雑音さえもクリスマスキャロルに聞こえる時間
音水薫
第1話
ぽつぽつ雨が降っている。
これから雪に変わるのだろうか。冷たくなった手をこすり合わせ、自分の息で温める。何度この動作は繰り返したことか。
駅の改装工事の音が鳴りやまない冬の夜六時より二分前。もたれかかった柱から伝わる振動は、電車のものなのか工事のものなのか定かではないけれど、彼を待つ私の高鳴る胸と相まって、息苦しいが心地いい。
あなたに温めて欲しくて、手袋も着けずに待ってたの。第一声はこれにしよう。頭の中で何度も練習する。
彼を待っているとはいえ、別段約束してのことではない。朝とは真逆の天気に、傘が無くて困っているのではと心配になった私が勝手に待っているだけなのだが、雨の音に呼ばれて来たなどと言えば、少しはロマンチックだろうか。雪ならなおよかったが、さすがにそこまで求めるのは贅沢か。
彼と出会ったのは一年も前のことなのだけれど、社会人である彼と会うには夜しか時間が無い。同級生がしているようなランチやショッピングなどのデートがしたくないわけではないのだけれど、あまり我がままを言って困らせたくないという、奥ゆかしい気持の方が勝ってしまう。昨日もデートをしたばかりなのに、連日会うのはうっとおしいだろうか。
夜六時になった。工事の音はぴたりと止み、それを合図にしたかのように、改札口から彼が出てきた。お父さんの使っている大きめの傘を、小柄な私が差している姿はよほど浮いていたのだろう。声を掛ける前に、彼のほうから駆け寄ってきてくれた。
「こんなところでどうしたの?」
待っている間、ずっと反芻していたせりふを口に出そうとしたけれど、寒くてうまく話せない。しかたなく、傘を掲げて見せる。
「僕のために傘を持ってきてくれたんだ」
何度も首を縦に振る。微笑む彼は私から傘を取り、相合傘をしながら手をつなぐ。
「冷たいね。いつから待ってたの?」
その問いかけにもやはり答えることのできない私は、空いた手で少しだけだということを示す。
「そっか。ありがとう」
そのことばだけで、頬がゆるむ。これならすぐに話すこともできるようになるのだろうけど、今度は別の理由でうまく話せなくなりそうだ。
握った手をコートのポケットに入れて温める。
「こういうときは僕のポケットを使うものじゃないかな」
背の低い私に手を引かれ、中腰を強要された彼は笑いながら言う。
「私のポケットの方が温かいですから」
少し拗ねたような口調の私を、愛おしそうに眺める視線が恥ずかしくてそっぽを向いた。
「昨日あげたイヤリング、つけてくれたんだね」
ライスシャワーのように降る雨が、傘にぶつかって音を出す。それが私たちを祝福しているように聞こえる今日はクリスマス。
雑音さえもクリスマスキャロルに聞こえる時間 音水薫 @k-otomiju
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