エピローグのその後

 現在、ギルド《フェンリル》の会議室には幹部と言われている初期メンバーが集まっている。

 ギルドマスターである兄さん。

 サブマスターの私。

 ギルドマスター補佐のココ。

 サブマスター補佐のマオ。

 《フェンリル》の傘下ギルド、《アーク・パニッシャー》のマスターフィリコス。

 同じく、《ストレイ・キャット》のマスターレパード。


 全員が集まっているのには、もちろん理由がある。

 ギルドマスターが招集をかけたからだ。


「で、用件ってのはなんだ? テガリのことなら心配ねぇぞ。マスターの親父とお袋がいるからな」

「そこは心配していない。仮にも英雄の仲間だった二人。勝てるやつなんて限られている」

「ふむ、ならなんだ?」


 どうやらココはパーチェ半島絡みのことだと思っていたらしい。

 でも、兄さんは違うと言う。ならいまだ種族間の諍いが堪えない地域に介入する、という話だろうか?

 兄さんは全員を見回した後に一つ咳払いし、想像の斜め上を口にした。


「見合いをしようと思う」


 バキリ、と音がする。手に力が入り、コップを握り潰してしまっていた。


「ルー、怪我は無いか?」


 恐らく心の中では狼狽しながらも、ポーカーフェイスで兄さんが聞く。

 だから私も平然と答えた。


「大丈夫です」

「そうか、ならいい」


 ならいい? なにがいいと言うのか。いいことなどはなにもない。正直、今すぐに叫び出したいくらいだ。

 大体、私は産まれてこの方ずっと兄さんを慕っている。可愛い妹が好きだと分かっていたから、言葉遣いは幼くし、なにも分からない子供のフリをし続けた。

 だが数年前。あろうことか兄さんは、「メリーダさんってクールな美人でいいよな」などと宣ったのだ。


 すぐに方針を変え、クールな美人路線に変えたのは言うまでもないことだろう。

 しかし、これは功を奏した。

 幼いフリをし続けるよりも非情に楽で、ほぼ素の自分でいられたからだ。


 いや、そのことはどうでもいい。

 今、兄さんはなんと言った? 見合いをする? なぜ? 誰と?

 また力が入ってしまい、マオが新しく用意してくれたコップに罅が入る。兄さんが気付くよりも早く、マオは新たなコップと入れ替えてくれた。


「え、っと……。それはあれですか? マスターはデメリットで恋ができないため、こうなったら段階を飛ばして結婚してやる! ってことですかね?」


 フィリコスさんが困惑した表情で聞く。

 兄さんは首を横に振った。


「恋についてはもう気にしてはいない。ただ……マスターが結婚していないと、他のメンバーは気を遣うらしくてな。恋人とデートしました! とも言わないようにしている、と小耳に挟んだ」

「それはちょいとサブマスターが」

「レパード」

「なんでもありません」


 睨みつけるとレパードは口を噤んだ。

 兄さんも不思議そうにはしていたが、特に追及はしなかった。


 確かに私は兄さんに女が近づかないようにしている。だが、それは悪い女に引っかからないようにというか、私だけを見ていてほしいからしょうがないことだ。女心とはそういうものだと理解してもらいたい。


 ……よく考えれば、兄さんも兄さんではないだろうか?

 あれだけ私のことを可愛がり、一生側にいる、守ってやるとまで言ったのに、見合いをするなんて言語道断だ。十五年も殺し文句を掛け続けたのにひどいと思う。

 もしかして私を弄んでいたのだろうか? あぁでもそんなちょい悪な兄さんも素敵な感じがする。うん、悪くない。


 違う。余計なことを考えてどうする。

 第一、兄さんは弄ぶような性格ではない。見合いをしようなんていうのは気の迷いなはずだし、すぐにまた私だけを見てくれるようになる。間違いない。


「兄さん」

「なんだ?」

「見合いをする必要はありません。メンバーたちについても気のせいです」

「いや、だが――」

「気のせいです」


 私が言い切れば考え直すだろう。兄さんは私のことを最優先にして考えてくれるのだから。

 しかし、だ。

 ここで味方であるはずの、兄さんが敬愛してやまない男が、私のことを裏切った。


「いいんじゃねぇか?」


 ココが言ったことにより、男女関係に鈍いフィリコスが頷く。

 レパードはあらぬ方向を見て、マオは苦笑いを浮かべていた。まるで私と目を合わさないようにだ。


「ココもそう思うか?」

「立場もある。金もある。相手を選ぶ必要はあるが、マスターには問題がねぇだろ」

「……ふむ。ココが言うのなら大丈夫だろう。早速、結婚相談所にでも」

「待ってください!」

「はい!」


 慌てていたせいか、思っていたよりも大きな声が出てしまった。兄さんは体をビクリとさせ、目を泳がせている。

 だが、なんと言って止めればいい。兄さんが見合い? 許せるはずがない。というか、私が兄さんと見合いをしたい。なんならお持ち帰りされてもいい。


 あぁ、だから違う。今は止める言葉を探さなければならない。

 どう言えば考え直してくれるか。必死に考えていると、ココが手招きをした。

 当然、眉根を寄せる。


「いいからちょっとこっちに来い」

「嫌です」

「安心しろ。オレは味方だ」


 裏切ってない、とココは言う。

 兄さんは「そりゃ同じギルドなんだから味方だろ?」と首を傾げていた。


 仕方なく、ココと二人で部屋の隅へ移動する。

 ココはニヤニヤと笑いながら、他に聞こえないよう小声で言った。


「――からよ。そうすればエスのやつも――ってなる。ついでに――」


 私は頷き、席へと戻る。そして満面の笑みで言った。


「兄さん、見合いをしましょう」

「あ、いや、その」

「見合いをしましょう」

「ル、ルーがいいならしよう、かな?」

「はい!」


 こうして兄さんの見合いが決まった。


 ◇


 見合い当日。兄さんは噴水の側でソワソワしていた。

 私はココと二人、兄さんへ近づく。気付いた兄が顔を上げ、目を瞬かせた。


「……?」

「邪魔しに来たわけじゃない。案内役だ。こちら、本日の見合い相手のリーベさん。顔を隠してるのは、家族以外に顔を見せないというしきたりがあるからだ」

「リーベです」


 魔法がかけられ声が変わっている。顔も見えない。念のため髪の色も変えている。《フェンリル》の力を総結集した完璧な偽装だ。

 しかし、兄さんがなにも言わない。

 不思議に思い顔を上げると、気付いたように笑顔となった。緊張していたのかもしれない。


「エスパルダです。今日はよろしくお願いします」


 今日と言わず一生お願いします。と心の中で思いながら、軽く会釈をする。

 どうやらうまく騙せたらしい。


「じゃ、後は若い二人でな!」


 おっさんくさいことを言い、ココが立ち去る。

 兄さんは頬を掻いた後、私に手を差し出した。


「もしお嫌じゃなければ」


 女に手を差し出した? え? 兄さんが、そんなことを? 今すぐ問い詰めたい。どこでこんな所為を覚えたのか、と。

 だが、そんなことをすれば計画が崩れてしまう。グッと耐え、手を少しだけ触れさせた。


「喜んで」


 きっと誰かに教えられたのだろう。そう思っていたのに、兄さんは平然と優しく握る。どこの女にこんなことをしたのか、教えられたのか。怒りを抑えるのに必死だった。


 その後は普通のデートだ。

 だが、それがなによりも私は嬉しい。

