愛しているから僕はアリスを鎖で繋いだ

カエデ

愛しているから僕はアリスを鎖で繋いだ

「あたる、新しいお父さんが出来るよ」


 物心ついた時からお父さんは居なかった。でも僕はお母さんにその事を聞いた事は無かった。


 いつから居ないのかとか、死んじゃったのか離婚したのかとか、そういうの全くに気にならなかったんだ。僕はちょっと薄情なのかもしれない。


「へえお父さんが出来るんだ」としか思わなかったんだ。


 まだ小学3年生だったし良く分かってなかったのかも。


 だけどまさか白熊みたいな身体と金色の髪をした外国人がやってくるとは思わなくて吃驚した。


「コンニチハ」


 外国人訛りで新しいお父さんが言った。おっきくてちょっと怖かったけど、笑った顔が優しそうで僕はすぐに受け入れる事が出来たんだ。


「おっきい! 肩車して!」


 新しいお父さんは僕の言ってる事が良く分かってないみたいで、困った顔で笑っていた。


 まだ日本に来たばかりで日本語があまり出来ない、とお母さんが言った。


「もう一人、家族が居るのよ」


 お母さんがそう言うと、お父さんの後ろに居るコが見えた。お父さんがズイ、と背中を押した。


「アリス、シャイです……」


 僕はアリスを見た時、お父さんを見た時より吃驚した。何故ってこんなに可愛いコが世の中に存在するなんて知らなかった。


 透き通る琥珀色の瞳とフワフワな金色の長いの毛をウェーブさせている。


 アリスはすぐお父さんの後ろに隠れちゃってプルプル震えて、そんな仕草がまた可愛らしかった。


「こんにちは、今日からここが君の家だよ」


 僕はなるべくゆっくり優しく言った。アリスは僕の言葉が全くわかっていない様子だった。


 家に上がった後は緊張が振り切れたのか、ずーっとないてばかりだった。




 それでも半年もすればこの家に慣れて、僕の言う事も少しは分かるようになって来ていた。


「ごはん出来たよ!」


 階下からお母さんの声がする。一緒に遊んでたアリスに声をかける。


「アリス、ご飯だって。一緒に食べよう」


 アリスはとってもおとなしくて良い子だ。僕が階段を降りていくのをトテトテトテ……と着いて来る。


 僕がアリスと並んでご飯を食べてる姿を見て、お母さんが「そうして並んでいると本当の兄妹みたいね」と笑う。


 「アリスは本当の家族だよ」と僕は答えた。





 正直言ってアリスはあんまり頭が良い方じゃなかった。言葉も全然覚えないし、家でも僕の後をずっと着いて回ってくる。


 そんな放っておけない所がまた可愛くて、僕はアリスとずっと一緒に過ごしていた。




 だけど僕はアリスの事そんな風に見た事は無かったし、永遠にそんな時は来ないと思ってた。


 中学に上がった頃、僕はささいなイジメにあってベッドの中で泣いていた。お父さんとお母さんにも言えなかった。


 その時、アリスが僕のベッドに潜り込んで来た。泣いてる僕の頭をそっとポンポン、と撫でてくれたんだ。


「アリス……」


 傷心してたからかな。アリスのあどけない顔を見てたら、何かが胸の中で爆発しちゃったんだ。


 最初はちょっとキスしただけだった。アリスも嫌がらなかった。耳を舐めてあげると可愛らしい声をあげた。


 そこから先はすぐだった。僕はアリスの身体を求めた。




 もう何度身体を重ねたか分からないけど、僕とアリスがベッドの中でしていると、お母さんが入ってきた。「一緒に寝てるなんて仲良いわね」と言ったけど、僕とアリスが裸なのを見て悲鳴をあげた。




 その晩、僕とアリスは別々の部屋にされてしまった。アリスが寂しそうにないている声がずっと聞こえる。


 僕がトイレへ行こうと一階に降りて行くと、リビングで二人の会話が聞こえた。


「……そろそろ性に目覚める頃だとは思ってた。私、結構懐の広い母のつもりだったわ。エッチな本なんて笑って見過ごせるもの。……普通同級生とかアイドルとか……そういうのじゃないの? まさか……まさかアリスとなんて……」


 お母さんの声は聞いた事無いような沈んだものだった。最後に「正直、私あの子がおぞましい」と言った。


 お父さんも同じように落ち込んだ声だった。


「オレが悪い……アリスを連れてくるべきじゃなかった。どこかの施設に預ければ良かったんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、僕は産まれて初めて頭の中が真っ赤になるほどの怒りを覚えた。


 急いで部屋に戻って着替えて、お小遣いをありったけ集めた。そのままこっそりアリスの部屋に行って告げたんだ。


「アリス、僕と一緒に逃げよう」


 僕とアリスの関係が許されないなら、逃げよう。どこまでも逃げよう。世界の片隅でひっそり僕とアリスだけで生きていこう。





 そんな愛の逃避行はたったの五時間で終わった。車のライトがパトカーだと気づいた時にはもう遅かった。


「こんにちは、どうしたのこんな時間に」


 若くてイケメンの警察官のお兄さんが朗らかに言う。


「散歩です」


「散歩の時間にしちゃ、ちょっと遅すぎるんじゃない?」


 若いお兄さんの後ろで、おじさんの警察官が無線機で何か話してる。チラチラ、と僕の方を見たりしている。


 二人が何か目配せをした後、「あたる君だね?」と聞いた。お父さんとお母さんが迷子届けを出してた。


 僕とアリスはパトカーで家まで送られた。




 





 お母さんが金切り声で怒鳴る。


「自分が一体何をしていたか分かってっるの!」


「ぼく達は愛し合っているんだ!」


「アリスは何も分からないでしょう!」


 僕とお母さんは怒鳴りあって全然話にならなかった。お父さんが、お母さんを「落ち着きなさい」と制止した。


 アリスは疲れちゃったのか、お父さんの膝の上でぐっすり寝ている。


「……あたる、アリスと仲良くしてくれた事は本当に嬉しい。でも、あたるのソレはどうしても許されない。もし、あたるがアリスとそういう事を続けるなら……アリスは殺さないとならない」


 背筋がぞっと寒くなった。アリスを殺すなんて、そんな事お父さんがする筈無い……。


「お父さんだってそんな事したくない。でもね、お父さんはアリスよりお母さんとあたるの方が大事なんだ。分かるよね」


 ボロボロと涙が止まらなかった。正直、僕だってこんな関係続く訳は無いと分かってた。僕はちょっと薄情なのかもしれない。でも仕方ないんだ。


「……アリスは僕の事、好きだよね」


「勿論。でもアリスにはちゃんと犬の旦那さんを見つけてやろうな」


 お父さんの膝の上で、アリスが寝ながら尻尾を振っていた。

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