ゆっくりと鎖は巻かれる⑥

彼女は持ち手の長い独特な形のスプーンを器用に使い、フルーツと生クリームを見事な配分で掬った彼女は、ゆっくりと口の中へ入れていく。


「んー!!美味しい!!フルーツの酸味と甘い生クリームのミックスがたまらない!」


彼女の顔を覆い隠すほどのフルーツパフェがあっという間に消えていった。

さすがは運動部といったところか……いや、これは女の子のスキルというべきものか。実際に食事の量は、平均男子の程度であったが、食後のデザートで見事に平均男子を追い抜いたわけだ。僕なら確実に食べれない。ご飯を食べた後は、ブラックのコーヒーで一息つくのが一番だ。さらに小説でもあれば完璧なのだが。


「そういえば、有馬君って学校じゃいつも一人だよね。友達いないの?」


パフェに夢中だった彼女から唐突なジャブが僕の脇腹へと繰り出された。

思わずコーヒーを吹きこぼしそうになり口を慌てて覆い隠した。


友達……そう呼べる人がこの16年の人生の中で何人いただろうか。幼稚園で仲の良かった子はほとんど会っていない。僕の通っていた幼稚園は、母の仕事の関係で遠くにあった。小中学校は、地域の学区内通りに通ったため知り合いは多い。


そう――[知り合い]なのだ。


「い、いるよ友達くらい。雅彦だろ?……」


次が中々見つからなかった。


そもそも友達とそうでない人の境界線はどこにあるのだ。毎日話をする人?放課後や休日に遊ぶ人か?

大勢でいることに慣れていない僕には、一人でいる時間が当たり前なのだ。

などと、屁理屈ばかりが頭の中でぐるぐると走り回っていた。


「君は友達ほしいとは思わないの?誰かと話したりするの意外と好きなんじゃないの?」


「どうしてそう思うの?」

自分と同じ人種だと思っていた彼女からの言葉に、まるで彼女自身が含まれていないような言い回しに違和感を感じた。


「私としゃべってるとき、すごい楽しそうだもん。普段話していなかった分、言葉が口からブオーってあふれ出してる感じ。」


口からブオーって……

表現はさておき、僕が楽しそう?彼女からはそう見えているのか。


「僕は今日楽しそうだったの?」

意識していなかったが、改めて言われると今日ここまでの自分がどんなテンションでいたのかまるで想像がつかなかった。


「今日一日私と一緒に遊んでどうだった?女の子と遊ぶのなんて滅多にないことでしょ?」


確かに、女の子と遊ぶなんて幼稚園……いや、小学校1年の一学期振りか……

男友達すらロクにいないのだ。女の子と関わりを持つことがもはや初めてと言ってもいいほどに扱いがわからない。


「まあ確かに、鳴海さんと話すまでほとんど女子としゃべることなんてなかったよ。休みの日はいつも図書館行ったり走ったりするだけだったから。

それに引き換え鳴海さんは、僕と違って男女隔たりなく遊んだりしてそうだよね。」


「んー。それは無いかなー」

彼女は即答した。


「私だって女の子なのよ?誰彼構わず遊ぶなんてことあるわけないじゃない。それに普段の私を知ってるでしょ?あの人たちの前じゃ自由もないわ。嫌味かもしれないけど学校の中じゃ、私はみんなの[ハナ]なのよ。」


ハナ……その言葉には、二つの意味があった。


普段から十数人と集団行動をしている彼女は、まるでガラスケースの中に飾られた花のような存在だ。外からは空気すら入ることが許されない密閉された空間は、彼女の美しく繊細で彼らとは逸脱した世界を閉じ込めているかのようだ。


もちろんそれに彼女の意思は一切関係ない。


ここ数日彼女の周囲が目に入ったとき感じたのは、彼女自身がいるようでいない感覚。学校の中での彼女の笑顔の内には感情というものが感じられなかった。周りの人たちは鳴海さくらに話しかけているが、返答をするのは別の取り巻きだ。


僕からすれば、ハリウッドスターの通訳が、乱雑に質問を投げかけてくる記者たちに当り障りのない、スターならこう言うだろうと思うアンサーを振りまいているような場面を想像した。



「鳴海さんのいるところってなんか矛盾してるよね。」


「どういうこと?」


「君はいつも中心にいる主役なのに、実際その場では蚊帳の外にいる感じ。彼らは君に一切の関心はないんだろう。」


彼女の表情が一瞬曇る。


少ししゃべりすぎたかもしれない。そう思って彼女を見ると、そこには今まで隣にいた彼女とは、まるで別人のようだった。


「ご、ごめん。」


「そろそろいこっか。」


咄嗟に謝る僕をスルーした彼女は席を立ち、レシートを持ってレジのほうへ歩いて行った。

彼女は僕の数歩先を歩いてこちらを振り返らない。

散々僕のぼっちについて突っ込んできたくせに自分のこととなると急に態度が変わるのか。



なんてことも思っていても声には出せず、駅の近くの公園に寄った僕たちは、葉桜になりかけた並木道を進む。

黙々と歩く彼女の背中をただただ追いかける。


たどり着かないその背中は、散り舞う桜のように儚げだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

交差する鎖 永月 慶 @peta_0183

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