 兄と妹ではない。男と女。

 ココの計画は想定外の効果を発揮しているように思われた。


 二人で町を歩き、店に入り、食事をし、会話を楽しむ。

 なんの変哲もない公園を歩くことも、ただお茶をするだけでも、全てが輝いて見えた。


 しかし、永遠に続くわけではない。

 予約していた店で夕食を食べつつ、兄さんにガバガバとお酒を飲ませる。

 兄さんはそんなに飲む方ではないが、お酒は大好きだ。多少断っても、飲ませることは私にとって簡単だった。


 で、当然のように酔い潰れる。計画は最終段階に入ったと言えた。


 肩を貸し、兄さんを店から連れ出す。

 視界の端に見えるメンバーたちが、私たちをある場所へと誘導する。

 辿り着いた先は、言うまでもなく宿だった。


 兄さんをベッドに寝かせ、急ぎお風呂へ入る。全身を隈なく洗い、マオが用意してくれていた透け透けの服を着た。


「完璧ですね」


 思わず拳を握る。

 しかし、窓から抜け出そうとしていたマオが首を傾げた。


「うーん、なんかこうおかしな感じがするにゃ」

「おかしい? なにがですか?」

「マスターが自然過ぎるにゃ。新しく入った女の子相手に、顔には出さずともあたふたしている人なのに、どうしてリードがとれていたにゃ?」

「確かにそこは私も不可解でした」


 そう、今日の兄さんはとても自然体で、むしろ私のほうが緊張していた。

 まさか本当に女性慣れしている? ココやレパード辺りが変な店に連れて行った? ……よし、後で半殺しにしよう。


「まぁいいです。後は既成事実を作ればいい。兄さんは、責任という言葉に弱いですからね」

「やっぱりマスターが酔っていないときに、ちゃんと告白を――」

「ではいってきます」


 マオの言っていることは分かる。だが、最早退けないところまで来ているのだ。

 兄と妹で終われない。だからこそ、一線を超えてみせる。

 強い決意を持ち、私は部屋に戻った。


 兄さんはベッドで横になったままだ。もしかしたら寝ているのかもしれない。

 近づいて覗き込むと、兄さんは薄っすらと目を開けた。


「……風呂に入ってたのか? いい匂いがする」

「は、はい。全身を綺麗にしてきました」


 えっと、次はどうするんだっけ? 段取りは何度も確認したはずなのに、全て思い出せない。

 頭の中が真っ白になっていると、兄さんが手招きをする。

 やっぱり女慣れしてる!? などと考える余裕はなく、震えながら近づいた。


「まぁ、たまにはいいよな」

「た、たまにはですか」

「あぁ……」


 隣に寝かされる。私は足をピーンと伸ばしたまま動けない。

 だが兄さんは手を回し、私のことを抱きしめる。

 手を握り合わせ、目を瞑った。



 ――朝が来た。

 私は一睡もしていない。兄さんは熟睡だ。


「そう、ですよね」


 酔っていたからとはいえ、手を出すような人ではない。これでこそ兄さんだと、少しだけ安心してしまった。

 ベッドを抜け出し、服を着替える。最後に兄の額に口づけをし、静かに部屋を出た。


 ◇


 数日が経ち、私たちはまた会議室に集まっていた。呼び出したのは、言うまでもなくギルドマスターである兄さんだ。


「で、今度はなんだ? この間の見合いのことか? うまくいったんだろ?」


 事情を知らないココが笑みを浮かべる。私も事の経緯をマオにしか話していないため、勘違いしているのだろう。こいつらがくっついた、と思っているに違いない。

 兄さんは小さく頷き、口を開く。


「あぁ、そのことだが、見合いはもういい。十分だ」

「そりゃつまり、結婚するってことか!?」


 よしきた! とばかりにココは言う。

 しかし、そんなことはあり得ない。兄さんのことだから、「見合いは大変だ。相手の考えもよく分からない」とでも思っていそうだ。


 呆れつつも、それでいいかなと考えてしまう自分がいる。

 だが兄さんは、私が想像していないことを口にした。


「あぁ、結婚する」

「「「――は?」」」


 私、マオ、レパードの声が重なる。フィリコスだけが「おめでとうございます!」と言っていた。本当に女性か疑いたくなる鈍さだ。


