一年目①幸運だった


 ある列があった。列に居る者達は足を鎖で繋がれ両手を手枷によって繋がれていおり、足の鎖はその者達と繋がっているのだ。


 そこに居る者達は様々だ。しかしその者達全員が何かしらの致命傷ではないが傷を負っており、その衣服はボロボロであると言う共通点がある。


 白や黒と言った肌を持つ者や銀や銀、中には翡翠の様な髪を持つ者も居る。人間が居れば獣の様な耳や尻尾が生えている者も居るし、羽が生えている者も居る。


 その列には男女など関係無い。男の前に女がいて、女の前に男がいるある種の平等だ。全ての者が平等で全ての者が平等に……価値がない。


 列の隣には、やけに身形の良い馬に乗る男が一人とその他、剣やら鉈やら槍等を持っている男達がいた。その者達の顔には嫌に醜悪な笑みを張り付け此方を見ている。侮蔑するかの様に品物を見るかの様に。


 鎖に繋がれた者達の足取りは重い。当たり前と言ったら当たり前だ。己が先に待っている真実を知っている者なら足取りも重くなろう。その先にあるのは長く苦しい地獄の様な……いや人によっては地獄よりも酷い光景が待っているたがら。


 そんなある時だノロノロとしたその列の歩みに嫌気がさした身形の良い男が部下であろう男達に、何かを言ったと思うと……列に向かって鞭を振るった。


 全員にと言うわけでは無い無差別に数人、鞭に打たれた。焼けるような傷みと共に肌が裂け値が流れる。男達は笑っていた。


 列の人間達は震え鞭に打たれた者を立たせると足を進める、進むしかないのだ。進む先にしか生は無い、たとえ進んだとしても、先に死ししかないとしても進むしかないのだ。ほんの少しの、路傍に生える名も無き小さな白き花ほどの希望に縋って……


 そんな絶望の行進の中に、ある男が居た。まだ十代後半だろう幼さが精悍な顔付きに変わる位な年頃。黒髪の黒目背は男女合わせた平均よりも少し大きい位だろう……その目には希望も何も無かった。


 その者の名は御母衣嶺輔。彼は俗に言われる異世界人であり……そして彼は望んでここに来た訳でも望んでこの列に居るわけでも無い。


 では何故彼が此処に居るか……それは少し過去を話さなければならない。
















 まず、異世界に来て問題になるのは複数存在する。金銭だったり、食料、言語もそうだ。文化の違いも上げられるだろう。


 そして御母衣嶺輔が直面した問題は金銭だった。先立つ物がなければ何もできない。それは異世界でも同じだった。


 彼は幸いな事にとある国の地方都市からのスタートだった。なら直ぐに仕事が見つかるだろうって?そんなにこの世界は甘くは無い。


 いきなり来た余所者。しかも異邦人となれば街の住民達も避けるのは当たり前と言うものだろう。中々仕事も見つからず、先立つ物がなければ宿も取れず何日もひもじい思いをしたのだった。


 そしてやっとの思いである仕事を見つけることが出来たのだ。その仕事と言うのが……


「そろそろ木の根が抜けそうだ。リョウスケ!もうひと踏ん張りだ!それが終わったら昼飯だぞ!!」


「はい旦那!じゃあ木の根押しますよ!」


 ……とある農家の下働きだった。地方都市から歩いて半日、馬車で四時間程離れた所にある集落。その地主が彼を雇ってくれたのだ。


 その時の彼は数日ろくに食べておらずフラフラで、道端に座り込んでいた。


 そんな彼を街に買い入れと自らの商品を持ち込んだ帰りにたまたま目に留まった地主が介抱してくれたのだ。そして彼を自らの家に連れ帰り下働きとして雇ったのだ。


 その地主と言うのが、これまた出来た人物であった。その集落の六割が彼の土地で、多くの農地や牛、豚、羊と言った家畜も多く所有していた。しかし彼は自惚れもせず下働きと一緒に汗をかき共に働くそんな人物であった。


 そんな人物だからこそ余所者である彼を共に働く下働きや地主の家族も暖かく迎えてくれた。確かに農業は大変ではあるがそれでも一生懸命働いた。


 日々の仕事の中で潤いが無いわけではない。農業や酪農言う仕事上休みは少ない、しかし二ヶ月に一度少ないが給金を得られる。彼が共に働く者に聞いた話では他ではあり得ない話だと言う。労働の対価として少ないながらも報酬があるこんなに嬉しい事はないだろう。


