第18話 脱線

「命乞いか? いいぜ。聞いてやるよ。この距離なら例えなにをしようが、このトリガーを引けばすべてが終わる。さっきから俺は死なないっていう余裕の笑みがむかついてたんだよ! 脅えろよ! 泣けよ! それから死んだ後の事考えながら、祈れ! お前は絶望しきって死ぬんだよ!」

「本当にいいのか?手錠で身動きがとれなくなった相手を、六人がかりでリンチのように攻め立て、独りよがりの正義という名の暴力で殺す。それでいいのか? それを見たいと、お前達は望んでいるのか?」

 銃口を突きつけられていても、日下部は脅えていなかった。それどころか、部屋に内臓されてある隠しカメラの向こう、視聴者をじっと見据えていた。


【いいわけあるか! 勝手に殺すんじゃねえ!】


【製作スタッフなにやってんだ!】


【てか、こいつらなんなんだよ! 撃ち殺す映像は観たいけど、俺達の投票で決まるんじゃねーのかよ】


【これって損害賠償請求できるレベルのミスじゃね?】


【だよな。このトラブルの結果次第じゃ、萎えるよなー】


【俺、警察にチクろうかなー】


【あ、今 俺は警察署前のネカフェにいるお】


一瞬で十数人のコメントが書き込まれた。

「やべえ! この後の展開次第では一気に後半の加入者が減るどころか、密告者が出るぞ!」

 プロデューサーがあわてふためいた表情で叫んだ。

「おい! ヤス、止めろ! 司会者に止めるように言え! 殺されたら番組の信用問題になる!」

「了解!」

 ヤスもあわてたように、即座に指示を出した。


<はい、ストーップ!そこまでです!銃を下ろしなさい!>


少し焦った顔のまま、引きつった笑顔で司会者が部屋に向かって言った。


<番組司会進行者として命じます。護衛班は任務完了とし、部屋が出るように。命令が聞けない場合は……>


「……ちっ」

 坂木と呼ばれた男は、さすがにここで我を貫いても意味がないと思ったのか、舌打ちして拳銃を下ろす。だが、その瞬間、さりげなく日下部の頭を角で殴った。

「っつ!」

「おおっと、すまん」

 倒れた日下部に、坂木はいやらしい笑みを浮かべながらわざとらしく謝り、他の五人に見張られる形で部屋から出て行った。

「大丈夫?」

 立花が日下部に近づき、後頭部を撫でながら顔を見る。

「ちょっと痛いかな、身体はフツーの人間なんで」

「それにしても、姿が消せるってすごいわね」

 そういいながら、コブができていないか日下部の頭を下げさせて、覗きこむ。

「俺としては当たり前の事なんだけど……あっ」

目の前に立花の胸が近づいてくる。日下部は何を思ったか立花の両手を握り、ゆっくりと離した。

「どうしたの?頭を見ないと」

「いや、いいよ。……その……今、君の胸が……」

 テレながら言う日下部の顔から、自分の胸が日下部の顔にあたりそうだったのだと推測したようだ。

「あ……」

 いまさらながら、恥ずかしそうに両手で胸を覆う。

「さっきみたいな場面を彼女に見られるとまずいから。やきもち焼きなんだ」

「そう。彼女さんいるんだ」

「うん、きっとここに来るから。大丈夫。ここから出られるよ。彼女達、すごく強いんだ」

 得意げに笑って言った。

「……彼女“たち”?」

「おい、それより!あの男、五十嵐がいないぞ!」

 田口が部屋をきょろきょろ見渡しながら叫んだ。

「五十嵐……さん?」

「そうだよ! あいつ、まさか……なんだよ?」

 頭を抱えながらうなだれる田口を、日下部がちょいちょいっと指を動かして、耳を貸せとジェスチャーをする。

「さっき部屋を出ていったよ。兵士達が出て行く前に」

「なんだって!逃げた!?」

「しっ、声が大きいっ! ……あ、バレた」

 部屋の外で警報が鳴る音が聞こえてきた。どうやら今ので五十嵐が逃げた事に気づいたようだ。

「……あとは彼の運次第かな」

「なんであいつだけ逃がすんだ!」

 諦めたように言う日下部に、田口が食ってかかった。

「アイツがどれだけ乱暴か、見ただろ! アイツこそ刑務所に行くべきなんだ!」

「自分は行く必要ないと?」

「アイツよりは……」

「ふざけるな!」

 田口の胸倉を掴み、日下部がここにきて、初めて怒りの表情を見せた。

「自分がどれだけ少女達の心に傷を負わせているのかわからないのか。一生、男性に恐怖を覚え、男性を信じる事ができなくなっても、自分には関係ないといえるのか? 言わせてもらうが、ここで一番殺したいのはお前だ」

「お、俺の事は許されないのはわかる。……だが、彼女は? 彼女こそ、ここから出してやるべきだろう!」

「そんな、そんな事ないの。私は……」

 そこまで言って、立花が黙り込む。

「彼女の罪については、しばらくすれば番組側が語ってくれる。それまで秘密にしておこう」

「まあ、いい。それより、お前だ! お前はなぜここにいる? 間違いで連れてこられたとか言っていたが、絶対嘘だろう。お前も犯罪を犯しているはずだ!」

「うん、そう」

 日下部はあっさりとうなずいて認めた。

「は?」

「二年前に起きた連続自殺事件って知ってる? 飯田橋の」

 国の要人が飯田橋駅付近の何箇所かで次々と毒物を自分から飲んで死んでいったという事件だ。

 マスコミも謎を解き明かそうと、三ヶ月程連日のように放送していた。

「確か……。九人連続で同じ毒で謎の自殺をしたっていう……?」

「そう。アレ、僕がやったの」

「なっ!」

 二人の顔がひきつった。

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