第5話 居場所


『心で聴くんだよ。』


そう言って笑ったこの子は、僕の前でそっと立ち上がり、空を見上げた。


空や雲のもっと奥、宇宙やその果てを見ているみたい、まっすぐな視線だった。


「君のお家はどこ?こんな朝早くになにしてるの?」


僕はコンクリートにお尻を落としたまま、両手の砂をぱんぱんと払い、尋ねる。


「お家?」


小さな口がポッと空いた、青い瞳がこちらを見ている、


僕たちの横を歩くように風が通り抜けた。



変なことを聞いてしまったのだろうか、

僕はこの状況をおおよそは理解した上でこの質問をしたはずなのに、

表情を間違えているのはどっち?



「僕にお家はないよ。」


突然の声、その一言は、僕のおおよそをひっくり返してしまった。




「お家ないの?」


「お家あるの?」


「あるよ、普通。」


「普通はお家あるの?」


「あるよ。」


「普通ってなに?」


両手を後ろで組んで、少し体を揺らして、ふっと微笑んでいた。


「…」


僕も今ままでに何度か抱えたことのあるこの疑問、


ここで再び顔を合わせることになるなんて思ってなかったな、


答えなんてないのにね。



でも、なんだろう、この子の表情は。



答えを求めようとはしていない、


なんていうかその、


この問い自体に意味なんてないんだよと言われているような感覚がしたんだ。




「お家がないなら、君はどこに帰るの?」


責めてるみたいな口調になってないかな、

君に興味があるだけなんだ、

どうか勘違いしないで。



「自分の居場所に帰るんだよ。」


そう言いながら、また空を見上げる、今度はおおきく笑っていた。


「お家はないけど、居場所はあるよ。」


「僕の大切な帰る場所。」


そして、見上げたまま空を、まっすぐ指差した。


つられて見上げた空の中に、僕は星を見つけることができなかった、


朝日が僕と空の間に横入りしたせいだ。

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青年と星の子 黄居さん @kiiii-san

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