ナイト=オブ=スレイブ

神無月

プロローグ 君は異世界は好きかい?



 "異世界"それは日頃、創造、想像、執筆、妄想にふける老若男女が一度は思いついただろうフレーズだろう。


 異世界に転生または転移してそこで冒険をする。魔物と戦ったり、小さな少女の為に危険な魔物達が跳梁跋扈する地帯から貴重な薬草を手にいれてくる。果てには王国の王女を助け、この世の絶対悪である魔王と戦い、仲間と助け合い遂には勝利し世界を救った英雄となる。正に王道だ。


 それとは別に、自らの知識や経験を元にして異世界で一攫千金。その金で悠々自適に生活をし麗しい美女達を侍らせる者も居る。


 そのどちらが間違っているとは思わない。何故ならばそのどちらともが己の欲に忠実だからだ。しかし欲は悪いと思っている人がいるの。それに対して様々な意見が有るが今回は"否"の立場をとるとしよう。


 生きとし生きるモノそこには必ず欲がある。金が欲しい、彼女が彼氏が欲しい、出世したい、有名になりたい、己が魂と見立てたモノで頂点に立ちたい……様々だ。


 彼等は一様に欲を持っている。欲を持っているからこそ人は動くのだ……欲を持たない者は仏か屍だけだろう。


 さて、話を戻すとしよう。異世界での主人公達は己が欲に忠実でそれが失敗するとは微塵にも思っていない。異世界は我々を幸せにしてくれる所と信じて疑わない。


 失敗したり挫けたら叫ぶだろう『お前は間違っている!俺こそが正しい!』そんな事を喚き散らしながら強引に試練を突破するだろう。



 ───世の中そんなに上手く行く筈ないのだろうに……








 とある所に男がいた。彼は普通に現代日本で生を受け、普通な会社員の父と普通な専業主婦の母の元で育った。そして義務教育を受けて隣町の公立高校に合格して高校生になった。


 高校生活は本当に平凡と言って良いだろう。部活動には入らなかったが、高校でできた新たな友人達とサッカー等のスポーツやトランプ等のテーブルゲームで遊び、テスト期間になれば、ファミレスに集りテストに向けて一緒に勉強して学年が上がる……何とも普通な高校生活だった。


 しかしそんな彼にある転機が訪れる事となる……それは彼が高校の学年を一つ上げ高校二年生になった時だった。



 ある日の昼下がり。本日は高校の創立記念日で何時もよりも速く学校が終わった。しかしおり悪く何時もは一緒に帰る友人達は用事があり先に帰った為に今日は一人で彼は家路についていた。


 彼はこの高校生活にある種の満足感を持っていた。全く変わらない日常、しかし充実した毎日。恐らく社会に出ても交遊を持つだろう友人達。


 (ああ楽しい……本当に楽しい)


 そんな清々しい気持ちが己の心を吹き抜ける。昔の自分とは今の自分は大違いだった。ウジウジしてじめっとした日陰の埃の様な昔の自分とは彼は決別していた。


 そんな帰り道。ふと彼の脳裏に昔考えていた事がふっと浮かび上がった。以外とこう言う事はある。それは昔、妄想していた俗に言う俺Tueee!!小説だった。


 異世界に勇者として召喚され魔剣を手に入れた自分が、寄ってくる敵を圧倒的な強さを持って蹂躙する。結末は自分に惚れた絶世な美少女達と結婚する。そんな中学二年生の時に考えていた物語(全3850話)。


「あ゙あ゙あ゙あ゙!?」


 彼は瞬間的な脳内黒歴史の出現に頭を押さえる。なにやってるんだ頭おかしいんじゃないの?アホなの?馬鹿なの?そんな事よりもうどん食べたい。いややっぱり蕎麦だな。ピザでも良いぞ!


 様々な雑念を追い落とす様に頭を振る、後半は何かおかしいが……やっとの事で平静を取り戻した彼は口直しと言うか脳内直しの為に自販機に寄り500mmのペットボトルの炭酸清涼飲料水を買って飲む。


 キャップを外すとプシュッと軽快な音が漏れる。飲み口に口を付け黒色の炭酸水を飲む。ゴクゴクと音と共に喉を流れ落ち。シュワシュワッした炭酸の刺激が喉を刺激し、舌に強烈な甘さが来る。


 彼は半分ほど飲み干すと飲み口から口を離した。フゥと溜め息が漏れる。


「はぁ……やっと落ち着いた。黒歴史め何で出てきた」


 彼はそう悪態を吐くとキャップを締めてまた歩き始める。そうえば言い忘れていたが彼は世間で一般的に言われるオタクである。と言ってもライトノベルを十数冊持ってる位のライトなオタクなのだが。


 中学時代はオタクを毛嫌うクラスと言うか学年だった為に中々クラスに馴染めずに孤立していた。中学生と言うのは一つ大人の仲間入りをしたと思っている節がある。しかし、精神構造は未々子供で自分達が知らない異文化を嫌う。


