第17話 認識
「…………」
チュンッ!
一人の兵士が一歩前に出て、日下部の足元を撃つ。
「勘違いするなよ? お前達は生きていればいいんだ。逆に言えば泣こうが、苦しもうが、かろうじて生きている程度に痛めつけてもいいということだ。悪さしないように、手足を撃ち抜いてやろうか? 息をするだけで痛みを感じ、自分から殺してくれと強請るようになるぜ?」
「どうぞ? 君の腕では当たらないと思うけど」
日下部の前にいる兵士がムカッときたのか、銃口を日下部の太ももに狙いをつける。
「バカ!止めろ!」
バシュッッ!
仲間の制止も聞かず、その男は銃を撃った。
だが、弾は日下部の身体をすり抜け、後ろの壁に着弾した。
「……は?」
「だから当たらないって言ったでしょ」
いつのまにか、日下部の姿は消えていた。しかし、どこからともなく声は聞こえる。
「どこだ!」
瞬時に六人の兵士が、仲間同士で背中を守るように円になって銃をかまえた。
だが、どこを探しても日下部の姿は見当たらない。
「き、消えた……? 逃げたか?」
「扉から逃げた形跡はありません!」
出口の方向を向いている女性らしき兵士が叫ぶ。扉は開いたままだが、動く姿は影すら見えなかった。
「この短時間であの距離を瞬時に、部屋から抜け出すのは物理的に不可能です!」
六人が立花と田口がいる方向に反応して、一斉に銃口を向ける。
「待って、待って!」
「私は無関係だ!」
「こっち、こっち」
声はするが、部屋にいる者は誰一人として日下部の姿を認識する事ができなかった。
「……と、透明人間!?」
「バカな……! そんなものが存在するハズが……」
「そーそー、透明人間じゃないさ。ほら」
次の瞬間、いきなり目の前に日下部の上半身が宙を浮いているように現れた。
「ぐわぁっ!」
「馬鹿!よせ!」
ドガガガガガガッ!
兵士の二人がびっくりして、尻もちをつきながら銃を乱射する。
「きゃーっ!」
全員があわてて地面に伏せる。
立花が絶叫し、田口は恐怖で身動きひとつとれないようだ。五十嵐も呆気にとられてぽかんとしている。
「あぶないなぁ」
余裕の笑みを浮かべながら、日下部は完全に姿を現わす。
「キサマ……何者だ……?」
兵士達の未知なる物を見るような恐怖の視線が日下部に向けられる。
「人間だよ。周りからは化け物と呼ばれるけどね」
「…………」
これは兵士たちも予想外中の予想外な展開だった。喧嘩を止めるためにきたのに、自分達の手に余りかねない存在が現れてしまった。
だが、番組の制作、放送をスムーズにというのが彼らの仕事の契約である以上、日下部の存在を無視する事はできない。
「今、人間だと言ったな? 仮に、この銃で撃たれれば死ぬ……のか?」
「そりゃ、撃たれれば痛いし、死ぬんじゃないかな。撃たれた事はないけど。……超能力者、いや特異者っていうのかな?」
「特異者だと? そんなの聞いた事ないぞ」
「そりゃ、いま造った造語だからね。超能力者のように、スプーンを曲げたり予知能力なんかない。霊能力者のように霊も見えない。ま、『超能力』でも『霊能力』でもカテゴライズはどうでもいいけどね」
長い口上に集中している兵士達は、五十嵐が少しずつ扉に近づき、部屋から抜け出したのを誰も見ていなかった。
五十嵐が逃げ切れるように、日下部はあえて、わざと長話をしていた。
日下部の能力とは、いわば人の『認識』を摩り替える事だ。物体というものはそこにあるだけでは存在しえない。複数の人がそれを見て、『認識』を共有することによって初めて影響を及ぼす。
一般生活の中でもよく人は脳が起こす〝認識ズレ”よって、様々な不具合を生じたりする。
注意してみなかったせいで物にぶつかったり目の前に探している物があるのになかなか見つからない、という経験はないだろうか。事故で片手を失った患者に鏡で両腕があるようにわざと『認識』をずらして見せてやると、精神が安定するという実験もある。
それを意識的に起こす事、ましてや他人の認識をわざとずらす方法などありえないとされているが、日下部にはそれができた。一種の催眠術と言っても良い。
「それでどうする? その能力でここから逃げるつもりか?」
「それも面白いけど、そろそろ、僕をここから出してくれるお迎えがくると思うからもう少しおとなしくしてるよ」
「ムリだな。お前の迎えは判決後に警察署まで送る車か、死神だけだ」
座りこんでいる兵士の一人が、憎憎しげににらみつけながら頭上をにらみつける。
「僕はこっちだよ」
「うわっ!」
いきなり背後から声をかけられ、兵士はひっくり返る。
「おちつきなよ。今度は本物だから。言ったでしょ。少しの間はおとなしくしておくって」
いけしゃあしゃあと笑う日下部。
「……番組制作の護衛部長の権限をもって、君の自由を少し拘束させてもらう」
隊長らしき兵士が一歩前に出て、言った。
「はいはい、どうぞ」
日下部は笑顔で両手を差し出す。
がちゃっ
隊長が腰につけていた手錠を取り出し、その両手にかけた。
手錠のはまる音を聞いた途端、腰が抜けて座っていた兵士が立ち上がり、拳銃を日下部の頭に突きつけた。
「バカにしやがって! こんな奴、生きてても仕方ねぇんだよ! 何人殺したと思ってやがるんだ!」
「坂木、止めろ!」
「よせ! それはまだ公開していない情報だぞ。守秘義務違反だ!」
「なに言ってやがる、どうせ番組で放送するんだろうが、今言っても同じだ。それに、こいつは今死ぬんだぜ!」
引き金の指を本気引こうとしているのがわかる。
「……それでいいのか?」
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