50 CARAT 聖騎士を継ぐ者

 ―◆Night side◆―


 ふと目が覚めると、僕は見たことのない部屋のソファに座っていた。隣にはソファに座ってくつろぐルチルがいるから、おそらくここはルチルの部屋だろう。ルド様とメラル様の説得に行くために、妖精の部屋に入ったところだったはずだけど……いつの間にかロードと代わっていたいたようだ。


「——あれ? ナイトさんっすか?」

「うん。ごめんね、途中で入れ替わっちゃったみたいで。ロードは迷惑かけなかった?」

「全然! むしろロードさんとは結構仲良くなったっすよ!」


 うーん……ロードがルチルくんみたいなタイプと仲良くなれるとは思えないけど、何事もなかったならよかったのかな?

 見たところ部屋も城も燃えてないし、ロードは大人しくしてくれたみたいだ。

 メモを確認すると、『ナイト、コイツを説得なんて、できねーだろ』と書いてあった。相変わらず脈絡もなくて雑なメモだ。でも言いたいことはなんとなくわかる。ルド様のことだろう。


「……そういえばルビー王女は?」


 辺りを見回しても、ルビーの姿が見えない。今日はずっと一緒に居たはずだけど、いつの間にか居なくなっていた。


「それなんすけど、ルビーさんってロードさんのこと嫌いなんすか?」

「え?」

「ルビーさん、ロードさんを見た瞬間どっか行っちゃいましたよ」


 ああそっか。そういえばロードはルビーとほとんど会っていないようなことをメモに書いてあったっけ。


「ロードはルビー王女からしたら怖い性格をしてるのかもね」

「確かに! ロードさんってナイトさんと違って表情から怖いですよねー!」

「うーん? 僕にはわからないけど」

「俺、詳しいことはわかんないんすけど、ロードさんって結構ルドさんとも仲いいっすよね! 確かナイトさん以外と関わってないはずでしたけど、ルドさんってロードさんとも面識会ったんすか?」

「えーと、それは」

「あとあと、もう一つ聞きたいことが増えました! ナイトさんってルビーさんの前だと呼び捨てなのに今はルビー王女なんすね? なんでです?」

「あ、それは」

「ルビーさんとナイトさんってどんな仲だったんですか! 幼馴染って言ってましたけど、昔から仲良かったんすか!」

「質問多くない⁉」


 答える前に質問を被せてくるルチルに圧倒されながら、僕はつい大きな声を出してしまった。

 ルチルとの距離感というか関わり方がよくわからない。

 僕は騎士の仕事を誇りを持ってやってきたから、ルチルみたいな騎士らしさをあまり感じない騎士を、少し受け入れていない自分がいる。


「すみませんナイトさん。俺、一番聞きたいことを聞けずにいました」

「一番、聞きたいこと?」

「……ナイトさんのお兄さん……スピネルさんについて、質問してもいいですか?」


 少しだけ声のトーンが落ちて、少しだけ話し方に落ち着きを持たせてルチルは言った。表情も真剣になっているのが一目でわかる。この話題は慎重に扱うべきだと、そういうルチルの想いが伝わってきた。空気を読めない人だと勝手に思い込んでいたけど、こういう誠実な姿を見て、彼の騎士らしさを感じた。


「全然いいよ。むしろ兄さんのことならずっと話していられるくらい!」


 嘘ではない。本当だ。

 僕は兄さんとの日々を一秒だって忘れたつもりはないし、兄さんとルビーと三人で遊んだり、勉強したり、特訓をしたりした時間は何よりもいい思い出だ。

 だから、辛い気持ちなんて何一つない。

 だけど話そうとすると、少しだけどこかがチクリと痛んだ。

 それは痛覚というより、虫刺されのような、気に留めるほどでもないものだけど、なんだかそれが逆に、悪いもののような気がした。

 本当はこの痛みを、本物の痛みとして背負うべきなのかもしれない。

 だけど僕はそれができなかった。


 兄を亡くしてから、僕の心は常に違和感がまとわりついている。


 兄を亡くしたことは悲しいことのはずなのに、僕はその実感が全くない。悲しんだことも、兄を亡くしたという事実を受け入れたことも、きっとない。

 だからいつもロードに怒られているんだ。ロードはきっと僕の異常に気付いている。だからこそ城を燃やしてまで僕をこの城から追い出そうとしたんだ。

 僕がここを出たのはちょっと前だけど、もう懐かしい気持ちになっていた。

 この城で育って、この国で一生いきていくつもりでいたから、自分が今全く別の人生を歩んでいるの思うと不思議な気持ちだ。


「あーえっと、ルチルって兄さんのこと知ってるんだね?」


 余計なことを考えてしまいそうになったので、ルチルに対して気になっていたことを聞く。


「もちろんです! 俺、スピネルさんには恩があるんで」

「え、恩? もしかして、騎士になった理由って……」

「はい! スピネルさんが働いていたところで働きたいと思ったんです!」


 そっか……ルチルは面識があったんだ。兄と。

 それもそうだ。兄は様々な人と関わってきて、様々な人を救ってきた誰よりも優しく、誰よりも人に寄り添える、エメラルド王国に生きる人々の、憧れの象徴だった。

 騎士の中の騎士だった。


「ナイトさんにとってスピネルさんって、どんな人だったんですか?」


 ルチルの質問に、僕は兄の顔を思い出しながら答える。


「優しくて強くてかっこいい、自慢の兄だったかな。剣術の特訓にも付き合ってくれてね、そのときは厳しかったから一時期兄が怖いと感じた時期もあったくらいだけど、誰よりも尊敬してて、今でも憧れてる人の一人だよ」


