第30話僕は君のそばにいる。君も僕のそばにいる。
小さく狭い、暗い箱。
きっと棺桶のような中に、僕は詰め込まれているのだろう。
あの後からずっと保管されていた僕の体。おそらく、精神を戻した後にこの中に入れられたのだと思う。
ただ、今も仮死状態にされている。せっかく戻った意識も、半ば強制的に鎮静化されつつあるのがわかる。それはこの場所のせいなのだろう。万が一にも失敗しないように、様々な思いがここにはある。
体は全く動かせないが、その事だけは理解できた。
そして、周囲の音が聞こえるのは、おそらくあの人の思惑だろう。そう思うと、なんだか無性に抵抗したくなる気分だけど、さすがに今はそうしない。
だから、あの人の思惑に乗ることにする。
喧騒の中、二人の男の話し声に耳を傾けることにした。
***
「よーし、運べ! コイツで最後だ。でもよ、こんな精巧な人形を返すなんて、勿体ねーよな!」
「仕方ないだろ? そもそも、この家の奥さんは向こうの世界じゃお姫様なんだぜ? その偉い人が『娘の作ったものは、我が家の財産である』っていって強硬姿勢を取ってきたんだろ? それに、こんなものはこの世界じゃただの物だ」
「なんでだよ? これって人の精神が宿れば、そのまま元の体そっくりに動かせるんだろ? しかも、見分けもつかないっていうじゃないか。さっき運んだのがそのお姫様ってのだろ? 中身は知らないけど、そのお姫様はこっちでも動かせたんじゃないのか?」
「それは、向こうの世界の人間にとってだな。これは、いわゆる魔法ってやつが働いてて、それが無いと動かせないんだとよ。あと、こっちでこれを動かせたのは、この家のガキだけだ。お姫様は無理だったそうだ」
「なるほどねぇ。じゃあ、こっちの技術で精神が入っても、向こうの世界じゃないと動かせないってわけだ。でも、なんでガキは動かせたんだ?」
「そういうわけだな。なんでかは分からん。だから、これを大量に生産して、犯罪者精神を移植したのちに向こうの世界に送る。その計画はもう白紙になってるけど、その研究したがる奴はいるんだよな」
「あの計画だろ? 笑えるよな。精神を移植したはいいけど、こっちの世界の人間が魔法を認識できないから、向こうでも動かなかったってやつ。まだ、やってんのか?」
「いや、転移監視局から、その研究チームは解散させられたらしい。アイツらもバカだよな。転移監視局は異世界監視しているとこだぜ。そんな研究をしてたら、目をつけられて当然だよな。ただ、そのチームは密かに集まってるって話は聞いた。今度はガキに目を付けたんじゃないか? ガキがこの世界で動かせた。その謎が分かれば、ひょっとして実用化できるかもしれないからな」
「そうか、でも、この家のガキは反体制思想で収容所送りなんだろ?」
「いや、あれは嘘だって聞いてるぜ、実はあのガキは収容所に送られたことにして、研究所に送られたって話だ。かわいそうに。向こうの世界じゃ公爵さまになれる身分だったのにな。よし、これで完了だ。転移門に向かうぞ」
「研究所の人間が、引越し屋をする羽目になるとは思わなかったけど、一度あっちには行ってみたかったんだよな。異世界転移するなんてSSランクじゃないと無理だからな」
「はは、そうだな。でも、向こうで待ってるらしいから、転移門で明け渡しだってよ」
「なんだよそれ? 運び損かよ! まあ、空気だけでも。この世界と違って、スゲーうまいって聞いたぜ?」
「さあな、俺にとってはどうでもいいかな。じゃあ、いこうか。俺も帰って研究の続きしないと。お前もだろ?」
「俺の研究はもう十年前に完成してるぜ。
「目的としてたんなら完成って言ってもいいが、それって、何か役に立つのか?」
「そういうなって、危険思想を封じることだって出来るかもしれない。研究を続けるにしても、あいにく被験者のなり手がない。あーあ、俺も犯罪者使おうかな……」
