燃え盛る炎

 目を開けると、目の前に広がる光景は恐ろしいものだった。

 俺を殺した怪物が、くっちゃくっちゃと音を立てながら何かを食っている。多分、心臓だろう。

 代わりの物が既に入っているとはいえ、自分に入っていたものがそこで食われているのはいい気分がしない。

 そしてそいつの足元には、制服の少女が倒れている。彼女も殺されたんだろうか。


「うぇっ……」


 思わず、えずいてしまい、声が漏れた。

 目の前の怪物が驚いた顔でこちらを見る。


「ん? ニンゲン、おめぇ確か今殺したはずだよなぁ」

「そうだな」

「なんで生き返ってんだぁ? ちゃんと死ななきゃ嘘だろうがよぉ!」


 怪物が腕を振り上げる。

 避けるか? いや、間に合わない。ならば受け止めるしか……。

 両腕を顔の前で交差させ、力を込めて衝撃に備えた。


「オラ死ね! もっかい死ね!」


 ゴン! と鈍い音が響く、しかし痛みはない。


「っっってぇ! なんだこのガキ熱いぞ!」


 反対に目の前の怪物……雪男ウェンディゴは苦悶の表情を浮かべている。先ほど振り下ろされた腕には火傷の跡がついていて、痛々しい。


「クソッ、さっきと違うじゃねえか! なんなんだよこのニンゲンはよぉ!」

「俺が知るかよ!」


 さっき攻撃を防いだ時に痛みはなかった、それならこっちから殴っても問題は無いはずだ。


「オラっ!」


 雪男の厚い胸板へ、力任せに拳を振るう。

 硬いものに拳が当たった感触。そしてじゅう、という肉が焼けるような音がする。

 痛みからか、それとも熱からか、巨体がよろめいた。


「……いける!」


 殴る、殴る、殴る、コンビネーションやフットワークなんてものはない、ただ両手を交互に前に突き出すだけのような殴打の連続。

 それでも当たるたびに肉を焼く音がし、雪男は痛みに声をあげる。

 勝てる、このまま退けられる。


「調子に乗るなよニンゲン!」


 グロッキー状態だった雪男が再び動き出し右ストレートを放つ、しかし見えている。

 迫りくる拳を掴んで止める、触れたところから熱を持ち始めた。


「あぁっ!? クソ、放せ! 放せよクソガキ! 熱い、熱いだろうがよ!」

「逃がすかよ……!」


 少しずつ、温度が上昇していく。そしてついに、発火した。


「は……? おい、やめろ! 燃える! 熱い! 死ぬ! 死ぬんだぞ!」


 狼狽えている相手を無視して掴む手に力を入れる、このまま、燃やしきってやる。


「我はウェンディゴだぞ! 既に神格イタクァに至る直前まで来ているというのに、ニンゲンのガキごときにいいいぃぃ!」


 最後の抵抗か、もう片方の手で首を掴んでくる、絞め殺そうという魂胆だろう。

 しかし、少し首に力を入れているだけで苦しさは感じ無くなる。

 炎は拳から腕、肩と徐々に雪男の体を侵食していき、ついには全身を包んだ。

 首に当てられていた手は力なく垂れ下がり、既に体はほとんどが黒く焼け焦げていた。


「勝った……のか?」


 実感はない、ある程度攻撃はしたが、触れていたら勝手に燃えたのだ、実感なんてあるわけがない。

 ただ脅威は去った、それだけは事実だ。


「あ……そういえばあの子は」


 倒れている少女の方へ駆け寄る、血はほとんど流れてないし、外傷があるようには見えないが、生きてるだろうか。


「おい、大丈夫か? 生きてたら……」


 その体に触れようとして、思いとどまる。

 さっきの雪男は俺の体に触れたら燃えた、じゃあこの子も触れたら燃えてしまうんじゃないか?


「困ったな……」


 こうなってしまっては起きてくるまで待つしかない、音楽堂の観客席で座って待つことにした。


「ん……私は何を」


 しばらく待っていると、倒れていた少女が起き上がってくる。よかった、死んではいなかったみたいだ。


「私は確か、民間人が殺された事で動揺して不覚を取って……なぜ生きている?」


 少女はきょろきょろと辺りを見回し、そして俺の姿を視認したらしい。信じられないものを見るような目でこちらを見て、近づいてきた。


「君は確か、雪男に殺されたはずでは……これは夢か?」

「夢じゃないみたいだけど、なんか、死んだあとに変な悪魔が契約しろって言ってきて、そしたらその、生き返ったみたいなんだ」

「なんだと!?」


 少女は俺の腕を掴んで無理やり立たせ、ぺたぺたと体の隅々まで触ってくる。

 燃えていない……? それどころかあの雪男に触れた時のような熱さも感じない。

 そう考えていると、さらに勢いよく引っ張られ、目の前の少女はあろうことか俺の胸に勢いよく耳を当てる。ポニーテールに結ばれた髪が、ふわりと揺れた。


「心音は、あるな。ゾンビや餓鬼の類になった訳でもない、いやしかし君は確か心臓を……」

「なんか、その悪魔が心臓の代わりを用意してくれたみたいで」

「心臓の代わりをか、そうなるとかなり高位の悪魔という事になる。その悪魔は名乗ったか?」

「いや、名前は教えないって言われた」

「そうか、名前がわからないのならばどういった方法で蘇生したかもわからないな」

「ところで……」

「なんだ?」

「いつまでこうしてるつもりで……?」

「~~っっ! す、すまない!」


 少女は顔を赤くして慌てて離れる、そんな反応するなら普通に脈を測ればいいのに。


「ゴホン! それで、他に何か心当たりはないか? 例えば何が心臓の代わりになったとか、見ていないか?」

「何が、か。確かランプみたいなものが心臓の形になって、それを胸に突っ込まれたけど」

「ランプか、それにあの雪男の死体。君がやったというのなら火を扱うもの、なるほど、ある程度は絞れたかもしれん」

「本当か?」

「ああ、嘘は言わんさ。それに君は巻き込まれた側のようだから、状況を説明する義務が私にはある」


 義務、義務と来たか。あの雪男と対峙していたのだからこの奇妙な状況について何か知っていると思ったが、これはかなり深くまで関わっている人物とみていいのだろう。


「とりあえず立ち話も何だ、一度私の家に来ないか? この辺りにある小さい神社なんだが」

「まあいつまでもここに居るのもちょっと気分悪いしな、一回どこかに移動しても……」


 しかし、何か忘れている気がする。

 気にするほどの事でもないかと思い歩き出そうとすると、こつん、と何かが足に当たった。

 アロエ100%ドリンク、そうだ、墓参りに行く途中だったんじゃないか!


「いや、待ってくれ。そういえばまずやることがあった」

「やること? 一旦落ち着いたとはいえ優先することがあるのか」

「叔父さんの墓参りに行く途中だったんだよ」

「明日ではダメか?」

「ダメだ、一度行くって決めたら曲げられない、叔父さんと約束してんだ」

「そうか……約束か、ならば仕方ないな」

「じゃあそういう事で、場所教えてくれれば後でその神社に行くからさ」

「いや、待ってくれ、そうだな。私も同行しよう、道中にまた危険に巻き込まれるかもしれん」

「マジで……?」

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デーモンハート ナメクジ次郎 @kanasupe

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