トリに導かれて

にゃべ♪

夢の中に現れたトリは――

 ある日、俺は夢を見ていた。謎のきぐるみのようなトリが俺の前に現れたのだ。そのフクロウのようなそうでもないようなけったいな造形に、俺はすぐにこれが夢だと分かった。久しぶりに見る明晰夢に妙に興奮していたのを覚えている。

 トリは俺を見るなり何か言葉をつぶやいていた。最初は中々聞き取れなかったが、よく聞くとどうやらそれは日本語のようだ。


「カクヨムにおいでよ」


 意味が分からない。カクヨムって何だ?


「楽しいからカクヨムにおいでよ」


 トリによればカクヨムって言うのは楽しいところらしい。もしかしてテーマパークか何かなのか?


「楽しい仲間がたくさん出来るからカクヨムにおいでよ」


 仲間? 突然怪しくなったな。ネットワークビジネスとかそんな類か? 俺は眉に唾をつける。


「無料で小説が書けるし読めるカクヨムにおいでよ」


 小説だって? 何故俺の趣味を――。




 そこで俺は夢から目が覚めた。その夢が気になった俺は早速この夢に出てきた言葉をネットの海から拾い出す。そこから見つかったのは超巨大企業KADOKAWAの極秘プロジェクトと言うものだった。これは、扱いを間違いるとヤバイ――。この時、俺の直感がそう叫んでいた。


 当時の俺はとある有名な小説のコミュニティに参加していた。そこでの日々は最初に夢見ていたものと違ってとても淋しいもので、もっと別の場所があるのではないかと数日前から違う道を模索し始めていたのだ。

 夢で見た謎のトリとそいつが発したカクヨムと言う言葉に俺はいつしか囚われていく――。



 次の日もまた夢を見た。まるで当然のようにまたそこにトリがいた。


「日々がつまらないならカクヨムにおいでよ」


 ヤツはまたしても俺をカクヨムに誘う。辛抱たまらなくなった俺は叫んだ。


「カクヨムって何なんだ!」

「小説好きが集まって楽しく小説で盛り上がれるところさ。だからカクヨムにおいでよ」


 トリはそう言ってまるで誘導するように飛んでいく。今の場所に不満を覚えていた俺はその誘いに乗ってやろうとトリを追いかけた。そうして気がつくと、そこは小説好きが集まる見た事のない新しい場所だった。

 俺は起きている間に調べていた極秘プロジェクトの事を思い出す。


「まさか? まさかここが?」




 そこで俺は目が覚めた。そうして自分の目が映すものが昨夜までと違う事に気がついた。


「知らない……天井……」


 ゆっくりと起き上がった俺はその部屋の窓から外の景色を眺める。昨日までと違うその景色に俺は全てを理解した。


「そうか、俺、転生したのか……」


 ラノベ界で転生や転移は日常茶飯事だ。どうやら俺は夢の中でトリに導かれて新たな新天地に来てしまったらしい。


「はは、さしずめカクヨム転生だな」


 俺はそうつぶやくと確認のために外に出た。周りの住民に聞くと、やはりここはカクヨムらしい。しかも俺のようにトリに導かれた者も少なくないようだ。

 俺はこの世界をしっかり認識するために歩き回った。カクヨムは以前俺がいた世界と似ているものの所々違っていて、そこに馴染めるかどうかで印象が変わってくる。

 俺と同じ世界から転生した者の中には、結局この世界に馴染めずに元の世界に戻る者も多かった。


 そこで俺はと言うと、以前の世界に馴染めなかった事もあって、このカクヨムの方が性に合っていると感じていた。



 カクヨムは俺達に住む場所と適切なサービスを提供してくれた。俺達は代わりに良質な小説を提供する。小説を書けない者は書かれた小説を読むだけでも良かった。

 あまりに俺達側の方が優遇されていて申し訳ない気持ちになるものの、それでちょうど釣り合いが取れていると言う。まるで夢のようだ。




 カクヨムに来てからの俺の日々は小説を書きながら他の住人の小説を読む、その繰り返しだった。俺の小説はあまり読まれないものの、俺のレビューした話が人気になると嬉しかった。だからどんどん読んでどんどん応援する。するとどんどん作品が書籍化されていった。作品が有名になる度にカクヨムは賑やかになっていく。

 気がつくと俺がカクヨムに導かれてから2年の月日が経っていた。



「ね、ちゃんと楽しくなったでしょ」


 あの夢以来現れていなかったトリが突然俺の目の前に現れた。俺は驚いて声を上げる。


「おまっ、トリっ!」

「にひひ。びっくりした?」

「お前、何者なんだ!」


 ずっと溜め込んでいた想いをここでついに吐き出した。見た目がマスコットキャラっぽいのに俺はまだこいつの名前すら知らない。カクヨムに来て色んな人に聞いても、色んな資料にあたっても、このトリに対してほとんど何も掴めなかった。

 トリは俺の叫びにいたずらっぽく笑う。


「ボクの事を知りたいの?」

「ああ、知りたいね……」

「じゃあボクを捕まえてごらんよ。それが出来たら教えてあげる」


 トリは俺を挑発すると、最初に導いた時のように飛び始めた。からかわれていると感じた俺はすぐにトリを追いかける。何度も手が届くところまで追いつくものの、すぐにトリはひらりとかわして俺に捕まえさせない。


