MISSION5 『セイトカイシツノソウジ』でレベルを上げよ!

「ふんふーんふふふーん...」


朝6時。

珍しく早く起きた私...花畑華乃は、鼻歌を歌いながら足取り軽くリビングのテレビをつけた。

朝に弱い私が何故こんなにも早く起きたのか...それは新しく始まった深夜アニメの録画をいち早く見るという重大ミッションをコンプリートするためである(暇人とか言わない!早起きはいいことなんだから!うん!)。

昔から大ファンだった少女漫画『鍵爪学園生徒会』原作のアニメ。見逃すわけにはいかない。

本当はリアルタイムで見ようとおもったのだが、母に首根っこを掴まれて部屋まで連れ戻されてしまったのだ。...くうぅっ...。

嬉々としてリモコンを握り、録画した番組の一覧を呼び出す私。

次の瞬間、花畑家に私の絶叫が響き渡った。


「嘘だァァァァァァァ!!!!!!!」



「うっ...辛い...」

「大袈裟すぎるだろ姉ちゃん。たかがアニメだろ?」


朝食の席で呆れたように返してくるのは、2歳下の中学生の弟・紫乃。

どうでもいい話だが、その名前は『しの』という響きと字の雰囲気から女子と間違われることも多いらしく、ことある事にブツブツボヤいている。

...うん。それは本当にどうでもいいのだ。今一番大事なのは、録画したアニメが時間変更という忌々しいもののせいで録れていなかったということ!

録画番組の欄に録ってもない『若手芸人ハシゴ酒!』という番組名を発見した時は、画面に穴を開けそうになってしまったぞ!


「うぅ...ないよ、最初の話見逃すとか、マジでないよ...」

「大体さ、姉ちゃん原作の漫画全巻持ってんだろ?それでいいじゃん」

「そういう問題じゃなくてだなー!」


ゴンッと拳でテーブルを叩く私。思いのほか力が入って紫乃のコップが揺れ、中に入っていたコーヒー牛乳が綺麗に弧を描く。...そして見事に紫乃の顔面を濡らした。


「姉ちゃん!」

「...ごめんて!悪気はなかったんだって!」

「ごめんですんだら警察いらんだろーが!...ったく」


紫乃が顔を洗いに立ち上がる。...本当に悪気はなかったんだ。というかもし悪気があったんなら、きっともっと派手にぶっかけてるからな。

お皿に残っていた食パンを口に詰め込み、微糖ミルクティーで流し込む。

......本当、ツイてない...。いや、今のはどっちかと言うと紫乃の不幸か?制服のシワを伸ばして立ち上がった私は、親子揃って洗面所に籠る母と弟に向かって叫んだ。


「行ってきますー」

「姉ちゃん逃げる気かよ!」


後ろで紫乃が吠えるけど、無視。

...朝からテンションが果てしなく下がったわ...。


重い足取りで教室まで辿り着いて扉を開けると、中から声がした。


「よぉ、頭の中花畑」


...全力で扉を閉めてやろうかと思ったが、そんなことしても現実は変わらない。くっ...。

ますますテンションを下げにかかってくるその低音ボイスの主は...まぁ、大体想像はつくであろう。小岩井くんである。

いつもなら適当にあしらえるんだけど、何しろ今日はテンションが深海レベルの低さなのだ。


「チッ」

「人の顔みて舌打ちすんな。普通そこは笑顔でおはようって言うところだろーが」

「...これまでの自分の行動を1回思い返してみようか、少なくとも笑顔で応対されるようなコトはされていないと思うんですけど!?」


普通さぁ...クラスメイトの男子とかに『はよ。寝癖ついてんぞ?』「え!?嘘でしょ、どこ?」『あー、かき回すとひどくなるぞ...じっとしてろよ』みたいな雰囲気に...っと。


「くくく...おま...朝っぱらから笑わせてくれてありがとな...っくく」

「小岩井くんのテンションと反比例して、私の怒りが膨れ上がってるんだけど分かる!?」


下腹を押さえながら爆笑する小岩井くんにとても冷たい視線を送る私。ジワジワと滲み出る殺気を感じたらしく、小岩井くんは笑いを堪えるように咳払いをした。...くっ...いつまでコイツにいじられ続けねばならんのだ!

