妖怪ウォッチじゃないよ、記憶ウォッチだよ

ちびまるフォイ

こんな小説…書いた覚えないよ!!

実家を整理していると古い腕時計を見つけた。


「なんだこれ? 時間わからないぞ」


ストップウォッチ機能しかない。

ボタンはスタートと、ストップ、そしてデリートの3つ。


スタートボタンを押すと、タイマーが動き出した。


「ねぇ、なにやってるの?」


「母さん。ちょっと部屋を整理してたんだ」


「そうなの。まぁこの部屋使わなかったし物置にしてるわねぇ」


ふと、タイマー作動させたままだったのでストップし、結果をデリートした。


「……ねぇ、なにやってるの?」


「だから、さっきも部屋を整理してるって言ったじゃん!」


「聞いてないわよ。どうして怒るの」

「え?」


タイムリープでもしたのかと思ったが、ちゃんと時間は進んでいる。

思い当たることを試すべく、母親を引き留めた。


「母さん、父さんのこと話してくれる?」


「いいわよ。あなたのお父さんはすごくたくましくてムダが嫌いなの。

 いちいち自分の行動をストップウォッチで計測するくらいなのよ」


「へぇ」


「デートのときも時間を測ったりで、もう大変。

サトシを妊娠したときにも記念にお揃いの時計を買うほどだもの」


「びょ、病的だよ……遺伝して無くてよかった」


と、ここまで母さんに話したところで、ストップしてデリートする。


「母さん、父さんのことが聞きたいな」


「いいわよ、あなたのお父さんは――」


やっぱりだ。予想は的中した。

このストップウォッチはスタートして止めたところの記憶を消す。


テレビでは天気予報のお姉さんが慌てていた。


『あ、あの、私はどこまで話していたのでしょう?』


それを見る限り、影響範囲は少なくともかなり広い。

母さんだけの記憶を消すくらいのしょぼいものじゃない。


「これは……使えるかもしれない!」


さっそく近くのコンビニに入る前にストップウォッチを押す。

お菓子を手に取り、そのまま出口へいって記憶をリセットすれば――。


「しまった! あれがあったか!」


監視カメラに気が付いた。

記憶は消せても、記録は残ってしまう。


普通にお金を払って出ることにした。

万引きしても大丈夫かと思ったけど、そんなことはなかった。


「いや待てよ……これ、ほかにも使えるぞ!」


翌日の学力テストの日、俺はその腕時計をつけていった。

クラスメートからは古臭いと馬鹿にされたが気にしない。


「では、テスト開始!!」


ストップウォッチのスイッチを入れる。

そして、堂々とカンニングをして答えを映す。


「おい!! なにやってる!」


先生は大声を出したので、すぐに記憶リセット。

全員がカンニング部分の記憶が飛んで、静かなテストの状況になる。


「ふふふ、これはいいや。カンニングし放題だ」


時間が巻き戻るわけじゃないので全部答えを覚える必要はない。

ちょいちょいカンニングして、カンニング部分の記憶を消せばいい。


「テスト終了!!」


採点結果が出るころには、俺の成績のジャンプアップにみんな驚いた。


「すげーな、どんな勉強したんだよ」

「教えてくれよ。どんななにしたんだ?」


「ああ、教えてやる。実はこの時計は記憶を飛ばせるんだ。

 それでカンニングしまくって、その記憶だけを消した」


言った瞬間、実演してみせた。

全員の記憶から俺のネタバラシ部分が削除される。


「なあ、教えてくれって」

「どんな勉強したんだよ」


「あははは、また今度な」


最高にいい気分。


学校帰りには監視カメラのない駄菓子屋によって万引きし、

その部分の記憶を消しておく。


「まったく、最高だぜ!!」


家に帰ると、青ざめた顔の母親が食い入るようにテレビを見ていた。


「母さん、どうしたの?」


「これ見てよ。物騒ねぇ」


テレビでは最近頻発している交通事故の情報だった。

交差点では車が正面衝突し、電車の運転手は停車駅を通過したり。


さらには国会中継でも


『ちゃんとこの書類にはハンコ押してるじゃないですか!』


『記憶にないんだ! それはなにかの間違いなんだ!!』


泥仕合のような口論が続けられている。

原因はすぐにわかった。


「みんな……記憶が飛んでるんだ……!」


"赤信号を見た"という部分の記憶が消されれば、交差点を突っ込む。

"次が停車駅だ"という記憶が抜ければ、停車駅を飛ばす。


俺がカンニングだの万引きだので記憶を消したその瞬間、

別の場所では記憶が飛んだことで問題が起きている。


こんな大ごとになるなんて思わなかった。


