第11話 囮寄せ大作戦


「ケンちゃんいつかヤられると思ってたんだぁ俺」

「まーね。あんだけハーレムでリア充してたら呪い殺されても不思議じゃなかった死ね。じゃなくて、よね」

「故人なんだから悼もうよ…」


 気弱に抗議する少年の発言に、軽い調子の残り二人は亡き同胞への黙祷を捧げる。二秒で済ませたが。


「でも許せねぇよな。こんな知恵遅れの世界に住む連中なんぞが、英雄おれたちを殺すなんてさ」

「言えてる。この世界のピンチ何度救ってやったと思ってんだ。敬いたまえよな」

「僕達は特に何もしてこなかったじゃない…」


 気弱ながらにしっかりと真実のみを口にする少年の声に今度は二人揃って応じない。


「弔い合戦だ。恐れ多くも選ばれし『トランプ』の精鋭に喧嘩を売ったこと、死ぬほど後悔させたれ」

「よっしゃがってん。ボコボコにしてやる」

「下手に手を出すのやめようね、まずは事実確認しっかりしようね。ね?」


 やはり男二人は聞く耳を持たなかった。





     ─────


 まったくもって一切合切話は変わるが。

 シュテル・フォーゲルハインは密かに多くの人気を集めている男だ。無論、本人はそんなことは知らないし興味もないことだったが。

 クラン《ヤドリギ》にてトップクラスの功績と戦闘能力。異世界人てきへの容赦無さと裏腹に身内に対する病的なまでの信頼と過保護。

 単独行動を好むのは他の誰かを無茶に巻き込みたくないが故の行動だとはクランの誰しもが知るところだ。

 加えて自ら仕事ぶりをひけらかすこともせず、素性を常に黒外套で覆い隠すところにも一部の層からは謎の支持を得ていた。

 ここにいる少年も、そんな彼の熱狂的なファンにして同業者の一人。


「黒さんが身ぃ張ってんのにオレらが黙ってるわけにはいかねーもんなっ!」

「あー、えーと?うんうん。そうだね?そうかも」


 鼻息荒く熱意たっぷりに気勢をあげる少年をレイン・フォーマルウッドという。若くして異人狩りの『狩り屋』を志願した勇敢な───言い換えて、命知らずな戦士だ。

「提供してもらった情報によりゃ、『釣りの餌にはなってやる、獲物は自分で釣り上げろ』ってことらしい!あの人が出張るんだからそりゃ大物が釣れっちまうよなぁそりゃそうだ!!」

「極上の餌さんだもんね、黒の人ならきっとうまく誘導してくれそう。そうだね、きっとそう。」

 拳を握り元気あり余るほどに士気高く喋り倒す彼のやや後ろを離れず追随する少女もまたレインと同程度の年齢なのだろう。やや日に焼けた、ぽやっとした面立ちをしていた。

 名をメイナ・エリシオン。レインとの雇用契約を結ぶ専属の『掃き屋』だ。

 シュテルのスタイルが例外なだけであって、普通であれば異人狩りはこうして戦闘・殺害を行う実働人員と、そのサポートや後処理を担当する支援人員とで組んで行動する。

 そんな例外のシュテルは、今回も『掃き屋』を雇ってはいない。




「で、わたしが掃くわけね」

「そういうことだな」

 連なる民家のそのひとつ、三角屋根の頂点に腰掛ける少女の姿をしたアンリが嘆息する。

 同じく屋根に手足を投げ出して寝転がるリーゲルが笑って応じるが、アンリの機嫌は直らない。

「別にいいわよ?あなたがわたしを雇ったのだから」

「ならいいだろ?なにが不満よ」

「あの最強さん」

 腰を落ち着けたまま、アンリは視線を遠くへ投げる。

 中規模の街並み。シュテルが自身を狙う異世界人を誘き寄せるために選んだ、《ヤドリギ》の本拠地より二日掛けて辿り着く西南の交易都市だ。

 異世界の人間達は大抵の場合、良識に則り行動する。交易の盛んな街で、人の多いこの地で、大規模な破壊行為を行わせない為に選んだ場所である。

 そんな人々が売買に熱中する大通りから外れた細い路地の先、見慣れた黒外套の背中を確認する。

 まともな視力で捉えられる距離ではない。アンリが属する、エルフという種族特性が成せるものだった。

「ちょっと勝手が過ぎるんじゃない?」

 細めた瞳は何を示すのか。少なくともそこに好意的な感情は含まれていない。

「なぁに。俺らが何しようが、結局あいつは自力でどうにかしてたさ」

 いままでそうだったしな、と足すリーゲルの言葉には不本意ながら同意せざるを得ない。

 確かにこれまで彼が殺してきた異世界人は全て例外なく死体処理から自身の足跡抹消まで隙なく行われてきた。

 だからこそ、わざわざ雇われたことに異議を唱えたくもあるのだが。

 そんな言外の意思を読み取ったかの如くリーゲルはさらに続ける。

「だが今回は別だよ。『トランプ』三人とあらば処理になんぞに意識を割いてる余裕は無い。手早く済ませて手早く引くのが最上なのさ」

「…前々から思ってたんだけど、どっからそういう情報引っ張ってくるわけ」

 敵の足取り、人数、所属組織まで短時間で割り出した腕はたいしたものだが逆に怖くもある。

 くっくっと喉の奥でゆっくり笑い、持ち上げた手をぷらぷら左右に振るう。

「どんな街にも冒険者ギルドってのはある。で、異世界人はほとんど冒険者登録をする。そうでなくとも連中の異常な活躍は嫌でもギルドに伝わる。ギルド職員にツテがあれば簡単に位置も人数も分かっちまうんだなあ」

「なるほどねえ」

 感心したように頷いて、アンリは一旦視線を遠方のシュテルから外す。

「で、もひとつ、いやふたつ。訊きたいんだけど」

「流石にこれ以上は『支え屋』として料金を請求したいんだがなあ」

「じゃあいいや」

 素っ気なく会話を打ち切るアンリに肩をすくめ、リーゲルは横になったまま目を閉じる。




 何故ここまであの男に協力的なのか。アンリはそれが妙に気に掛かっていた。

 確かに同じクランに身を置く者同士、手を貸してやりたいという気持ちはわからないでもない。だがそれにしても、リーゲルは『支え屋』としての領分を越えかねない仕事っぷりでシュテルを支援している。負担する労力や経費は果たして『支え屋』として受け取る報酬に見合うほどなのか。

 まあ、正直これはどうでもいい。何かがあるのだとしても、少なくともアンリに関わることではない。

 むしろ訊きたかったもうひとつの方に問題がある。


「よっしゃ!『トランプ』ぶっ殺した黒さんに付きまとう連中が集まって来たとこをオレらで薙ぎ払う!囮寄せ大作戦だ!」

「うん。いいね、とってもいい。きっとうまくいくよ」


 大通りで意気揚々と固めた拳を頭上に掲げる快活な少年。流石に声までは拾えないが、唇の動きを読む限り、かなりの声量で結構不味いことを口走っているように見える。


「…あの子、大丈夫?」


 青年シュテルの勝手気儘よりも中年リーゲルの献身よりも、何より少年レインの無邪気さがアンリは気掛かりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界人絶対殺すマン ソルト @salttail

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