第2話 公約は「自由」
「え……?」
私は驚愕のまなざしを向けた。小野原は、缶コーヒーを飲みながら、遠い目で語り始めた。
「俺がさ、中学の時も生徒会長だったの、覚えてるだろ。あの時、俺は体育祭のフォークダンスを提案して当選した。そしたらさ。いじめられてた森田は誰にも手を取ってもらえずに、『汚いやつ』なんてひどいことも言われて。……自殺したんだ。体育祭の日に」
缶コーヒーの空き缶をぽんとゴミ箱に放り投げた小野原は言った。
「それで、『公約はなんにもしないこと』で、罪滅ぼししたかった。会長の公約なんて、自己満足だよ。それで命を絶たれちゃ……な。生きていて、ナンボだ。俺は、みんなに『強制されない自由』を公約にしたんだよ」
「そうだったの……」
私は目を伏せた。小野原は、固いパイプ椅子に座ったまま、窓から青空を見上げた。
「そろそろ、昼休み終わるな。宿題やってないから、サボろ」
「……私の、写していいよ」
「お、サンキュー」
私は、いつも能天気でバカなやつと思ってきた小野原の抱えた闇を知り、いたたまれなくなった。そこで、宿題を写す彼にこう言った。
「お墓参り、行こうか」
「そうだな」
「私への『公約』ね」
「なんじゃそりゃ」
小野原は、元の明るい笑顔を浮かべた。
生徒会って、なんのためにあるのだろう。自治会の一種のはずなのに、会長の自己満足の組織になっていたのだ。それを、小野原は悔いていた。だから、「適当」に見える「公約」を掲げた。それは彼の贖罪でもあった……。
「本当はさ、俺、森田が好きだったんだよ」
小野原は、鉛筆で数式を書き連ねながら言う。
「そうだったの」
「森田と手をつなぎたくて企画したフォークダンスで、命を奪っちまった……。守れなかったんだ、俺の自己満で殺したんだ」
「あんまり思いつめないで」
私は、小野原を慰めた。
「きっと、今のあんたを見て喜んでるよ、森田さん」
「そうだといいな。……さて、終わり!いざ行かん、数学の戦場へ!」
私たちは、笑みをこぼした。
最愛の人を過失で失い、生き残った小野原の「公約」。それは、「自由」。誰かに強いられず、命も失わず、恋に勉強に忙しい生徒たちをやさしく見つめるまなざしなのだ。
(了)
********
ちょっと斜に構えていた高校生だった私がずっとあたためていたお話。「公約」とは何なのか、そのために犠牲を強いてもいいのか……。そんな思いがずっとありました。
「なんにもしない」ことを公約にした小野原は、実は、会長の自己満足公約に縛られず、生徒それぞれの一度きりの青春を満喫してほしいという思いがありました。そして、過去の「過ち」の贖罪でもありました。
推薦入試、AO入試のために生徒会長になって、「業績づくり」のためにさまざまな公約をかかげる会長もいる中、小野原のようなやさしさを持つ会長がいるといいな、という思いで書いた作品です。
猫野 拝
公約は「自由」 猫野みずき @nekono-mizuki
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