もう...こうなったら...本気を出して手帳を取り返さねば(今までは本気じゃなかったのかって?そんなわけないだろぉぉぉ!)。


「それよりお前、校外学習でも取り返せなかったなぁ?手帳」

「うぐっ...それはその......ちょ、ちょっと縁がなかったというか!今週中には...ま、間違いなく運命の出会いが訪れる予定だから問題ないよ」


今度は小岩井くんが冷たい視線を送ってくる。その顔には『半信半疑』とハッキリと書かれている...嘘だと思って余裕でいときゃいい。あとで焦っても知らないからな!

小岩井くんがふっと表情を変えて口を開いた。


「そういや今日、俺とお前放課後生徒会室の掃除だから」


...パードゥン?

おいおい待てよ。放課後、だと?

この前まで私は校外学習実行委員という実に面倒な役職についていた(ほとんど、いや全て小岩井くんのせいなんだけど...それについてはMISSION3、4参照だ)。何とか仕事も終わり、やっと自由な放課後を過ごせると思ったのに!


「ちょ、ちょいまち!私の先約があるという選択肢はなかったの!?」

「ないに決まってるだろ頭の中花畑暇人」


即答かい!っていうか暇人って!...事実だけど。

私はぐぐぐ...と唇を噛み締める。『今の花畑華乃の気持ちを15字以内で答えよ』という問題があったなら、『やるせなくて悔しい気持ち』で満点回答だろう。きっちり字数も8割だしな。

頭を抱える私を眺めながら、小岩井くんが意地悪くニヤリと唇を歪めた。


「別にいいぞ免除してやっても。その代わりコレ、ばらすだけだけどなぁ」


人差し指と親指のあいだに挟んだピンク色の手帳を、ひらひらと顔の前でチラつかせてくる小岩井くん。


「喜んでお受けさせていただきます。掃除でも何でもします」


グッバイ、私の自由な放課後。

私は心の中でソッと涙を拭った。



そして放課後。

生徒会室の掃除か...。

そういえば今日撮れてなかったアニメも生徒会モノだった。くっ...思い出したくない悲しい出来事を思い出してしまったぁ!

...いやいやいや!生徒会といえば胸キュンシチュの宝庫じゃないか!

まず、やたらと(先生よりも)権力を持っているドS生徒会長。コレは鉄板だ。

理事長の息子とかで、黒髪に眼鏡で、運悪く目をつけられた主人公に『この書類やっとけ』とか横柄に言って、「無理に決まってます!」『お前に拒否権あると思ってんの?』...とか。あ、品行方正だけど裏表あって、でも心開くとめちゃめちゃ良い人っていうパターンも...!


「くっ...くははっ......生徒会長だけでそこまで妄想できるって...っ、お前、最高だな」

「うん毎度の如く急に現れるのやめてくれないかな普通に心臓に悪いんだよねってか人の妄想で笑うのやめよっか!?ってか毎度毎度よく飽きずに笑えるね!?」


爆笑中の小岩井くん(こやつの名前にルビを振るなら『顔面詐欺腹黒裏表鬼畜野郎』で決定だと思う)にマシンガンのように返事をしてから、ふうっと息をつく。


「で、掃除だっけ?あれ、そういえば...うちの学校の生徒会長ってどんな人?」


生徒会長なんて青春の超重要チェックポイントなのに、なんで私は覚えてないのだろうか。過去の私を殴りに行きたい。

小岩井くんは「俺もよく知らないぞ。先生から話、回ってきたしな」と肩をすくめる。ケッ、使えない奴。

でも逆に生徒会長の事を覚えてないってことは見たことないってことかもしれないし、表舞台に顔出したくないけど実は超絶イケメンとか過去を抱えてるとか、そういうパターンも期待出来る。

どのパターンだ?どのパターンなんだ!?

あと小岩井くん隣で笑いを堪えないで頼むから。そろそろ私も傷つく。


そうこうしている間に私たちは「生徒会室」という古びたプレートのかけられた部屋の前に到着した。

...あれ、なんだろうこの想像と違う感じは。

さすがに派手すぎるとかそういう部屋は想像してなかったが...さすがにここ、ボロすぎないか?

