未決の事実を伝えると、少年はただ黙ってその日を過ごした。

 残り9日となった翌日。

 その日は指定された時間よりも早く閣僚たちがやってきていた。その顔は焦りの色を浮かべている。

 少年の作戦が効いていることの証左だ。

「こんにちは。寒いですね。大統領は来られないんですか?」

 立ち尽くしている大統領府長官に問いかけると、彼から鋭い目で睨まれた。

「連日の青空会談で大統領は体調を崩された。態度の煮え切らない貴様のせいでな。ロシア国民は貴様を敵視している。日本国内でも排除議論が沸き起こっているそうだ。テロ組織によって母親も誘拐された。犯行声明では、カウントレースを止めれば返すと言っている」

「本当ですか? 僕のスマホはネットも電話も見れないんです。妨害電波みたいなので邪魔されていて」

「だからどうした? 事実を伝えただけだ。電波が悪いのはロシアのせいではない。貴様が持っているものの品質が悪いせいだろう」

「じゃあ、それが本当かどうか確認できないってことですよね? 他に手段もないし。それじゃ……」

 帰ろうとする少年を引き留めると、大統領府長官は彼の襟首を掴みながら睨み付けた。

 腹部に堅い物が当たる。銃口だった。

「調子に乗るな、サルが。いつでも殺せることを忘れるな」

 本気か。少年は思わず息を飲んだものの、それはないと心の中で否定した。

 自分を殺したところで事態は好転しないからだ。

 ただの脅しだろう。

「……じゃあ今すぐ殺したらどうです? 交渉の窓口をなくしたら、それこそジ・エンドですよね? もう既にアメリカから非難されてるんじゃないんですか? ロシアが時間稼ぎしてて自分たちの交渉ができないって」

 少年の言葉に、大統領府長官は唸った。

 それが少年の狙いだったのだ。

 彼が持っていたのは、たった一枚の「時間」というカードだった。

 どちらかを選んでもらわなければならないという、少年の立場は世界中が知っていた。その上でロシアが強硬姿勢を崩さないならば、交渉はそこでストップする。つまり、タイムリミットが減っていくのだ。

 残された国の人々は焦りを覚えるとともに、ロシアに対する不快感が募っていくだろう。それは圧力に変化していく。

 いわゆる無言のネガティブキャンペーンだった。

 その残った一国がアメリカだったことから思いついたのだ。かねてから敵対している彼の国が声を上げないはずはなかった。

「貴様……!」

「僕は彼女たちに選ばれた、ただの窓口です。ボールを持っているのはそちらですよね?」

「何を言う! き、貴様は地球を救いたくないのか!」

「救いたいですよ。でも、一国の思うとおりには救えないんです。結局、どこの国が主導したところで地球は混乱するんですよ。さあ、決めてください。カニかエビか……」

「ううむ……」

 大統領府長官は後ろに控えていた側近たちと相談し始めた。

 どうやら少年の読みは当たっていたらしい。

 しかし、ネガティブキャンペーンが行われているからと言って、相手が焦って決断を下してくる保証はない。

 話し合う大人たちをじっと見つめる少年。

 向こうも必死ならこっちも必死なのだ。

 勝利の女神はどちらの意地っ張りに微笑むか。

「おい」

 結論が出たらしく、再び戻ってきた大統領府長官は弱り切った顔をしながらも、なおも脅しをかけてきた。

「ロシア対外諜報庁のエージェントが貴様の母親と妹の居所を掴んでいるそうだ。ロシアの条件を飲めばエージェントを使って奪還してやろう」

 まさか、そんなことになるとは。

 少年は彼の顔を見て――思わず吹き出してしまった。

「何を笑っている……!」

「そんな分かりやすい脅しをしてくるなんて、本当に次の手がないんだなって思ったんです。母さんと妹が行方不明なのは、きっと父さんが隠してるから。それぐらいはできるし、家族を守ると言ってくれましたから」

「……その保証も事実もない」

「信じてるからいいんです。……とりあえずもう話はないですよね? 今日も結論をもらえなかったし、ちょっと場所を移動してアメリカに連絡します。ロシアが引き延ばしていて、到着がさらに遅れるって。それと、国連を通じて――」

「やめろ!」

「じゃあ、答えをください」

「……待っていろ」

 悔しそうにしながらも慌ただしく出ていった大統領府長官。

 彼が戻ってきたのは一時間後だった。

 その顔は憔悴しきっている。

「大統領からの返事は……ない。貴様のブレーンとしてのポジションが得られなければ、回答はしないということだった」

「……お疲れさまでした」

「ま、待てっ!」

 慌てる大統領府長官。

「……それ以上の何かがあるんですか?」

「……カニだ。カニを選ぶ」

 大統領府長官のまさかの言葉に、少年は心の底から驚いた。

「あなたに決定権があったんですか?」

「黙れ! 貴様には関係のないことだ!」

「まさか。関係あるに決まってますよ。後でなかったことにされても困ります。本当にカニの陣営につくんでいいんですか?」

「……もちろんだ!」

 そう言い捨てて大統領府長官は去って行った。

 何かある。

 一人取り残された少年はカニ姫の宇宙戦艦に戻り二人に経緯を伝えると、妨害電波の届かない場所で事実関係を確認する中立艇でロシアから離れた。

 たどり着いた北海道上空でようやく電波が通じたため、父親に連絡をとって事実関係を確認する。

 分かったことは、少年の予測の半分が当たっていたことだった。

 まずは、家族が無事だったこと。

 日本国民から少年を糾弾する声が日に日に増してきたことから、父親は母親と妹を政府に依頼して匿ってもらっていたという。姿が見えないという報道から、ロシアが嘘に利用したらしい。

 そしてアメリカの動きも少年の予想した通りだった。

 カニ姫の宇宙戦艦がロシア国内に留まっていたことから、「ロシアが不当に時間を引き延ばして、アメリカに交渉させないつもりだ」という不満が全米で噴出していたという。

 再三の問い合わせにもロシアは応じなかったことから、一部の暴走したアメリカ空軍兵士たちが様子を見ようと戦闘機でロシアへ向かい、防空圏に入ってしまったため戦闘に発展した出来事すらあったという。

 これは地球を危険に晒す行為だとして、急遽制裁を決定したアメリカに続きEU諸国や日本も同調した。

 孤立したロシアは「大統領府長官が勝手な真似をしたが、約束は果たすべきだ」と声明を発表する。

 改めて公式の場に登場したロシア大統領が、国民に向けて「異星人には改めて対価を求めていく」と約束したものの、その声にはいつものような力強さはなかった。

 そして、国連へ正式に申し入れてきたのは――カニ側へつくという結論だった。

 少年が粘り勝ちをしたのだ。

 彼は感じていた。

 この旅で得た、力を。

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