「くそっ! 待ちやがれっ!」

「あんまり上ばっかり見てると足元が疎かになるよ」

「何を……ああっ!」


 俺はトリばかりを見ていたせいで足元の小さなくぼみ気付かず、思いっきりつんのめる。そうしてその場にいたうしに思いっきりぶつかった。


「ふんもおおおおおお!」


 俺は興奮したうしに追いかけられてトリを見失ってしまう。その後、うしは飼い主のメガネブスになだめられて何とか俺は助かった。

 でもどうしてあんなところにうしがいたんだろう。まぁいいか。




 小説をいくら書いても受けなかった俺は何となくエッセイを書き始めた。小説に費やす労力の数分の1で書けるエッセイはいい暇潰しになる。

 気晴らしに始めたエッセイだったのに段々と俺の書いた文章を読む人が現れ始め、気がつくと創作小説よりもエッセイの方が人気になってしまった。


「分かる分かる!」

「私の場合はこうかなー」

「よくぞこのテーマを取り上げてくれた!」


 応援やコメントが次々と届き俺は困惑する。最初に書いていた小説が受けなかった事もあって、自作がここまで受ける事が信じられなかったのだ。これが人気作家の見る景色なのかと人気作の100分の1程度の人気の癖に何か悟ったような気にもなった。



「さて、エッセイのネタを探しにネットの海を漂いますか~」


 エッセイが人気になったので、段々エッセイのネタ探しに使う時間の方が長くなっていく。気晴らしのはずがメインになってしまったのだ。みんなは俺にエッセイのネタを求めている。それに答えなくちゃと創作がどんどん疎かになっていった。

 俺はエッセイを書くためにカクヨムに来たんだろうか。


 ――いや、違う! 違うはずだ!


 俺は荷物をまとめて入念に準備する。全てはあのトリから始まった。トリを捕まえればきっと何かが変わる! 俺はそう決め込んでトリを探す旅に出た。

 小説が受けないのはきっと何か壁があるはずだ。トリが捕まえられなかったのもきっとその壁が原因だ。壁を乗り越えられたならきっとトリも捕まえられる。つまり、トリを捕まえられたならきっとこの壁も乗り越えられる! 謎理論だけれど、今はその考えに縋った。


 俺はトリを探してカクヨム内を駆けずり回る。異世界ファンタジー、現代ファンタジー、SF、恋愛、ラブコメ、現代ドラマ、ホラー、ミステリー、エッセイ・ノンフィクション、歴史・時代・伝奇、創作論・評論、詩・童話・その他――各カテゴリをくまなく探す日々は続いた。

 けれど手がかりは何ひとつ見つからず、捜索の旅は混迷を極めていく。



 最後に辿り着いたのは巨大な運営タワーだった。この建物の中でカクヨムの全てが管理されている。天まで伸びるかと言わんばかりの大きな建物のその頂は雲を突き抜け、肉眼では確認する事も出来ない。確かにここならばあのトリがいても何の不思議もないだろう。

 考えてみれば、あんなにしつこくカクヨムに誘っていたのも運営が関わっていたとしたなら納得だ。


 ただ、この運営タワーに入るには厳重なチェックをパスする事が必要で、書籍化作家でもない俺は簡単に中に入る事が出来ない。一体どうすればいいんだ。

 正攻法が無理なら何か裏技を駆使するしかない。俺は物陰に隠れながら運営タワーをじっくりと観察した。

 すると、ちょうどそこでタイミング良く入口のドアが開く。どうやら誰かがタワーから出てきたようだ。俺は今がチャンスとばかりに駆け出した。


「ふんもおおおおおお!」


 タワーから出てきたのはまたしてもうしだった。俺はぶつからないように華麗に避けたつもりだったのに、興奮したうしがぶつかってきてあっけなく宙を舞った。

 周りが混乱する中、どさくさに紛れて何とか俺は運営タワーへの侵入に成功する。うしにぶつけられた背中をさすりながらタワー内を探していると、背後からうしの気配が迫ってきた。あいつ、まだ怒ってるのかよ!


 俺は一旦捜索を諦めて、迫ってくるうしから逃げようと全力でダッシュする。どれだけ逃げてもフェイントを掛けてもうしは俺を追いかけるのを諦めようとはしなかった。こんな時にこのうしの飼い主のメガネブスはどこに行ってしまったんだ。


「ふもふもふんも、ふんもおおおおおお!」


 うしの体力と俺の体力、どちらがタフかは言うまでもないだろう。あちこち無駄に走り回った俺はすっかりヘトヘトになっていた。


「こっちだよ! 早く!」


 疲れ果てて廊下に倒れ込んでいた俺を呼ぶ声に顔を上げると、ある部屋のドアが開いていた。これで助かったと、俺はその部屋に向かって最後の体力を振り絞って転がり込む。

 次の瞬間、すぐに閉まったドアに体当りするうしのドオン! と言う衝撃音が室内にしばらくの間響き渡った。


「危なかったね」


 そう俺に話しかけたこの部屋の主こそが、ずっと探し求めていたトリだった。


「やっぱりここにいたのか」

「ようこそ、カクヨム運営へ」

「まさか、お前は……」


 俺はそこでトリの正体に気付いたものの、体力を使い果たして意識を失ってしまった――。




「ここは……」


 気がつくと俺は自分の部屋で横になっていた。しかも何か大事な事に気付いたはずなのに、頭に靄がかかっているようで何も思い出せない。側にあったパソコンのディスプレイにはカクヨムからのお知らせのページが表示されている。

 それはカクヨム2周年記念キャンペーンのページだった。


 https://kakuyomu.jp/special/entry/2nd_anniversary


「あ、まだ間に合うな。応募しようかな」


 俺はマウスを動かして応募バナーをクリックする。



 カクヨム2周年おめでとうございます。



(おしまい)

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トリに導かれて にゃべ♪ @nyabech2016

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