巫女さんえにしさま《本編》

第1章 『森宮神社の巫女』

第１話 『琥珀と蓮 ①』

結はシャーペンを置いてため息をついた。

「……どうしたら男の人を好きになれるんだろう」

周りは、彼（かれ）氏（し）が出来た別れたと賑（にぎ）わうお年（とし）頃（ごろ）。いまいちピンときていない結は、その世間話を遠巻きに見ていた。

「女の子が可（か）愛（わい）いのは分かるけど」

机に突（つ）っ伏（ぷ）してぼんやりとしながら呟（つぶや）く。そのことを日記に書いてみたものの、落としどころが思い当たらない。

「……『えにしさま　私に運命の人は現れますか』」

そう最後に書き記して、日記帳を閉じた。

翌日、『やっぱり書き直そう』と日記帳を開くと、『私でよろしければ、聞かせてくれませんか？』

筆文字で返事が返ってきていた。

その人との交（こう）換（かん）日記はそこから始まった。結から見て、物（もの）腰（ごし）の柔（やわ）らかい人だと感じた。結も返事を書いた。

「男の人を好きになるならどうしたらいいですか？」

翌日、返事が来た。

「良（りよう）縁（えん）というのは、必ずしも異性と、とも限りませんし、恋（こい）仲（なか）だけでもありませんね」

その返事で、もしかして、と結は思った。

「えにしさま、ですか」

翌日。

「はい。いつもお世話になっています」

『やっぱり』とつい口に出た。

「神（かみ）頼（だの）み、って恥（は）ずかしくて」

「構いませんよ。私はいつもささいな恋（こい）の悩（なや）みから聞いてますから」

不思議な経験だった。神様との交換日記だなんて、と。しかし、打ち明けずにはいられなかった。

「私って、変なんでしょうか。男の人を好きになれないなんて」

「『好き』の形が、たまたま違（ちが）うことだってあります。『恋』の形も人それぞれ。多数派がいれば、少数派もいるものです」

「でも、周りから変な目で見られるのが怖（こわ）いし、お父さんたちがなんて言うか」

「ここだけの話、同性への思いを抱（かか）えた人がお参りにも来るんですよ」

優（やさ）しい人だった。それを、おかしいとも思わないなんて、と。

不思議なことはそれだけにとどまらなかった。たまたま握（あく）手（しゆ）した観光客が、しばらくしてお礼に訪（おとず）れたのだった。

「お陰（かげ）様（さま）で結（けつ）婚（こん）が決まりまして」

「それは良い縁（えん）と巡（めぐ）り会（あ）えましたね」

観光客と、父親で神（かん）主（ぬし）の真（しん）との会話。一人（ひとり）だけでなく、それも何人も。しかも、決まって結と握手した人達（たち）だった。

もちろんえにしさまにもそれを報告した。それをえにしさまは「ええ、知ってますよ」と返事して。

しかも、ただ異性同士だけでなく、同性同士の話も聞くようになったので、父親も首をかしげた。結もそればかりは心当たりがない。

そんな日々が、しばらく続いた。

「私は縁（えん）結（むす）びの役割を持っていますから」

　同性同士の話も打ち明けてみた、その反応がこれだった。

「『恋』って、男の人と女の人が」

　そう書きかけたとき、すぐに返事が来た。

「それも『縁』ですから」

さも当たり前のように。

父親の動きは速かった。「きっと神様が同性の人達も結婚して良いと仰（おつしや）っているのかもしれない」と、同（どう）性（せい）婚（こん）の神前式が出来ないか、と社務所の人達と話し合いを始めた。

当然、そう簡単にうんと言ってくれるような人達では無かった。しきたりだとか、そもそも同性婚なんて、となかなか首を縦に振（ふ）らなかった。

「どうしたらいいですか？」

「こればかりは、見（み）守（まも）りましょう」

　えにしさまとのやり取りは、しばらく静かだった。

そうした頃（ころ）、ある二人が神社を訪れた。

「あの、噂（うわさ）に聞いたんですけど」

若い、大学生くらいの男性二人。

「はい？」

「あ、握手してくれませんか」

少し気弱そうな方が、勇気を振（ふ）り絞（しぼ）って言う。

「は、はい」

言われるがままに、握手する。もしかして、とあの不思議なことが頭をよぎった。

気弱そうな方が、堂（どう）守（もり）琥（こ）珀（はく）。真面目そうな方が水（みず）畑（はた）蓮（れん）と言った。

「実は僕（ぼく）たち、幼なじみで」

そう蓮は話してくれた。

「一（いつ）緒（しよ）に居るうちに、お互（たが）い『家族みたいだな』って思って」

琥珀も続けた。

「『ずっと一緒に居たい』って気持ちが本当か、確かめたくてきたんです」

年下の結にも真面目さを崩（くず）さない蓮が、少し気（き）恥（は）ずかしそうに言った。

おみくじの場所に案内すると、一緒にくじを引き、息の合った「せーの」のかけ声で紙を開いた。

すると、とても嬉（うれ）しそうに二人が結果を見せてくれた。

『良縁に恵（めぐ）まれます』

見事、ふたりとも同じ結果だった。

帰（かえ）り際（ぎわ）にも、こんなことを話してくれた。

「なんか、女の人と上（う）手（ま）くいかないというか」

「ピンとこないよね」

「でも、僕たちは息も合うし、手を繋（つな）いだって変な感じもしない」

「だから、『もしかしたら』って思ってたんです」

　そして、去り際（ぎわ）に。

「決めたら、また報告に来ます」

嬉しそうな二人の笑（え）顔（がお）が、なんとなく心に響（ひび）いた。

「絆（きずな）、って感じでした」

「でも、深い繋がりでしょう？」

交換日記でえにしさまと話をした。

「たとえ恋というほどでなくても、その間を取り持つのが、私の役目なのです」

そうえにしさまは続けた。

　 ほどなくして、社務所がまた同性婚の話で持ちきりになった。

「まだ大学生だろう？」

「でもニュースになるなんて」

気になって、母（おも）屋（や）のテレビを付けた。

そこには、見覚えのある二人がいた。

『一緒に居られるってだけで僕たちには十分なので』

『それを証明してくれる制度があるから、一緒に居られるんです』

琥珀と蓮だった。

パートナーとして、役所に届けに来たというのだ。

『そうすることで、周りからどう言われると思っているんだ』と社務所の人達は言う。

しかし、父親の真は。

「一緒に居たい、という気持ちはきっと一緒です。それを取り持つのも、私たちの役目では？」

社務所の人達も、強気の真の言葉に渋（しぶ）々（しぶ）首を縦に振った。

ニュースのインタビューの最後で。

『その神社の巫女（みこ）さんには感謝してます。森宮神社の――』