第19話 来客
「嘘つけ! どうやってあんな事ができるっていうんだよ!」
「自分が使用する物が毒物であるっていう認識をずらしてやれば簡単さ。誰でもラーメンに胡椒かけたり、餃子に醤油かけるだろ?」
日下部は、相手が『調味料』だと認識している、『毒』を自らの手で服用させた。と案に言っているのである。
「ば、馬鹿な! そんな事……。でも、それじゃ、お前が一番悪人じゃないか! 罪のない人間を毒殺なんて……。だ、だが、もう皆に知られたわけだし、死刑は確実だな! 奴らに処刑されるがいい!」
「いいよ。死刑になっても。彼らにそれができるならね。でも、俺が殺した人間は全員極悪人さ。それこそ、罪のない人間をペットのように扱ってる奴らばかりだった」
真っ赤な顔で罵声を浴びせている田口の暴言にも、日下部は平然とした顔で言いのけた。
「人殺しは所詮人殺し、正義など語るつもりはないけど、僕が殺した相手は大なり小なり害虫だったワケよ。わかる? 本当の悪人ってのは日常の中にひそんでいて、自分の都合のいいように奴隷化する奴等だ。お前のような」
田口をにらみつけながら言った。
「お、俺だけか? 俺は小さな女の子が好きなだけだ! だが、お前らはそんな俺の純粋な思いを穢れたもののように言いやがって! 俺の方が被害者……」
「だまれ」
「……ひっ!」
日下部のひとにらみで、田口は喉をならし、黙り込み顔をそむけた。
「その自分勝手な言い分は目障りだ。殺してやろうか?」
「あ、……ヶ……」
ようやく、ここでようやく田口は、自分と同じ檻の中に猛獣がいる事を思い出した。
言葉にならない悲鳴をあげ、冷や汗をかきながら少しずつ、少しずつ後ろに下がる。
「殺さねぇよ、少なくとも今はな」
そう言って立ち上がり、田口とは反対の壁によりかかるように座り、目を閉じる。
立花だけがその二人をどうしていいのか、わからないといった表情で見ていた。
「ふう、一触即発でしたね」
ヤスと呼ばれていたスタッフがため息をつきながらプロデューサーに向かって言った。
「バカヤロウ、あのスタッフを採用したのは誰だ。あんな自分勝手な奴、この秘密組織にゃいらねえぞ。あいつのせいで番組の将来がすべておじゃんになる所だった」
この番組がここまで瞬間的に加入者急増した理由に、他人の人生を自分が動かせて、他人の不幸が蜜の味だと知っている視聴者が多いからだ。
そんな陰険な視聴者が、人の運命を自分が選択するという醍醐味を奪われたらどうするか、容易に予想できる。
目には目を、歯には歯を、玩具を盗られたら、それを入れてある玩具箱を箱ごと壊す。
このような視聴者の感情を主体で観せる番組ではなおさら制約が厳しい。
プロデューサーは頭を抱えてため息をついた。
「あの連中は人事課がどっかの警備会社から賄賂もらってるって噂ですよ。あくまでも噂ですけどね」
「まったく……。うちの部長から言ってもらわねぇとな」
「部長は人のあげ足とり好きだから喜んで言ってくれますよ」
ぼやいたプロデューサーに、ヤスが笑いながら言った。
コンコン、
「おう、捕まえたか?」
ドアを叩く音がしたが、プロデューサーは顔もむかず、声だけで返事した。
「……捕まえた?」
がちゃりと音たてて、部屋に入ってきた人物はいぶかしげにそう問いかけた。
そこでようやく顔をドアの方に向けたプロデューサーはしまったといった表情をする。
入ってきたのは、現在番組を制作している局の資本会社の会長がそこに立っていた。後ろには二人の女性がいたが、それが誰かは彼には興味なかった。
「あ、いえ。なんでも……」
しどろもどろと言い訳を考えていると、後ろにいる二人の女性の小さい方がモニターを指差して言った。
「あ、いた!」
指を差されている人物は、がちゃがちゃと手錠を外したがっている日下部。
「アンタ、日下部の知り合いか。悪いが、手錠はあいつが反抗的で出演者を傷つけかねないと思っての判断だ。ていうか、会長! なぜこの人達を連れてきたんですか! この番組は局でもトップシークレット!場合によっては責任問題に発展しますよ」
「かまわんよ。私より先に、君の部長の方が海外の中継所に飛ばされるかもしれんがな。君とて、今後の放送次第ではどうなるかわからんぞ」
「ど、どういうことですか!」
プロデューサーが口を開く前に、ヤスが大声をあげた。
「有料加入者三万人もいるじゃないですか! そりゃトラブルもありましたが、問題ない範囲の内です。それなのに失敗みたいに……」
「話はそんな次元の問題ではないのだよ」
「私が話しします」
絵里奈が一歩前に出て話を切り出す。
「現在進行形で番組を生放送で流しているのは存じております。ですが、それを承知でお願いいたします。日下部を引き渡していただけませんでしょうか?」
「アンタが彼の身元引受人になるから釈放しろってことか?」
「はい」
「そりゃムリだな。視聴者にどう説明しろと? 『取引がありましたから釈放します』とでも報告するのか?」
「ですが、彼の性格からして少々番組でもうすでにいくつかトラブルを起こしているはず。番組の進行の妨げになる邪魔者排除の方向で、さりげなくフェイドアウトさせれば苦情は最小限で済むはずです」
絵里奈の話を聞いているうちに、笑いがこみあげてきたのか、彼はゆっくりと笑いながら、目を閉じてつぶやいた。
犯人を裁くのは貴方だ!実況中継48時! @andaka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。犯人を裁くのは貴方だ!実況中継48時!の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます