Yogyakarta

「で、娘さんはどうなってるの?」

「少しずつ状態は悪くなってるって。」

「はあ…気にはなっても、何もしてあげられんがな…」

「海外の論文をたまに読んでるけどね…」

「似たような症例はあるけど、そもそも典型的な症状だから、どれもあてはまるようでいて、でも違うんだよなぁ。」


研究室の一室。資料室の前で出くわした、女性研究員と別の男性研究員。

女性は、娘の母親の同僚で、昼食などを一緒にする研究員。

男性のほうは、その女性研究員の同期で、いま進行中のプロジェクトチーム内でもメンバーになっている。生物学と医学が得意だけど、少しオタク気質があり、SNS系の怪しげな記事を読み漁ったりしている。


「でも、まだまだ大丈夫よ。アライグマ、アライグマってうるさいくらいなんだって。」

「逆に、そういう可愛らしさが、結構切ない系っていうかさ…治るといいんだけどね…また会ったら、よろしく言っといて。」

「わかった。」


部屋に向かいつつ、男性研究員はふと呟く。

「しかし、なんか話を聞いてると、症状が進行するのに合わせて、どんどんアライグマ大好き症候群も進んでいる気がすんだけどなー。気のせいか。」


男性研究員はブースに戻ると、もう少しだけ休憩を…と、Twitterのタイムラインをぱらぱらと眺める。


「んー。難病が治った系じゃん。お。しかも少女のやつ。」

ツイートのアカウントは、しかし、信ぴょう性の乏しいまとめ記事転載のbot。

「こういうのに、本当は重要な発見とか、たまに紛れていてもいいんだけどさ…」


リンクをクリックし、日本語記事を読む。


インドネシアのジョグジャカルタに住む少女が、難病を発症した。神経難病と診断されるが、治療は効果がなく、症状は進展していった。しかし、現在、兄の献身的な励ましによって、快方に向かい、ほぼ症状がなくなっている。とのこと。


「よくある奇跡体験かー。これじゃあないんだよなぁ。」


記事の続き。

そのきっかけが、日本のアニメ「けものフレンズ」だった。もともと虎が好きだった少女が、兄と一緒にスマホの動画を探していた時、けものフレンズを見つけた。そして、ジャガーを見つけ、その時から少女は「こんなジャガーみたいになりたい。」と、ジャガーのファンになってしまったそうだ。

兄は、妹のためにジャガーの動画を漁り、面白いものを見つけては、入院している妹と一緒に見せたという。

そのころから、少女の神経病としての症状が回復していき、現在に至るという。


「なるほど。日本人向けの記事になってる理由が分かったわ。しかし、『けもフレ』とは。草生えるわ。」


記事はこう結ばれていた。


~少女は、「退院したら、日本のお祭りみたいに、ジャガーの格好をしてみたい。私、ジャガーになるんだから。」と笑顔で、兄はそんな妹を見ながら、「ジャガーに感謝です。今、妹のためにジャガーシリーズの『ジョグジャガールタ』って動画を作っているんです。」と照れながら、答えた。


「兄ちゃん、ガチオタやん。」


男性研究員は、少し苦笑いしながら、アプリを閉じようとした。しかし、ふと画面の下のほうにあるコメントが目に入った。


「13:アノニマス1号 ajkebi13JJng

    このにーちゃん、いよいよ妹がダメってときに、妹を抱きしめて一晩

    寝たって


 14:アノニマス1号 lklk1Jgg38og

    >>13 どこ情報?


 15:アノニマス1号 ajkebi13JJng

    >>14 元記事。インドネシア語だが。」


デスクの上の内線が鳴った。男性研究員は、気持を切り替えて、仕事モードに戻る。もう、休憩時間はとっくに過ぎていた。

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Every Little Things Arai Does Is Magically Mistaken ふぁるこ @faruco

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