「こんなことって……」


テレビで子連れの親子が事故で死んだニュースがされていた。

運転手はしきりに「記憶がなかった」を繰り返していた。


俺は怖くなって腕時計を外した。


「もう使うのはやめよう!! 絶対に!!」


物置にしまって二度と使わないと心に誓った。

それから数日後。


再び物置を開けるとあの時計がなくなっていた。


「ない! ないない!! いったいどこに!?」


物置の整理具合から察すると、母さんが片付けてしまったのだろう。

もし、間違ってあの時計が誰かの手に渡ったら。


俺自身、いつの間にか大事な記憶が消されているかもしれない。


その日からスマホは手放せなくなった。


「なぁ、お前いっつもスマホ電源つけてるよな」


「ああ、バッテリーは5つもってる」


「そんなにずっとキープしてなにやってんの?」


「ほっとけ」


スマホの動画機能をずっと起動させつづけていると、

バッテリーが信じられないほど早くなくなっていく。


それでも、自分の記憶がいつどこで消されているかわからないので

記憶のバックアップ用にスマホはぜったいに手放せない。


「今日の帰りさ、ボウリングいかね?」

「いかない」


「じゃ、マックは?」

「いかない」


「ノリ悪っ。何がお前をそうさせるんだよ」


「記憶だよ」


遊んでいるヒマなどない。


こんな録画生活も長く続けられるのは無理がある。

早く紛失した腕時計を見つけなければならない。


学校が終わって一目散に帰ろうと思ったとき。


「え!? うそだろ!?」


質屋のディスプレイに探していたあの時計を見つけた。

慌てて店主のおじいさんにかけよった。


「おじ、おじいさん!! あの時計は!?」


「ああ、ちょっと前にホームレスが持って来たんじゃよ。

 なんでもゴミ箱で拾ったとかなんとか。

 でも、腕時計はもう1つ持っているからいらないって――」


「買います!! あの時計買います!!」


言葉をさえぎって慌てて腕時計を買い戻した。

記憶を失わせる優越感よりも、誰かの手に渡る恐怖が勝っていた。


「はぁ、これで録画してちゃんと覚えているかの録画生活も終了だ。

 こうして腕時計さえ戻れば……ん?」


ディスプレイは壊れていた。

これでは今なにを表示しているのかわからない。


ぞわ、と背中に寒気がした。


「これ、まさかスタートされてないよな……?」


ディスプレイが壊れているのでわからない。

でも、もし誰かがスタート押していたら、どこからどこまでの記憶が消えるのか。


まずは、すぐに「ストップ」のボタンを押した。

これ以上は消される記憶の範囲が広がることはない。


「ど、どうしよう……」


もし、スタートしている状態だったら「デリート」を押すだけで記憶が飛ぶ。

どこからどこまでの記憶が飛ぶのかわからない。


このまま放置すれば記憶は飛ぶことはない。

でも何かの拍子にスイッチが入ったり、自動デリートされたら。


「ああもう!! ダメだ! 消すしかない!!!」


いつどこで記憶が飛んでいるのかわからないよりは、

今この瞬間に記憶が飛んだとわかっている方がずっといい。


スマホのレコーダーを起動する。


「俺の名前は○○△△。17歳。

 この腕時計はストップした時間までの記憶を消す」


自分の状況から何から何まですべて吹き込んだ。

これで仮に記憶が消えたとしても把握できるはずだ。


「よし……やるぞ」


指をボタンに乗せた。





デリート。





「……あれ?」


記憶は消えていなかった。

一応、念のためデリートをもう一度押してみる。記憶は残っている。


所持している人間には腕時計の効果がないのか。

はたまた、腕時計は壊れて機能していなかったのか。

実は最初から「スタート」のボタンは押してなかったのか。


いづれにせよ、俺は自分の記憶を欠けることなく存在できた。


「はぁ、よかった……。こんな危ない時計はちゃんと保管しておこう」


安心して家に帰ると、青ざめた顔の母親が立っていた。


「どうしたの母さん? なにかあった?」


「あなた誰!? いったいどうやって入ってきたの!?

 それにその時計、正博さんの時計じゃない!

 正博さん! 泥棒よーー!! お揃いの時計の片方を持ってるわーー!!」


母親は俺が生まれる前に事故死した父の名前をずっと叫んでいた。




父は事故に遭う前、腕時計を見ていたらしい。


きっとそのときにスタートボタンを1度押したままだった。

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