 兄は仕事や仕事以外で色々な人を救っていた。人助けをすることに生きがいを感じていたくらい、仕事に関係なくても常に毎日誰かを救うのが趣味のような人だった。怪我をした鳥を城に連れてきて、治るまで世話をしていたことだってある。

 ルチルのように兄に憧れる人はきっと僕だけじゃないのだろう。

 ルビーだって、最初は僕よりも兄のことを慕っていた。


「その言い方だと、他にもいるみたいな言い方っすね?」

「もう一人はもちろんジュリちゃん! ジュリちゃんは一目惚れなんだけど、どこか兄さんと似たような雰囲気を感じるんだ。強くてかっこよくて優しくて……それにかわいい! 色んな姿を見せてくれて、僕はそんなジュリちゃんが」

「わかったのでいったん落ち着いてください! 俺が聞いたのはスピネル兄さんのことなんで!」

「スピネル……兄さん?」


 まるで呼び慣れたように言うルチルに疑問を持っていると、慌てて口を塞いでから首を横に振った。


「あっ、えーとあの、口が滑りました! 違います! スピネルさんです!」

「…………」


 狼の大きな耳と尻尾がピンと立っている。どこか緊張を感じるその表情も合わさって、僕はある結論にたどり着く。


「ルチルって兄さんの知り合いだったんだね? ん~、しかも結構深い知り合い……兄さんの弟子だったとか?」

「なななななんでそうなるんすか⁉ エスパーっすか⁉」

「あはは! 反応が図星!」


 僕は少しだけ安心してしまった。

 きっとルチルは僕のことを心配してくれて、気遣ってくれたのだろう。兄さんの弟の僕を。

 ルチルは、騎士としては少し見直してほしいところが多いけど、人としてはすごく良い人だと思う。何しろあの兄さんの弟子なら、尚更信頼できる。


「ルチルにとって兄さんってどんな人だった?」

「え、俺っすか?」

「僕が答えたから、今度はルチルの番だよ」


 ルチルは兄を失った僕のことを心配してくれている。だけど僕は兄の死に対して悲しいとか、苦しいとか、そういう感情はなかった。だからどんなことでもいい。兄を知っている人から、兄の話を聞いてみたかった。

 そうしたら少しは、兄がいないこの世界を悲しく思えるのかもしれない。そう、希望を持って。


「そうっすね……。スピネルさんは俺の光でした。命の恩人でもあります。いつかスピネルさんのように強い騎士になって、スピネルさんのいる騎士団に入団したい。そんなことを本人の目の前で言ったくらい、あの人に憧れて……。そのあとスピネルさんが俺のところに訪れなくなったのは、俺の実力が足りないからだと思ってました。だからスピネルさんに認められるような強い騎士になろうと思って、一人でも特訓を続けてました。まさか亡くなっていたなんて、つい最近知ったんすよ」


 ルチルは小さく俯いた。少しだけ、声が震えている。

 だけど話すことは辞めず、ゆっくりと口を開く。


「スピネル兄さんは、俺にとっての道しるべで、いつかこの人の近くで人間らしく生きて、助けてもらった恩を今度は俺が返すんだって、本気で信じてて……。本当はこんな形で聖騎士になんてなりたくなかった。だけど、この場所は最高の聖騎士だったスピネル兄さんを知る誰かが守るべきだって、思って、聖騎士不在だと聞いてすぐに駆け付けました。そこで、スピネル兄さんには弟がいたことを知って……ちょっと、羨ましかったです。ナイトさんのこと」

「…………」


 ルチルは言いながら、涙を流していた。無理に笑っているようにも思える。きっとルチルの中には兄を亡くしたことへの悲しさとか悔しさがちゃんとあるんだ。


「あーもうダメっすね! こんなめそめそしてたらスピネル兄さんどころか、ナイトさんにも追いつけないっすよ!」

「……ルチルは、僕よりも聖騎士の、兄さんの後を継ぐ存在だと思うよ」

「え? いやいや、なんでっすか⁉ まあ俺は確かに全てにおいて完璧っすけど、完璧に努力してきましたけど! ナイトさんのような聖騎士になれたかと言われれば全然ですし、スピネル兄さんなんてもっともっと上っすよ!」

「あれ? 自分に自信はあるのに、スピネル兄さんのことになると随分と消極的だね。まあ、僕もわかるかもしれないけど、少なくとも僕よりはずっと良い聖騎士になれると思う。自信もっていいよ!」


 ルチルは半分ビーストだ。人間が優遇されているこの国のことだ。きっと城のみんなから酷いことをされてもいるだろう。だけどそんなの感じさせないくらい、聖騎士として頑張っている。

 ルチルを認められないなんて、嘘だ。

 僕は自分の場所から離れたくなかっただけなんだ。

 だけど今は、自信を持って離れていける。この聖騎士という場所を、ルチル以外に預けられないくらい、もうルチルしかいないと思っている自分がいる。


 ルチルともっと早く知り合っていたら、きっと良い友達になれていたと思う。


「兄さん、教えてくれたってよかったのに。酷いなー」

「え、何がっすか?」

「そうだ。リベンジ行こうよ。ロードが無理だって言うなら、尚更燃えてきた! 僕は絶対ルド様メラル様を説得する!」

「あ、そうでしたね。説得、俺も一緒に頑張ります!」

「じゃあ、どっちが説得に成功させることができるか競争する? ライバル二号!」

「ライバル二号ってなんすか⁉ 一号は?」


 僕はルチルの腕を引っ張って、廊下へ駆け出した。ルチルを見ると、さっきの涙はいつの間にか消えていて、僕の行動に困惑しながらも、愛くるしく笑っていた。


 友達……今からでも遅くないかな?

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水晶は輝く ~二つの世界の俺を救うために~ ぐみねこ @gumineko

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