「よせって。それをやったらおしまいだな。人間を人間と思わなくなったら、研究のための研究になるぜ」
「そうだな……。まあ、多分やらないと思うよ」
「ホントか? まあ、友人としてそう願うよ。よし、無駄口はここまでだ。異世界管理局様がお見えだぜ。それ、のせるぜ! よし! これで完了だ」
「ああ! あー、終わった! でも、俺も『高等仮想験』頑張っておくべきだった。異世界管理局様になるには、ランクSSだもんな。でも、そうすれば、異世界の技術も探究できたのに……」
「まあ、お前も俺もランクAだから、希望して今の職になれたんだからさ。それ以下だと、自分の希望すら認められないからな。まだいい方だろ? さあ、ぼやくなよ。帰ろうぜ! それに、今こっち来るのは、最後に残った向こうの世界の人間だよ」
どうやら計画通りに事が運んでいる。
ただ、それ以上は考えることもできず、僕は意識を失った。
***
月日は流れ、あれからもう二年が過ぎていた。
この世界に戻ってこられたのは、全てもう一人の僕とおやっさん、そして葛西のおかげだった。
でも、こっちに帰ってきてすぐに転移門を壊したから、もうあの人たちに会うこともできない。
こっちで父親が残した財産はかなりあったけど、僕は母親の屋敷で暮らしている。
恵まれた環境、何ひとつ不自由のない生活。そして、異世界からの転移による並外れた能力を持った僕は、父親と同じように、いろんな場所を旅してまわることにした。
世の中を変えることではなく、目に映る人と物語を共有する。
それは、誰でも知り合うことでやっていることだった。
人の出会いは、お互いの変化に通じている。
だから、時には悲劇にもなるかもしれない。でも、それはできる限り無くしたかった。
失ったものは、とても大きかった。
そして旅から帰った時には、何故かわからないけど、自然とこの場所に足が向いていた。
目の前には、記念碑のようになっている崩れた構造物がある。かつては転移門として、向こうの世界とこちらの世界をつないでいたものだ。
――期待している?
その問いに答えてくれるものはもういない。
その時、目の前の空間が微妙に歪んでいた。
空間を歪めて、何かが現れようとしていた。
『おい、何かくる。とてつもなく、強い何かが』
かつて父親の仲間となったグリフォンが、僕を守るように前に進んでいた。
確かに、強い何かだ。
でも、不思議とそれは懐かしい感じがしていた。
歪んだ空間に亀裂が生じ、周囲に放電と嵐のような風をまき散らしながら、それは姿を現していた。
「ホント、手がかかる! ほら、忘れ物よ! 私を置いていくだけじゃなく、私の中に置いていくなんて、ほんとあなた達ってやりたい放題だわ!」
そう言って投げてきた赤いペンダント。そこに何が入っているのか、何となくわかってしまった。
「あと、尾社先生から伝言よ。『葛西は執行官の職に就いた。逃亡犯の拘束が認められている』だって。もう、観念することね」
にっこり笑うその笑顔は、僕が求めてやまない笑顔だった。
「わかったよ……」
それ以上は何も言えそうになかった。
黙ってペンダントをつけた瞬間、僕らはまた出会う事が出来た。
何故、葛西がここに来ることが出来たのか?
全ての疑問はペンダントの中にいる僕が教えてくれていた。
――そうか。そういうことか……。
本当に自分一人では何もできなかったのだと実感する。
「おかえり、ふたりとも」
大切な人は身近にいて、そして失ってみて初めてその大きさが分かる。半ば形骸化した文句だけど、人との出会いを繰り返して、その事がよくわかった。
「さあ、まずは案内をしてもらおうかしら? これから私たちが住む、この世界を!」
その笑顔の中に、僕は自分の居場所を見つけていた。
誰もが知る、誰も知らない物語 あきのななぐさ @akinonanagusa
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