 しかし高校生にもなるとそう言うのも減って住み分けが起こる。自分達から態々相手のコミュニティに攻撃す者も少ない……勿論、例外は存在するが。まあ、彼のオタク趣味はそんなに外に出すことが無くなった為にそう言うことは無かった。


「ウゴゴゴ……久しぶりにキツいのが来た」


 今だ来る羞恥に顔を歪ましながらも帰路につく。脳内にあるのは時々、表に噴出するのが困ると思いながらも彼はし久しぶりに妄想に耽っていた。


 頭に浮かぶのは、自分が異世界に転生したり召喚されたりする異世界物や遥か先の未来の街並みや宇宙空間での戦争の様なSF。それに既存の作品にオリキャラを入れてバットエンドを回避する二次創作。色々と頭を飛び交う。


 そんな妄想のなかふとある言葉が浮かび上がった……"異世界に行ってみたいか?"


 そんなふとした言葉に彼は立ち止まる。考えが一巡し頷いて残っていた炭酸飲料を飲み干して近くにあったゴミ箱に捨てた。


「別に行かなくても良いかな」


 自分の毎日は充実している。確かに昔は行ってみたかったしそこで何かを成したかった。だが今は将来、自分が何になっているかの方が気になる。彼は"妄想"よりも"現実"に直視していた。


 彼はまた家路につくまもなく家だ。帰ったらゲームでもして母親が作った料理を家族が食卓を囲んで食べるのだろう。そしてお風呂に入って暖かな柔らかい布団で眠るのだろう。


「ただいま~」


 彼は家に着いた。

















 「……であるからして、皆さん頑張って下さい」


 校長の長ったらしい言葉に辟易しながらこの場に集まる全校生徒は聞いていた。この日は一週間に一度の全校集会であった。


 進路指導や生徒指導の先生方の面倒臭い話を聞き生徒会長の誰の心に伝わるか分からない言葉を聞く。惰眠を貪るには持って来いだが、惰眠を貪ると横に並ぶ担任達にお小言を言われる。何とも面倒臭い行事だろうか。


 そんな誰の得になるのかも分からない全校集会が終わりに差し掛かった時の事だ。最初の方で話が終わった筈の校長がマイクを持った。


 全校生徒は『こいつ未だ話があるのか!?』と戦々恐々だったのたが、当の校長本人はやってしまったと言う顔である。彼は何やら重要な話を言い忘れていた様だ。


「え~多分何度も話して生徒達は嫌だろうが聞いて欲しい」


 一先ず校長は場を和ませるジョークを言うが誰もがスルー。


「……ええとこれは本当に重要な話だから聞いて欲しい。我が校2年5組の生徒、御母衣 嶺輔君が行方不明です。警察の方から何かの事件に巻き込まれた可能性があるどの事。皆さん絶対に気をつけて下さい」


 その校長の言葉を最後に全校集会は終わった。生徒達がゾロゾロと体育館から出ていく。


「あいつに何があったたんだろう?」


 行方不明者である御母衣の友人が共通の友人に話しかけた。友人は分からないと首を振る。


「嶺輔がそんな大事件に巻き込まれた筈が無いしな……」


 そんな中、ある一人の友人が妙な事を話した。自称霊感がある男子で、普通の時は周りに優しい良い奴なのだが、ふと拍子に良く訳の分からない事を言うのが玉にキズな男子だった。


「嶺輔君と最後に会ったあの時に僕は変なものを見たんだ」


 周りは『また始まった』と思いながらも彼の話を聞く。良く分からない話が多いが、彼の言葉は何故か惹き付ける。


「あの時か……確かあいつは用があるって一人で帰ったよな?」


「あれ……そうだっけか?確か俺達が用があったような……」


「うーん、どっちか思い出せん。まあ良いかそれで何を見たんだ?」


 一人が聞いてみると彼は空を指差した。そこには燦々と暖かな光を発する太陽が鎮座している。


「太陽に目があったんだ。深紅のようで蒼穹でもある、漆黒でもあったし純白の様にも見えたそんな目があった。僕はなんと言うか直感で分かったんだ。それは"嶺輔君を見てる"と……」


 その言葉に彼等は一様に奇妙な恐怖を感じた。"その目が嶺輔を連れ去った"そんな確信の様な恐怖を。


 それっきり友人達は黙りこみ、教室に入っていった。それから数カ月も経つと彼等から御母衣 嶺輔の記憶は遠いものになっていった。昔仲良かった友人、もう居ない友人。もう会えない友人。辛い記憶だろう、だがそれを乗り越えて彼等は大人になっていく。


 それから更に数年後には一向に出てこない彼の情報に警察は捜査を打ち切りを決定した。彼の両親は細々と駅前でチラシ等で彼の事を探していたが一向に見つからない。両親は何回も話し合い結局……市役所に息子の死亡届けを出したのだった。

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