光るパン

焦がしミルク

光るパン

ある日、光るパンをもらった。スイッチをつけると、光る。パンのランプ。

クロワッサンの形をしたそれは私の両手の平に収まる大きさで、ほんのりと黄色く光りながら私の手を温める。

光るパンをプレゼントしてくれた彼曰くこのパンは本物のパンで、中をくり抜き、特別な塗装をしてあるのだという。なんて素敵な心ときめく贈り物だろう、と私は喜んだ。誰もいない部屋でひとりでいる寂しさを、パンで一心に照らしていた。


ひとりで生活していくことに少し不安はあったけれど、過干渉な両親と離れられるのであれば好都合、とばかりに新卒で受かった会社の寮に入ることにした。ワンルームの小さな部屋だが、自分の空間を持てる喜びというものを存分に感じるほかなかった。学生時代に稼いだお金や親戚からもらったお祝いで家具や家電を買ったし、引っ越しも自分で全部手続きした。これからこのワンルームで私だけの特別な時間が始まるのだと思うとワクワクした。毎日綺麗にして、休みの日には昼まで幸せに眠ることを想像した。

しかし一ヶ月ほど経ち、自分の家事のできなさや仕事のストレスで、私が今まで過干渉な性格を嫌いながらも働き者の両親に甘えていたことを痛感していた。今まさにその時。だからと言って両親に連絡するわけでもなく、ひとり家で暇を持て余したり、外食をしたりして気を紛らわしていた。そしてそんな私の寂しがり屋の性格が彼氏にはちゃんとわかっていた。


「ホワイトデーにお返しあげてなかったでしょ、アカリは引っ越しとかで忙しくて会えなかったから」

そう言って彼は光るパンの入った袋を渡してきた。

付き合って2年経つ。歳は同じで、大学の学年はひとつ下。そんな彼は私より頭が良くて優しい。就活の説明会のためにこちらへ来るからということで夕方に会う約束をしたのだった。そうでなくてもきっと彼は毎月のように会いに来てくれる。そういう人だ。彼の優しさに私はいつも救われ、そして嫌になった時もあった。これからも付き合っていくのなら、彼の嫌いな部分を好きになる努力をする、というよりも、どれだけ許せるかを見定めることが大事なのだろう、ということを最近になって思い立ったのだった。これが長く付き合うカップルの必至の悟りなのだろうかと思ったりして、彼がそのあたりをどう考えているのかもいつか聞いてみたかった。

少しお茶をして話をしただけだったけれど、私の心は驚くほど回復していた。駅まで彼を送り、そして部屋に戻ると、またさらに寂しくなるのだった。

次に彼と会えるのはいつなのかしら。部屋に戻ってからそのことばかり考えてしまっている。彼のくれた光るパンをずっと眺めているからかしら。

きっとこの温もりは、彼そのもの。そう思って今日の喜びを再び噛み締めた。手の平の小さな灯りを、この世の最後の灯火のように大事に持ち、またじっと眺めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

光るパン 焦がしミルク @tntp0813

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