5-2:GUF爆発

「久しぶりだな、小僧」

「……お前は」


 経に声をかけた女性、イシャーナのさらに後方から姿を現したのは、中荷だ。ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、楽しそうな声で経を呼ぶ。


「誰だ?」

「……。忘れんなよ!」

「ああ。カバン漁りまくってた刑事さんか」


 経は中荷のことをしっかりと覚えていた。すぐさま噛み付いてきた中荷に、性格も作っていたわけではなさそうだと当たりをつけて、どう逃げようかと考える。


「……なあ須賀志。先輩から鬼電やばい」

「まじか、じゃあ行くか」

「この人らはいいん?」


 ポケットで振動し続けるスマートフォンを手に取った瀬我が、おずおずと声を出した。その電話を撮る勇気は瀬我にはないようで、未だ震え続けるスマートフォンを見つめて眉間にシワを寄せている。


「別に文化祭が終わったあとでも構わない。時間をもらえないかしら?」

「……それなら」


 中荷と違い、淡々と冷静に。落ち着いた口調で話すイシャーナに、経は文化祭を壊されるよりはましかと小さく頷いた。

 イシャーナはもとよりこの場で騒ぎを起こすつもりはなかった。食ってかかって行ってしまった中荷が想定外だったのだ。だが、このまま行けば話を聞いてもらうことはできると安心したのもつかの間。


「小僧、お前の力を俺たちシヴァ神の——」

「ちょ、サドっ!」


 またも予想外。中荷が経を指差し、声高らかに自分たちが所属する組織の名前を言ったのだ。最初の大声で集まってしまった人々がはけた矢先に、再びその言動で人を集め始めてしまった。


「須賀志——あいつら」


 先輩の元に足を踏み出そうといた瀬我も、不安そうに経に声をかける。


——このままではまずい。


 そう思った経は、汗を書いてしまった手のひらをズボンで拭って、緊張を、恥ずかしさを押さえ込むように大きく息を吸い込んだ。


「お前らなんかに、俺の力は渡さない!」

「すが——」


 突然叫んだ経に、瀬我がどうしたのかと名を呼ぼうとした。だが、そこで名前を呼ばれてしまっては水の泡だと、経は左手で軽く瀬我を制す。疑問符を浮かべつつそれでも止まってくれた瀬我に心の中でお礼を言って、経は再び口を開く。


「この力は悪行に使うためにあるわけではない。貴様らのようなものを、ただしき道に導くためにあるものだ」

「貴様っ!」


 腹に力を込め、廊下に響き渡る経の声。低すぎず、高すぎない。鋭さのない、優しく丸い青年の声。はっきりと聞き取れる言葉に、廊下にいる人たちは興味を惹かれさらに集まってくる。

 反抗しているように見える中荷は噛みつくが、イシャーナは経に何かしらの目的があることに気づき動かない。


「いつでも相手をしよう。俺は決して屈しない——」


 飛びかかって来そうな中荷を見つめ、経はパッキング・ユニットから一つのGFUを取り外した。素早く指輪の安全装置も外し、いつでも割れる黒いそれを握りしめる。


「走るぞ、瀬我」

「は?」

「力づくで連れて行ってやる!」

「サド、いい加減に——」


 飛びかかって来た中荷を避けて、瀬我に声をかけると走り出す。同時に、中荷を止めるために近づいてきたイシャーナのそばに寄り、指輪のスイッチを押して黒のGFUを割った。


「太陽の勇者と破壊神。ミュージカルは第一体育館で行います。どうぞご覧くださーい」


 黒い靄が、経を中心に半径2メートルの範囲を埋め尽くす。付け加えるように宣伝をして、瀬我と二人で廊下を走り出した。


「ずいぶん本格的な宣伝だな」

「煙幕? こんなものも作れるのねー」


 ロボットを作ってしまうような高校生がいる学校。だからこそ、煙幕ごときで一般客が悲鳴をあげることはなかった。


「宣伝につなげるとはなー。俺にゃ恥ずかしくてできないわ」

「俺だってしたくなかったわ!」


 瀬我は途中から、経のセリフがミュージカルのそれと一致することに気が付いた。なので止めることなく、静かに成り行きを見守っていたのだ。


「で、あいつら誰なのさ?」

「俺もよく知らねーんだけど……一人は取り調べのとき同席してた刑事だったよ」


 刑事は仮の姿だと予想はしているが、流石にそれを瀬我に説明することはできない。そして、刑事としての中荷を知っていることも事実。


「え? 話聞かなくて良かったん?」


 刑事なのに。と呟く瀬我に、経は小さく苦笑した。


「女の人の方に待ち合わせ場所伝えたから、大丈夫だろ」


——十八時、校舎裏で


 黒い靄の中、はっきりと返事を聞くことはできなかったが、聞こえていなければそれならそれで構わない。そう経は思っていた。楽観的な経の言葉に瀬我は不思議そうに首を傾げたが、彼らに関してはそれ以上深く聞いてくることはなかった。


「そういやさ、須賀志」

「んー?」


 校舎から離れ、体育館への道を走る。

 ミュージカル開演前で、なんの出し物もやっていないこの廊下。人はほぼおらず、走っていても咎められることはない。

 走りながら経を呼んだ瀬我は、先ほどから一番気になっていたもう一つの質問を投げつけた。


「さっきの煙幕、どうやったん?」

「……何も、聞かないでくれ」


 無知は罪なり——なんてそこまで言うつもりはない。だが、今すでに恥ずかしくて死にそうな経の心を、何も知らない瀬我の言葉が深く抉ったのは、紛れもない事実だ。

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すかしっぺ・ヒーロー 緋雨 @Ame0126

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