第82話 レオの勝てない人


 今日は森で声真似鳥が獲れた。美味しいと有名な鳥で、大変珍しく買い取り価格が高い。俺の小さい頃の好物だとジェリーとトーズに言ったからか、売らないで料理得意のジーナさんに料理してもらおうぜ! という事になった。

 最近賑わいまくっている大通りを避けて宿へと進む、ジェリーとトーズは貴族の肉だとかなんだか、はしゃいでいる。あまり昔の身分のことを言われるのは好きではなかったが、それでも彼らといる残りの時間を考えれば今位はいいかと何も言わなかった。


 安宿で噂の尾っぽ邸、その日の宿は何故だか人だかりができており、綺麗な買いたてのような馬車が泊まっていた。身なりのいい御者が礼儀正しくしゃんと馬車の隣に立っていて、その様子を遠巻きにするように近所の人たちがこそこそと噂話をしている。


「これ、グレーシャル商会の馬車じゃ…」

「なんか有名な商会なのか?」

「うん、あたしもあんまり知らないけど、北の方にある、まだ二代目の商会だったはず。有名な商会よ。なんでも二代目が凄腕だとか、船人たちも噂してる」

「へぇ、一代目がすごくて二代目が微妙ってのが普通なのにな」

「ハンデル進出かな? 最近北の商人がハンデルに進出してくるのはやってるんじゃない?」


 ジェリーとトーズの世間話を聞きながら、宿を遠巻きに見ている近所の人たちになんとなく目を向ける。噂話なんて結構聞こえる声量でいつもしているくせに、今日に限って声を極力抑えているように見えた。

 宿に部屋を取っているはずの何人かの冒険者もなぜか外に出ており、ぽやんと少し惚けた表情で、髪型を整えたり、手の汚れを気にしてズボンで拭いていたり、生えっぱなしだった髭を剃った顎をさすったりしている。いつもジーナさんから「あんたら水浴びしな!少しくらい身なりを考えな!」なんて叱咤されているというのに。


 ――なんだこいつら。

 怪訝に思い眉を顰めたが、だからと言って入らないわけにもいかない。ここに住んでいる冒険者たちが騒いでいないのなら、何か商売の交渉をしに来ただけだろう。きっと進出してくる前段階として、地元の人間とある程度関係を結ぼうとかそういうのだろう、そう思って俺たちは宿の扉を開いた。


「レ、レオ……あなたにたぶんお客さん……」


 ジーナさんが手に空のお盆を抱えたまま唇を少しだけ震わせて、青い顔で俺を見る。外の喧騒とは違い、宿の中はしんとしており、すべてはそのとやらのせいだという事はすぐにわかった。

 大人数用のテーブルに一人座って茶を飲んでいる上質そうなえんじ色のドレスを着た女性が目に入る。うねる金色の髪を見て俺の背筋にはつぅっと汗が伝う。

 その人はテーブルに座ったまま青い眼球に俺を映し込んで。にっと細めた。


「ずいぶん変わりましたねレオナルド」


 数年ぶりに家族の顔を見たと思う。最後のその人の記憶は涙で濡れて絶望しきった顔だ。元気そうでよかった、とは思う。けれど何のために来たのかと思えば俺は眉を顰めずにはいられなかった。


「おまえ、こんな美人と知り合いなのかよ」

 耳元でトーズが聞いてくる。しんと静まった部屋の中では多分全員に聞こえているだろう。俺はあえて周りに聞こえるように普通に返事下。


「いいやトーズ、誰かと勘違いしたんじゃないかな」


 俺は困惑したような表情をつくった。ランディさんとジーナさんが互いに驚いたように顔を見つめ合い、背後からはなぜか安堵したようなジェリーのため息が聞こえる。


「多分人違いだと思うんで、帰ってもらっていいですかね? 宿の前に人だかりも出来てますし……」


 もう俺に家族はいない。なんの用事で会いに来たかは分からないが、これ以上まわりに以前の身分を知られたくはなかった。

 しらを切った俺を姉は戸惑ったように見つめ、そして薄紅色の唇を震わせる。


「あぁランディさん、今日は声真似鳥を獲ってきたからさ、美味しい夕飯になると思うんだよね」

 何事も無いように笑って俺は声真似鳥を受付のカウンターへと置く。

 トーズも俺の姉を気にしてはいる様子だったが、俺に伴って収穫した獲物を置く。どっさりと置かれた動物の死体。温室育ちの姉ならこの光景に驚いて帰ってゆくだろうと思い、ちらりと姉の方を見れば唇を震わせている。そして真っ青な晴れた日の空のような瞳がぐらりと揺れて、滲んだ。


「わた、わたくしのことが、わからないの、レオナルド」


 ぼろりと落ちたのは大粒の涙で、木張りの床に染みを付けてゆく。眉尻を下げて口元を抑えて、小さく嗚咽を漏らしながら泣きだした。


「おい……」

 隣にいたトーズは「泣かせるなよ」と言いたげな顔で俺を満たし、さっきまで俺に客人をどうにかさせようとしていたジーナさんとランディさんも、まるで俺を悪者のような眼で見つめた。

 泣かれてもどうしようもない、と思ったのだが、くしゃりと顔をゆがめて涙を流すその姿に、嫌でも昔のことを思い出してしまう。凍えるような雪の日に降り積もった雪に膝を付け泣いていた姿を、泣きはらした目で別れを告げた姿を、恥も外聞もなく声を荒げた姉の初めて見た姿を。


「……ご、ごめんなさい、姉さん」


 気付けば俺は、姉の目の前まで行って謝っていた。



 ***


 「姉?」「えっ家族?」「レオって家族いたの」そんなざわめきを感じながら、眉尻を下げて、泣いている姉の返事を待った。姉はシルクのハンカチで目元の水滴を拭って俺を見た。


「認めたわね?」

「え、うん」

「ではレオナルド。わたくしと一緒に来てもらいます」

「はぁ!? なんだよ突然、無理に決まって――」

「急ぎの要件なの。早く馬車に乗って」


 きゅっと口を結んで言う姉に俺も負けじとにらみつける。だがまた姉の瞳が潤みだす。


「レオナルド、お姉様のいう事が聞けないの……?」


 またこぼれ落ちてしまいそうな水滴を見て、反射的に俺は慌ててしまう。


「わかった、わかったから、いくから」


 あわあわとする俺を見て、先ほどまで泣きかけていたくせに姉は「ふっ」と笑う。

 言う事を聞かせるために泣くなんてずるいぞ、とは思ったが、目の前で泣かれれば俺はどうすることも出来ない。ただでさえ人の泣き顔は苦手なのだ、そして泣き顔が苦手な原因の二人のうち一人である姉に泣かれれば、もう俺は言うことを聞かざるを得ない。


「帰ってこれるんだよね、姉さん」

「えぇ、今は話をしにいくだけよ」

「わかった……すいません少し出かけてきます。食料は皆で食べてください」


 その場にいるみんなに小さく頭を下げる。


「お茶、美味しかったわ。ありがとう」


 出ていく間際に姉が言う。この人平民に礼なんて言えたんだなぁと思いながら、俺は宿に横づけされた馬車に乗り込んだ。


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彼は聖女を愛している ~ 追放された貴族の子 ~ ピテクス🙈 @AustPtc

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