「そうかそうか! やっぱり責任をとろうってか?」

「責任? なんのことだ?」

「……違うのか?」

「よく分からんが違うな」


 兄さん以外の全員が混乱している。この数日の間に他の相手を見つけた? いや、そんなはずはない。私がずっと一緒だった。

 なら、えーっと……。口元に手を当て考え込んでいると、兄さんが声をかけてきた。


「ルー」

「は、はい。なんですか?」

「先日のことで再認識したよ」

「先日というと、見合いで、ですか?」


 私の質問に兄さんが頷く。

 もしかして、見合いをするよりも私のことが大切だと気付いてくれたのだろうか? もしそうならば嬉しい。今すぐ飛び跳ねてしまいたいくらいにだ。

 ……だが、そうではないことは分かっている。そうじゃないからこそ、私は苦労しているのだ。


「俺にとって一番大切なのはルーだ。妹として見ているつもりだったが、どうやら少しずつ変わってきていたらしい」

「はぁ……」


 正直、なにを言っているのかが分からなかった。

 だから、恐らくとてもマヌケな顔で聞いていたと思う。


「ルー。俺と結婚してくれるか? もちろんすぐにとはいかない。一年か二年おいてからにしよう」

「……つまり、兄さんはルーと結婚をすることに決めたんですね? 一年か二年後にするのはなぜでしょうか」

「この気持ちが本当か、お互いがもう一度考えたほうがいいと思ったからだ。まぁ変わるとは思っていないから、婚約ってことでいいだろう」

「なるほどなるほど。兄さんは先日の見合いでルーのことが好きだと再認識した。でもお互いが考え直す時間を設けてから結婚したい。でも恐らく変わらないので婚約、ということですね」

「あぁ、その通りだ。……大丈夫か?」

「問題ありません」


 ふむふむ。兄さんの考えは大体分かった。意思は固いらしく、ルーと結婚する心づもりらしい。

 さて問題は、ルーとは誰かと言うことになる。兄さんにここまで言わせる相手だ。一筋縄ではいかないでしょう。秘密裏に拘束し、遠方に送り出したい。できれば金で解決できることを祈らざるを得ない。


「あの、ルー?」

「はい、なんですか?」

「混乱してるにゃ……?」

「いえ、私は至って冷静です」


 マオが近づき、私の手を握る。


「えっと、落ち着くにゃ。それとおめでとう」

「ですから私は冷静で……おめでとう?」


 おめでとう、とはなんだろうか。これは祝福の言葉であり、現在の状況を鑑みるに、結婚への祝福だろう。ならば、この言葉を贈るのは兄さんこそ相応しい。

 だがマオは私に言った。

 しばし考え込んだ後、私は自分を指差す。


「……ルー?」

「他にルーは知らないにゃ。マスターは知ってるにゃ?」

「いや、同名の知り合いはいないな」


 あれ? 兄さんはルーと結婚をする? でも同名の知り合いはいない?


「マスター。ちょいと聞きたいんですが、見合い相手には気付いていたんで?」

「え? ルーだろ? そんなの遠目で見たときから気付いていたぞ?」

「そりゃそうですよね。僕だって分かっていました」


 フィリコスさんは私が変装するところを見ていたから当たり前ですよね?

 いや、そうではない。

 見合い相手が私だと気付いていた? 兄さんはルーと結婚する? ルーは私だ。私と結婚する?


「お前、たまに思い切りがいいよな」

「マスターには決断力が必要だからな。まぁ心配なのは、うちの娘に手を出したのか馬鹿息子! って母さんが怒ることくらいだ」

「確かに言いそうだ。というか、言うな」


 全てが繋がった。ここまで来れば、私だって状況を理解できる。

 兄さんと目が合った。

 ニッコリと笑いかける。同じように兄さんも笑う。


 そして、私はそのまま椅子ごと後ろに卒倒した。

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妹に頼まれたので世界最強のギルドを作ることにしました ~最強ギルドの最弱マスター~ 黒井へいほ @heiho

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