デーモンハート

ナメクジ次郎

生まれ変わる鼓動

「和哉。人生ってのは決断の連続だ、とりわけ男は決めなきゃいけないこと、覚悟しなきゃいけないことが多い。だからな、即決だ。選択する時が来たら、すぐに決めろ、いいな?」


 両親を事故で失った俺を引き取ってくれた叔父が毎日のように語った言葉だ。

 ずっとそうやって言われてきたし、間違ったことでもないと思っている。実際どんな時も即決していた叔父は子供の目から見てかっこよく映った。

 それにしても、なんだって去年死んだはずの叔父がまた、俺に語り掛けているんだろうか……。


「おーい、おっきろー、もう学校終ったよー?」


 ぺちぺちと頬を叩かれる衝撃で徐々に意識が覚醒していく。


「んぁ……俺、寝てた?」

「寝てた寝てた、それはもう気持ちよさそうに」


 目の前に居る髪をツインテールに結んだ少女は明星春香、隣の家に住む女の子で俺がこの町に来た日からの付き合いだ。


「それで、何か用か? わざわざこっちの教室まで来て」

「ちょっと頼みたいことがあってね」

「頼みたい事?」

「今日ちょっと、買い物に付き合ってくれない?」

「あー……すまん無理だ、今日アレの日でさ」

「あ、そっか今週まだなんだっけ、お墓参り」

「また今度埋め合わせするからさ」


 そうやって顔の前で手を合わせる。

 もう既に決めてしまった事だ、いくら大切な幼馴染の頼みでも決めた事は曲げられない。

 もう少し墓地が近ければ終わってから付き合う事ができたかもしれないが、再開発だとかなんとかで共同墓地が市の外れの方へ移転されてしまい、歩きだと往復に時間がかかってしまう。


「それじゃ仕方ないね」

「ああ、本当にごめん。じゃあ行くわ」

「うん、いってらっしゃい」


 荷物をまとめて席を立つ、そして春香に見送られるまま教室を後にした。



 ***



 照り付ける真夏の太陽が俺の体力を少しずつ奪っていく。

 今日の予報は曇りだったはずだが、とんだ快晴だ。


「あー、クソ、これじゃお供え物のジュースがぬるくなっちまうな」


 ビニール袋いっぱいに入っている親父の好きだったジュースをちらりと見る、アロエ果汁100%、結局俺は好きになれなかった代物だ。


「こんなもん親父以外飲まないっての、おかげで大量に買えるんだが」


 しばらく歩いていると普段使っている近道の通りに何か立っている。三角コーンとポールで作られたそれは、侵入禁止の証だった。


「なになに? 再開発に向けての工事の為、一時的に侵入禁止か」


 そう書かれているものの、それらしき音は無いし人も居ない。

 つまりやることは一つ、即決だ。


「んじゃ、こっちも急いでるしさっさと近道しちゃいましょうかね」


 ポールを乗り越えてその先の道へ進む、特に道が崩されてるって訳でもないし工具や重機も見当たらない、本当に工事なんてしてるのかこれ……?

 そのまましばらく歩いていると、何やら変な音が聞こえてくる。

 これは……悲鳴?


