必要以上の感覚レンタルはお控えください

ちびまるフォイ

舞台裏は見せられないよ!!

 フリーアプリ:借りりん

あなたの感覚器官を貸してお小遣いを稼ごう!



学校で話題になっていたレンタルアプリを入れてみた。


俺も知ってるよと、当然だと言えるような顔をするために

ひとりでアプリの操作になれておくことに。


「えーーっと、貸し出す感覚はっと……」


□味覚

□聴覚

□視覚

□触覚

□嗅覚

▼続きを読む


「一番影響しなさそうなのは味覚かな」


自分の味覚を貸し出した。

さっそく借り手がついて、分単位でお金が入る。


「おお! すげぇ! これめっちゃ楽じゃん!」


台所に行ってマヨネーズをなめてみる。

触覚は残っているので、どろりとしたものはわかるが味はない。

プラスチックでもなめているようだ。


「本当に味覚失ってるんだ。すげぇな」


翌日、実体験を交えた俺の華麗なるアプリ生活は大いに盛って話された。

BGMにはドラえもんのスネオのテーマが良く似合う。


「いやぁ、このアプリでお小遣いの前借りの心配なくなってさ~~。

 え? 使ってないの? うっわー、遅れてるぅ!」


アプリを使ってない奴をこき下ろして

味覚はないけど優越感の味に浸りまくっていた。


そんなことをしたのを神様が見ていたのか、

学校帰りに近所でも有名な不良グループにしこたま殴られた。


「これ以上痛い目にあいたくなければ、金出せや。

 お前が羽振りがいいってのは聞いてるんだ」


「ち、ちくしょう……」


殴られた頬はズキズキするし、蹴られた腹は内臓が苦しい。


「そ、そうだ!」


「おい! なにスマホいじってやがる。警察に通報したらただじゃおかねぇ!」


スマホはすぐに蹴り飛ばされたが、痛覚のレンタルには間に合った。

体全体にまとわりついていた痛みが消えた。


「ほら、さっさと金を出しやがれ!!」


さっきまで恐怖の対象だった拳を見せられても、

痛みがないので全然怖くない。


「殴れよ。殴ればいいだろ? ほらほら」


「なんだこいつ……!」


容赦なく拳が振るわれ、蹴られたが衝撃があるだけで何も感じない。

異常性を感じ取ったのか不良たちは逃げていった。


「貸し出し、最高だ!!」


痛みはないが傷は残るので、しっかりケアして家に帰った。

普通なら痛みでふらふらになるが、感覚無いので気にならない。


傷が治るころには味覚と痛覚を取り戻し、普通の生活へ。


ちょうど学校では修学旅行が迫っていた。

せっかくの旅行なのに味覚がないと楽しくない。


旅行中は楽しかったのに、ホテルについてからは地獄だった。


「ゴアー、ゴアー……ゴアアアアア!!!」


「怪獣かよ!!」


時刻は深夜3時。

いびきがうるさすぎて眠るどころか、怒りで殺人事件を起こしそう。


「そうだ! こんなときこそ……」


聴覚を貸し出し、レンタル主が現れると、周囲の音がぴたりとやんだ。

布団に入ると気になっていたいびきももう聞こえない。


「なんだ、最初からこうしておけばよかったな」


明日の朝に寝坊しないようにと、聴覚のレンタル期限は短めに設定。

求めていた安息の眠りについた。


翌日、同室の人に揺り起こされてやっと目が覚めた。


「     !!」


「なに? なんて言ってるの?」


口の動きと焦り加減で何となく寝坊を察した。

慌てて集合場所に向かって事なきを得たが、先生の話も聞こえなかった。


「おっかしいなぁ……聴覚戻ってないぞ?」


見つからないようにスマホで確認すると、

『延滞中』の赤い文字が表示されていた。


「延滞って……ふざけんな! こっちは耳が聞こえねぇんだぞ!」


延滞した人用のオプションとして住所の特定ができる。

聴覚を取り戻すために延滞者のところへ殴り込みに行った。


「おい! 聴覚を返しやがれ!!」


(やっと来たか、探していたぞ)


男はなぜか用意していたスケッチブックで会話する。


「探してたのはこっちの方だ! 聴覚返せ! 今すぐに!」


(お前を探すのは本当に苦労した)


まるで会話がかみ合わない。

どんなに怒鳴っても相手は眉一つ動かさない。


この反応を俺は知っている。


隙を見てスマホを奪い取ると、レンタル中の文字が表示されていた。

分単位でこの男にお金が入っている。


「お前……! 俺の聴覚をまた貸ししやがったのか!!」


(被害をこうむったのは私ひとりではない)


俺の聴覚を横流ししたこの男に聴覚はもうない。

通りで話が通じないものだと納得した。


「ああ、もういい! アプリには押収機能だってあるんだ!

 返却する気がないのなら、強引に取り戻してやる!」


男のスマホから、また貸しした人間から聴覚を押収する。

延滞人に聴覚が戻ったのを確認して、今度は俺のスマホで押収する。


「よし、聴覚が戻った。ったく時間かけさせやがって」


立ち去ろうとすると、ひとりの見知らぬ男が立っていた。


「よくも私の視覚を奪ったな」


「……はぁ?」


「視覚を失ってからお前を探すのは本当に苦労したぞ。

 友人と協力し、お前がここに来るように仕向けなければ

 こうして見つけることもできなかったからな」


「それじゃ、また貸ししたのは……俺をここに呼びつけるため!?」


スケッチブックの男も、この視覚を失った男とグルだった。


「お前は私から視覚を奪い、友人から記憶を奪った」


「いやいや! 待てって! 何言ってる!?」


「続きを読むをタップしてみろ」



□味覚

□聴覚

□視覚

□触覚

□嗅覚


□記憶

□人間関係

□経歴


アプリの説明文には、感覚以外のものも貸し出せるようになっていた。


「ちょ、ちょっと待て! 視覚と記憶を失ったら

 ここからどうやって生きて行けばいい! 帰り道もわからなくなる!」


「お前に同じ苦しみを味わせるために、その顔を見るために、

 押収せずにお前をここまで呼んだんだ。その意味わかるよな」


「は、話をしよう……なにかの間違いだって……」


「記憶がないのは、誰かに記憶をまた貸ししたんだろう」


「や、やめ――」


男は押収ボタンを押した。

俺の体から記憶と視覚が失われた。




その瞬間、目の前の風景は培養カプセルの内側に切り替わった。


ガラス越しに白衣を着た研究員が見える。

研究員は俺の挙動を見て、急に慌て出した。


培養液に入っているので聞こえないが、口の動きでわかる。


『おい! 上書きしていた視覚と記憶のメッキが抜けてるぞ!! 早くつけ直せ!!』


と。


自分が脳内実験体に志願した記憶を思い出すころには、

見ている風景と記憶が元通りのいつもの日常に戻っていた。

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