スラム

ジェームズ・バーキン。男性。痩せ型で長身。年齢不詳。常に頭部を包帯で覆っているため皮膚および毛髪の色は不明。露出した左目の色はブラウン。白いシャツに黒いネクタイ、黒のスーツにグレーのコート。大口径の拳銃を二丁携帯。D&Tシステムズに技術者として勤務。陰謀に巻き込まれ家族とともに殺害されるもアンデッドとして蘇生、復讐を敢行後に親友トーマス・ウェルズの説得でIBA(国際異能者協会)に登録、現在に至る。能力は不死。


 以上が私の相棒について公式に記録された概要であり、私が彼について知っているほぼ全てでもある。ついでに書き記すと私も彼と同種の『二度は死なない』系アンデッドで、不死生物としては第二世代に当たる。私たちの他に『日々老化した分だけ若返る』第一世代が二人、『身体の全部位を交換可能』な第三世代が二人、組織に所属しているが詳細はここでは省く。

 今夜はコードネーム『ディベロッパー』と呼ばれるジェームズ・バーキンに関する資料が、非公式ながらも少々増補される予定である。私は目の前に座ってワインをすすっている包帯を巻いた顔を見ながら前置きした。


「不快な所、曖昧な所は飛ばしても脚色してもいい。矛盾があっても気にしないで進めよう。別にカウンセリングじゃないからな。言うなれば俺たちの『共通認識』を増やす雑談だ。気楽にいこう」

 ジェームズは頷くと左目で私を見て聞いた。

「さしあたってどの辺から話す?」

「とっかかりとしては、そうだな……覚えている一番古い記憶、なんてどうだ?」


 彼の最も古い記憶は保育所に向かう初日、送迎バスの中だというから三歳か四歳頃だろう。誰かが座席に座るジェームズを覗き込んで「この子泣いてる」と報告する声を覚えているそうだ。彼は実際泣いており、何故泣いたのかといえば当然行きたくなかったからで、行きたくないのは自分の家で過ごすのが楽しかったからだ。

 彼の父親はよく遊んでくれる人で、ジェームズにはそれが非常に楽しく、なぜ家にいてはいけないのか分からなかったのだ。だが大人になるとこの思い出の妙な点に気が付き、ある事実に思い至ったという。


親父おやじは失業してた。だから家にいたんだ」


 ジェームズ・バーキンが生まれたのは州境に近い小さな港町で、海岸と丘陵きゆうりようとにはさまれたわずかばかりの平地に安っぽい平屋を目一杯詰め込んだ、薄汚く、貧しく、暴力にあふれた、いわゆるスラムと呼ばれる町だったそうだ。

 住民の六割は地元の自動車工場、三割は港湾関係に従事、残りはその日の仕事を得るために行列を作り、締め切られたらその足で安酒を飲みに行く。彼らのために店先で立ち呑みさせる酒屋があり、数十メートルもない貧相な商店街の中で常ににぎわっていたという。彼の父親は仕事にありつけない日には開店と同時に酒屋のカウンターに肘をついている一人だった。だがいやしさとは無縁どころかむしろ高潔と言えるような人物だったらしい。彼をしつけるのは主に母親の役割で、父親には殴られるどころか怒鳴られたことさえないという。


「いや、一度だけ本気で怒らせた事があったな」


 彼は買い置きのスナック菓子を自分のものと決めて楽しみにとっておいた。父親がそれを見つけ「さあ食べよう」と袋を開けた。ジェームズが思わず「それ僕のだ」と叫ぶと、父親はいきなり菓子を袋ごと窓から外に放り捨て『家族で分け合えないようなものはこの家には不要だ』と然といい放ったそうだ。

 だが彼の生まれた町ではそのような人物はごく少数だったようで、それは無理もないことだと理解を示しつつも、自分には故郷を懐かしむ気持ちは理解できそうもない、とジェームズは首を振り、それから不意に私に聞いた。


「あんたが入った店に傘立てがあって、そこに傘が一本あったら?」

「そうだな……外は雨が降ってる。一本しかないということは降り出してからまだ間もない。傘は客のものだろう。店内には店員以外に客がいる。そういう町の男たちはタフだ。雨なんか気にしない。店にはおそらく女性客が一人。どうだ?」

「その傘は持っていっていい。ばれなきゃな」


 小学生になる頃には早々とギャングの仲間入りしている者もいたそうだ。大抵は年長の家族が既にそうしたチームの構成員で、路上で薬物や銃器を販売して報酬を得ており、ごく自然な成り行きからそうした悪事に手を染めていたという。

 彼らは勢力を拡張するためにずい時メンバーを募集し、勧誘に従っても従わなくてもひどい目にったらしい。受け入れればギャングとして過ごすことになる。こばめば自力で町を出られる日まで暴力に耐えなければならない、というわけだ。


 ここでふと疑問が頭をもたげた。私はある意味ギャングよりもたちの悪い組織に育てられた。紛争の只中で家も家族も失った私は、突然現れた武装兵(当時はそう思った)に二者択一を迫られた。戦争孤児としてここに残るか、その武装兵について行くか。普通の暮らしなど最初から選択肢になかった。

 身寄りのない、戸籍を抹消しやすい人間を集めて諜報員を育てる。私は『外界から閉ざされた』環境で育った。だがジェームズが育ったのは地図に載っている町だ。行政の介入とまではいかなくても、何らかの救済措置はなかったのだろうか?


「子供を救おうっていう団体もあったが、機能してなかったな」

「なぜ? ギャングに脅されたとかか?」

「いや。具体的にどうすべきか誰も分からなかったのさ」


 ジェームズの考えでは暴力は決してなくならない。つまり『いじめをなくそう』という発想自体が間違っており、そうしたたぐいの呼び掛けはそこから抜け出せた奴、クイズの答えが分かった奴の考える事だという。

 

「クイズってのはけちまうと、何で分からなかったのか分からなくなるだろ。あれと同じさ。外に出りゃ自分がいかに小さい場所にいて、いかにつまらないことで悩んでたかが分かる。だがどうやって外に出るか、まさにそれが問題なんだ」


 では大人にできることはないのか? 私の問いに彼は「あるに決まってる」と答えた。暴力をなくそう、ではなく必然である暴力から子供を守る、その為の施設を運営管理すればいい。学校という施設が暴力の温床になっているのなら、その反対の性質を持つ施設がいい。「とっとと学校に行きやがれ、このクソガキ!」と声をかけてくれるような、要するに大人が仕切っている、大人のための場所を貸してやればいい、というのだ。 

 

「俺にとってはそれがトーマス・モーターズのガレージだった、ってわけさ」

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ジェームズ・バーキン 玖万辺サキ @KumabeSaki

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