「侵入禁止の場所で悲鳴か」


 もしかしたら、俺みたいに入ってきたやつが何か困ってるのかもしれないし、人通りが無いからって不良が誰か襲っているのかもしれない。


「行くか戻るか……いや、いくしかないな、誰か困ってるかもしれないし」


 悲鳴がした方に向かう、こっちは確か野外音楽堂だったか。そんなにデカくないし一度もライブやってるの見たことないけど。



 ***



「なんだよ……あれ」


 野外音楽堂に足を踏み入れた俺が目にしたのは、異様な光景だった。

 無人の観客席、そしてその奥にあるステージには刀を持った少女、しかも俺と同じ学校の制服だ。

 そして少女の目の前に居るのは、三メートルを超える巨体だ。毛むくじゃらで手にはかぎ爪があり頭からは動物の角のようなものが生えている。

 一目見ただけでわかる、あれは関わってはいけない、人間にはどうにもできない怪物だと。

 逃げろ、逃げろと脳が警鐘を鳴らす。即決する選択肢なんてない、このままここに居れば死ぬ、それだけは確かなんだ。

 しかし体は動かない、思考に体がついていかない、それどころか。

 体の力が抜け、するりとビニール袋が手から滑り落ち、重たい音を鳴らす。


「あれは……なぜ民間人が!」

「グググ、日に二人も食えるとは、運は我に味方したようだな」


 ぎぎぎ、と音が鳴ったと錯覚するような動きで怪物の首がこちらを向いた。

 そして、一足で目の前まで飛んで、いや跳んでくる。


「逃げろ少年! いや、伏せるだけでいい! どうにかして生きるんだ!」

「これで十三人目、これで俺も、あの方に産んでいただける!」


 化け物の太い腕が俺の胸に当てられ、ゆっくり、ゆっくりと沈んでいく。

 不思議と痛みはなかった、そして勢いよく引き抜かれた腕には赤いものが。

 あの形、教科書か何かで見たことあるな……あれが俺の心臓なんだろうか、思ってたより赤色が強いんだな。

 なんて、どうでもいい事を考えているうちに、目の前が真っ暗になった。



 ***



 気が付くと周囲には何もない、白い空間に居た、本当に何もない。


「天国とか地獄とかあるって言われてるけど、何もないんだな……死んだ後って」


 あまりに突然だったからか、それともまだ現実が受け止めきれないのか、自分でも不思議なくらい冷静だった。頭もよく働くし。


「んー、違いますねぇ。死後の世界っていうのは合ってますけどまだ天国でも地獄でもありませんよここは」


 後ろから突如声がかかり、振り返ると先ほどまで何もなかった場所にスーツ姿の若い男が立っていた。


「だ、誰だよあんた! 天使か!? 閻魔様か!?」

「どちらも不正解! いえ超常の存在という意味では正解かもしれませんが、私そんなに歴史の古い存在でもないので?」

「じゃ、じゃあなんなんだよ」

「知りたいですか? 知りたいですか?」

「教えてくれるなら……」

「んー、では、教えませーん! ヒヒッ、ヒヒヒッ」


 男はそう言い、よく整っている顔を歪めて笑う。何がおかしいのかかはわからないが、心底楽しそうに笑う。


「……さて、どこから説明致しましょうか」


 ひとしきり笑った後、男は突然真顔になり話を始める。さきほどまでのテンションもなりを潜めているようだ。


「ううむ、月並みな言い方な言い方ですが? 残念ながらあなたは死んでしまいました?」

「それは知ってる、目の前で心臓抜かれるの見たしさ」

「おや、てっきり自覚のないものかと、案外冷静ですね?」

「自分でも驚いてる、なんでこんな冷静なんだろうな」

「あなたは死にました! なんて衝撃の真実で狼狽えるの見たかったんですけどねぇ、残念無念、あんまりですよぉ!」


 今度は突然泣き始めた、嘘くさい……が、本当に目から涙が流れている。

 なんだこいつは、情緒不安定なのか?


「えー、それで、ですね、私、悪魔なんですよ」

「はぁ……」

「おや、これは微妙な反応。信じてませんね?」

「いや、信じるけど。さっきだって怪物に殺されたんだし」

「あー、それもそうですね。はいはい私悪魔なので、死んでしまったあなたに契約を提案しようと来たわけです」

「契約って……魂を寄越せってことか?」

「いえいえ、私魂を取るのは老衰するまで生きた人間のものだけと決めているので、単純に若くして死んだあなたが不憫だと、思っただけですよ」


 胡散臭い、自分を悪魔と名乗ったのに俺が死んだのが不憫だと、よくわからない。


「まあ単純な話です、私の提案にイエスかノーで答えてくれればいんです、単純故によく考えてくださいね?」

「ああ、わかった」

「それでは……あなたはまだ生きたいですか? 生きるというのなら、私が特別に」

「イエスだ」


 まだ生きたいか? そう聞かれれば、生きたいと答えるに決まっている、だから即答した。


「……は? あなた私の話聞いてました? よく考えてって言いましたよね?」

「まだ生きたいかどうかなんてそんな、悩むまでもなくはいと答えるに決まってるだろ」

「いえいえ悪魔の提案ですよ? 普通疑いません?」

「どっちにしろ言われた時点で生きたいって思ったんだ、ならもうそれは曲げられない」

「んー、わかりました。そういう手合いの人間ですねはいはい、ならいいでしょう、その覚悟無駄にはできませんねぇ」


 少し考えるような仕草をした後、男は懐から何かを取り出す。

 あれは……小さなランプ?


「では、あなたの失われた心臓の代わりになるものを埋め込みます、そうすれば蘇生完了! 晴れてあなたは現世に戻り、見事にあの雪男ウェンディゴを打ち倒す事でしょう!」

「打ち倒すって……どういう事だ」

「そりゃまあ復活してもアレはまだそこに居るんですから、撃退できないとまた死にますよ?」

「それもそうか……」

「安心してください、撃退するのに最適な力をあげますから」


 男はそう言うとランプを両手で覆い、こね始める。

 そしてゆっくりと開かれた掌には、脈打っている赤いモノが、心臓があった。


「それじゃ、頑張って生き残ってくださいね? すぐに死んではつまらないので!」


 ドン! と音がするほど強く心臓を持った手が胸に打ち付けられる。それと同時に起こった激痛で顔をしかめるが、だんだんと痛みが、いや、感覚自体が失われていく。

 最後に見たのは、心底楽しそうに笑う男の姿だった。



「彼はどれだけ生き残って引っ掻き回してくれますかねぇ」

「精々いい見世物になってくださいねぇ、このメフィストの御眼鏡にかなうような、ね」

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