 一度何故こんなに良くしてくれるのか彼は地主に聞いてみた。すると彼は笑って答えてくれた。


「俺も君達の様に辛く厳しい時があった。その時、俺も他の人達に助けられた。だからこそ俺も同じことをやるんだ。さあリョウスケ飯にしよう」


「旦那!俺、旦那についていきます!」


「はははっ嬉しい事言ってくれるな。それよりもリョウスケ飯だ飯!飯を食わんと力が出んぞ!」


 だからと言って悲しいと思わない訳でも無かった。未だ親元を離れていない年齢だ。訳も分からずいきなり己の知らない場所、しかも二度と両親の顔を見れない可能性が高い異世界なのだ。夜、寝具に包まると涙が溢れるのも仕方がない。


 啜り泣きが聞こえる中、同室の同じ下働き達は何も言わずに黙って己の寝具に包まっている。彼等にも同じ思いをした者達は少なくない。戦災で村を焼かれたもの、流行病で両親を亡くした者、彼等にも様々な歴史を持っている。


 彼等も一度は通った道。ここで罵声を浴びせるのは男が廃り、暖かな励ましの言葉を言うのは野暮と言う物。己の踏ん切りは己がつけるのだ


 一度、彼は旦那様と呼んだら怒られたことがあった。俺は偉く呼ばれる為にお前を雇った訳じゃない。お前を雇いたいから雇ったと言われ、その日彼は嬉しくて泣いた。


 そんなこんなで御母衣嶺輔の農場下働き生活が一年を経とうとしていた。半年過ぎれば仕事を覚え一年もすれば難なく仕事をやれるだろう。勿論キツい事には変わらない、しかし余裕が出来てくる。


 つまりは暇なのだ。他の下働き達なら酒を飲んだり小さな賭け事をしたりと色々な暇を潰せるのだが、なんと言っても彼は法治国家であり情報社会である日本出身である。お酒は二十歳からだし、日頃のニュースから流れていた博打で身を滅ぼしてる人達を見てると手を出す気にはなれなかった。



 だから、剣を振ることを始めた。



 と言っても教えてくれる人は最初は居なかった。少しずつ貯めていた貯蓄から中古のショートソードを街で買った。


 それからは仕事が終わってから毎日数時間剣を振るう様になった。へっぴり腰で体もガチガチで剣を振るうと数十回もやっていれば腕が肩から上に上がらない。


 そんな我武者羅な練習を見ていた下働き仲間がある日声を掛けた。いきなりどうしたと?そしたら彼は滴る汗を拭いながら答えた。


「俺には……何も力が無い。奥さんと娘さんそれに旦那には良くして貰ってるし恩がある。だが、俺は何も返してない。だからせめて何かが起こった時に旦那とその家族を守れる位にはなりたいんだ」


 次の日、彼に剣術を教えてくれる先生が出来た。先生を連れてきた地主の目が妙に赤かったのは彼の気のせいだろうか?


「肩から力を抜け、手は剣を保持するぐらいで良い。ガチガチに持ちすぎると疲れるし良く振れんぞ」


「はい先生!」


 教えてくれる生活は同じ集落に住む老父で、この地で農家をしている。何でも昔は街で兵士をしていたそうだが、矢を膝に受けてしまい今は妻と一緒にこの地で農家を営んでいた。


 流石に実戦的な練習は老父が年であるから出来なかったが、取り合えず一通りの剣での戦い方や他の武器、例えば槍の使い方も教わった。


 何回か教えてもらった後は一人で鍛練する。何時もの仕事が終わり夕食を食べた後、老父に教えて貰った方法で剣を振るう。それが日課となった。


 日々の労働と鍛練により体は引き締まり筋肉は付いてった。ボディービルダーの様な見せる筋肉でも、陸上選手の様なその種目に特化した筋肉でもない。働いて大地と共に育った筋肉。まあ平たく言えば体全体に前よりも筋肉がついたのだ。


 そんなこんなで辛くも楽しい毎日を御母衣嶺輔は過ごしていた。もうここに骨を埋めようとも思っていた。


 地主からもゆくゆくは土地を彼に売って独立するか?と言われ、なら誰か嫁を探さなきゃなと周りが囃し立てた。その中で彼は笑っている。もう彼の中では元の世界は淡く懐かしい思い出になっていた。


 だが、そんな日々ももうすぐ終わりを迎えるのだった……

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