あと埃かぶりまくってる...埃は掃除次第でどうにかなると思うけど、それすら行われてないパターン...?あ、だから私たちに掃除頼まれてるのか、そういうことなのか...。


いやいや、弱気になってどうする。

逆に不良で破天荒なイケメンタイプの会長の可能性も残っている!心は折れん!

気持ちを奮い立たせて扉をノック。

ドンドンドン。


「すみませーん、えっと、掃除しに来たんですけどっ」


応答無し。


ドンドンドンドンドン!


「あのー!!入っていいでしょうか!」


力任せに叫ぶと、扉の向こうからか細い頼りなさげな男声が小さく返ってきた。


「あ、どうぞ......」


…あれぇ?

私はピクピクと口元を引きつらせながら扉に手をかける。

いやまだ希望はある…希望はあるんだ!

自分に言い聞かせながらミシミシ音を立てて扉を開いた。


開いた扉の向こう。

曲がって細いフレームの眼鏡をかけ、小柄で痩せた男子生徒。

彼はアワアワしながら口を開いてか細く言った。


「そそそ、掃除してくださるんですね、あ、ありがとうございます…」


………。

うん。

まぁ落ち着こう。

落ち着いて深呼吸をしよう。そして目を閉じて精神統一しよう。

あー落ち着く。超落ち着く。

よーし!


「話が違うううううううううううううう!」


花畑華乃、魂の叫び。…全米が泣いた。

いや嘘だけど。嘘だけども…少なくとも私は泣きそうだっての!


「うっせ…急に騒ぐな、頭の中花畑女」

「その呼び方マジでやめてくれるかな⁉︎いや叫びたくもなるよここまでテンション引っ張っといて!どのパターンにも当てはまらないなんて‼︎‼︎」


私は混乱のあまり、小岩井くんの肩を掴んでガクンガクンと揺する。

その様子を眺めていた生徒会長(多分)が「あっ、あのっ」と裏返った声で仲裁した。


「ごめんなさ…ぼ、僕みたいなのがせ、生徒会長…なんて。た、頼りないっていうのは重々、しょ、承知していて」

「っ、そんなことないですよ!コイツがすみません、ちょっと頭おかしいだけなんで」

「ぬぐぅあっ」


カッターシャツの襟を思いっきり掴まれ、女子としてあるまじき醜い呻き声をあげる私。

こいつマジで私の事殺す気だな…冗談じゃなく息ができないぞ。笑えないぞ!

空中でじたばたもがき、なんとか解放される。死ぬかと思った…。


でも失礼なこと言ったのは事実だよね、うん。その事については海より深く反省するとしよう。

ぜぇぜぇと息を吐き出しながら、私はその場で土下座。


「すみませんでした反省します許してください」

「いいいいいいや、かっ、顔を上げてください!本当に、あの…」


僕が悪いんです…。

消え入りそうな声でそう言って、生徒会長は俯いた。




「椎名颯人…2年3組です」


埃だらけのオンボロ生徒会室に招き入れられ、そう名乗りながら生徒会長はお茶を出してくれた。

本当に失礼な話だとは思ってる。うん、思ってるんだけど…ごめんなさい生徒会長の名前全然知りませんでした。


「2年生で生徒会長って珍しいですね」


隣で小岩井くんが感心したように呟く。

ふむ…2年生で生徒会長…。

友達に勧められて乗り気じゃなく立候補した1年生男子が当選しちゃって、それによって落選して副会長になった2年生の先輩が「アンタのことなんか認めないから!」『そ、そんなつもりじゃないです!』みたいな感じでそりが合わないけど、段々距離が近づいてきて、最終的に…。


「くはっ…っ、おま、ホントぶれねぇな…っく」

「うんだから必死で笑いを堪えるのやめてくれるかな!?爆笑されるよりも心に刺さるんだよねそれ!」


私は脳内に『危ない目にあったときに縦にする人物リスト』を広げ、1番上の欄に赤い太字ででかでかと『小岩井深月』と書く。


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花畑華乃の青春理想帳! 笹山渚 @39-39

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