一年目②嵐の前の静けさ


 その日、嶺輔は地主から街に品出しと買い出しに出てほしいと頼まれ街に出掛けていた。


 街に買い出しと言っても街の店に馬車で畑や牧場で採れた野菜や乳製品を持って行く。この時に店は買い取った品物の料金は払わず台帳に記載され数か月に一度の集金で地主が出向いて料金を徴収する。


 流石に下働きに料金徴収は地主もさせなかった。どんな人でも幾らかの纏まった金を手にすると性格が変わってしまう。彼はそれを身を持って体験していた。


 さて話を戻し、彼は街の店に品出しを日常消耗品の補充を済ませた。こんなものは街に着いて二時間程で終わってしまう。


 これからの時間は地主からも何も指示されておらず、さりとて何かをしなければならない時間でも無い。完全に自由な時間。


 直ぐ様買った品物を持って帰って他の下働き仲間と共に農作業に従事しても良い。街の中を物色しても良し、なんなら帰り道の野原で寝ていても良いのだ。


 要するにこれは地主が下働き達に与えている一種のご褒美なのだ。下働き達は二ヶ月に一度の休み以外に時々こう言った休みを貰えるのだ会社や学校風に言えば半ドン。


 休みを貰えるというなら有り難く頂戴するのが常人の考えだろう。その例に漏れず、彼も帰り道にある木陰で一眠りしていた。


 青々と生い茂る野原に最近は肌身離さず持ってるショートソードを置くと自らも寝転がる。


 上を見上げると木漏れ日が、横を見れば平原の緑と空の青に所々にポツンと浮かぶ白い雲。耳をすませば何処からか鳥のさえずりが聴こえ時折清々しい風が吹く。正に絶好の昼寝日よりと言えよう。


 だから彼が野原に寝転がって直ぐにウトウトし始めたのも無理もない話。しかしながらその時間は短く日々の疲れからか彼は直ぐに意識を手放したのだった。



 夢を見た



 それは懐かしい夢だった。昔よく遊んでいた公園、通っていた高校、懐かしい顔触れの級友達、生まれた頃から住んでいた家に父や母の顔。良く夕食に出してくれたハンバーグ……本当に懐かしかった。


 もう帰れないと漠然に思っていた。だがもうそこに手が届きそうな距離にソレはある。


 帰りたい……!


 彼は強くそう思い彼が手を伸ばそうとして……彼は目が覚めた。


「……夢?」


 彼は起き上がると周りを見渡した。其処にはいつもの道理に平原が続いているのみだ。


 強張った筋肉を伸ばしていると……ふと頬を伝う水滴に気付いた。彼はそれを指で拭いマジマジとそれを見た。


「まだ里心があったんだなぁ」


 そう自傷気味に苦笑いしながら呟くとそれを服で拭った。そろそろ帰らなければならない日は既に頂点を過ぎていた。流石に日が落ちる前に帰らなければ地主も怒るだろうと思い。彼は馬車を走らせた。


 異変に気付いたのはもうそろそろ集落が見えてこようとしている時だった。何時もよりもやけに静かなのだ。この時間ならば、よく鳥やら野獣の鳴き声が聴こえてくるものなのだが、全くしない。こんな事は彼が此処に来てから一度も無かった。



 そしてだ……一つポツンと黒煙が上がるのを彼は見たそれは彼が進む道の先、彼が住む方からだった。



 それを見て彼は理解した……いや理解してしまった。彼処は誰かに襲われていると。


 少し前に地主が言ってたのだ。最近盗賊が増えている。なんでも10日程歩いた先にある村が全滅していたと。


 そしてこうとも言っていた盗賊にしては装備が良すぎるとも。



どうしよう。



 それは率直な思いだった。自ら鉄火場に入る?そんなことをすれば必ず己は死ぬのは火を見るより明らかだ。


 このまま逃げるのはどうだろう?大恩を受けたのを忘れこのまま逃げる。知るものは全員死ぬし荷車と馬はある。これを売ればいくらかの金になるだろう。


 だが……


 彼はチラリと横を見る。そこには鞘に納められてたショートソードが鎮座している。


「……良し!」


 彼の心は決まった。馬に鞭を加え走らせる。


 黒煙立ち上る地主達の村へ……!

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ナイト=オブ=スレイブ 神無月 @kannazuki_iku

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