過ぎゆく時の中で

蒼葉京狐

第1話

「ただいまぁ…」

真っ暗な玄関に帰宅の言葉が浸透していく。

少しばかり飲みすぎた。体が休めと言っている。

靴を脱ぐことに少し手間取り、無理やり脱ごうとしたら勢いでコケてしまった。

その衝撃で少し目を覚ましたが、すぐには起き上がれなかった。


本日12月29日は今年最後の出勤。午後6時ごろに忘年会が始まった。別段仲の良い上司も同僚もいない。断っても良かったのだが、周りの印象を悪くしたくないという思いで泣く泣く参加する羽目になった。

楽しくないといったら嘘になる。普段では知り得なかった上司の本音。同僚が休日何をしてるか。取引先の愚痴とか……。

聞いていて、苦労しているのは自分だけではないと感じた。同じ想いを抱えている仲間が意外と多いのだなと。

その後は、よくお世話になっている上司から二次会に誘われ、それに参加。それからまた飲み直しという名の三次会を行なった。


ーーここで寝ては風邪を引く。

コケてからしばらくボーッとしていたが、ゆっくりと立ち上がりリビングへ向かった。

部屋の電気と暖房をつける。残った気力でソファーに倒れこむ。

ーーあぁ、きっと明日は二日酔いで辛いだろうなぁ…。寝室から掛け布団かなにか持ってこないと…。暖房つけっぱなしだと電気代が…。

頭の中でこんなことを考えて動こうと、脳が各神経に伝達している気がする。

しかし、それを全力で拒否しているようだ。こうなっては最後。体は意地でも言うことを聞かない。

ーー風邪引いても、二日酔いになってももう何でもいいや。どうせ明日から休みだし…な。

意識が薄れていく。最後に顔が寒さを感じて、ソファーに顔を埋めた。





この景色を見た瞬間に夢だと悟った。

一面の銀世界。しかも見覚えのある世界だった。自分が生まれ育った新潟の実家付近だ。

懐かしいな。そういえば、一昨日あたりに大雪が降ったって母さんが言ってたっけ。

しばらく辺りを歩いてみた。

ところどころ何故か畑のど真ん中にビルが建っていたり、銀座にあるような高級宝石店。原宿にありそうなクレープ屋さんなど……やはり夢だな。そう感じざるを得なかった。



「あっ、久しぶり!!」

振り返ると黒髪ロングの女性がゴールデンレトリバーを連れていた。

「あぁ、久しぶりだな。元気にしてたか?」

割と自然に返しているが、全く誰だか分かっていない。

アレだ。恐らく小学生くらいのときに知り合った方なのだろう。確かテレビで女性は男性よりも記憶力がいいって話があったけ。

「元気だよ!そっちは?」

嬉しそうな楽しそうな表情で尋ねられた。こっちもそれに応戦する。

「もちろん、元気さ。」

二言連続で嘘をついてしまった。内心申し訳なさが募った。


それから、互いの話をした。彼女がどこの誰であったか探るためにも。

彼女の方は実家の酒屋を手伝っている。父親と二人暮らし。昔話もしてくれた。物心つく頃には母親が亡くなったらしい。それから父親と協力して今まで頑張っていると。

僕の方も話をした。東京の大学に入学し、そのタイミングで一人暮らしを始めてそのまま東京で就職。ここ5、6年くらいはここに帰ってきてなかったことを。

「へぇ〜、なんだか大変そうだね。」

まさに、その通りだった。だが、それでいいと感じていた。他に上手くやれる方法は無かったと当時も今も考えは変わらない。

「でも、楽しそうだなぁ。ねぇ、今度紹介してくれない?」

「あぁ。ゴールデンウィークあたりに来てくれたら、行きたいとこ全部紹介してやる。」

「ホント!?やったぁ!!」

この時点で、ある程度この女性が誰であったか理解していた。だが、不思議に感じていた。

ーーそして、間違ってないのならここで…。

「じゃあな。そこの踏切渡るんだろ?」

「あっ、いつの間に。よく覚えてたね?」

ーーあぁ、お前が思い出させてくれたからな。

「帰り道一緒だったからな。それじゃあ…、お父さんによろしくな。」

「うん。しっかり伝えておくね!それじゃあ、またね!!」

僕は彼女の後ろ姿をいつまでも見つめていた。一緒にいたはずのゴールデンレトリバーも気付けばいなくなっていた。

「そうだよな。お前はあの頃おじいちゃん犬だったもんな。今もいるはずはない。」

実家の近所の酒屋さんの娘で、そこで手伝っていると言った。しかもあの口ぶりでは俺も彼女が将来酒屋を手伝うことを知っているようだった。それくらいの近い存在だった。

でも、忘れていた。いや、忘れようとして記憶から排除した。そんなことはなかったと、逃避したのだ。


ドラマのワンシーンが終わりそのままCMにいくように、すんなりと目を覚ました。

ーーそうだ。あの子は…。あの子の名前は…。

「矢川雪菜だ…。」

小学5年生の冬。彼女は何者かに誘拐されたまま、証拠も彼女自身も何一つ見つからず未解決事件となった。

様々な記憶が一度に戻った。

頭が痛い。二日酔いよりも衝撃的で現実的な記憶。

「はぁ、勘弁してくれ…」

12月30日朝は、今年一憂鬱で久々の二度寝を行なった日になった。




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過ぎゆく時の中で 蒼葉京狐 @-Aoba-Miyako-

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