中津川圭という男

「この神様は本物か?」、と尋ねられたなかつの脳は最高速で思考を開始する。

 偏差値80を超え、世界人口の約2%しか入会資格を得られないという、I.Q148以上が入会資格となるメンサに規定年齢の10歳で入会した男。

 父が東京の大学で教授をしており知り合いにメンサの会員が複数おり、その勧めもあり10歳の誕生日を迎えてすぐテストに合格している神童。

 それが中津川圭である。


 子供の頃から目が悪いためメガネをしているが、ガリ勉という印象よりかはインテリメガネ系男子と言ったほうが近いであろう。

 細身で肌はやや青白く、冷たい印象を与える切れ長な瞳だが、見ようによってはクールだったりと、悪くはない見た目をしている。


 ケンとおたが仲良くサンドイッチを食しながら談笑しているのを気にすることなく、自分の役目を果たすべくなかつはアテナに対していくつか質問をすることにした。

 勿論単純に、あなたは神ですか?なんて聞き方はしない、むしろもっと回りくどく他の情報も集める方法を選んだ。


「何故自分達を異世界に呼んだ?選考基準と理由を教えて貰えるか?」


 なかつが最初に選んだ質問である。

 アテナは鷹揚に頷き、すぐに語り始めた。


「選考基準なんて大層なものは無い。あれはただの偶然と気まぐれだった。いつものように私がネットサーフィンをしていたところ、YouTuberという言葉が多用されるようになったことに気付いたのだ。独自に調査を進めた私はあるチャンネルで目が釘付けになった。駆け出しだがなかなかいい目をした若者達だ、そう思った時には既にコメントを書いてしまっていた。YouTuberとはなんなのか?無限の可能性を感じさせる若者に私はそう尋ねた。答えはこうだ、多くの人を笑顔にするためならなんでもできる、世界一自由なエンターテイナーだとな。エンターテイナーという言葉の意味はよくわからんが、私は大いに感動した。昔同じようなことを言った私のファミリアの冒険者のことを思い出し、お前達を呼んだ。私達には戦う力が必要なのだ、お前達のような人々のために力を尽くせる勇敢な者が」


 ケンならばアテナの熱気に当てられていたことだろう、オタであれば美少女の頼みは断れぬと言ったかもしれない。

 しかしアテナの話した人物はあくまでなかつである。

 残念なことにアテナは一番話してはいけない相手に、あれやこれやと胸の内を晒してしまっているのだ。


 なかつは相槌を一つ打つのみで、先ほどとなんら変わらぬ語気で質問を続ける。


「戦力とは何と戦うために必要だ?何故戦わねばならない、それも今の話しぶりだと神の代わりに戦えと言われているようだったが、何故だ?」


 再びアテナは鷹揚に頷き質問に答え始める。

 素直に嘘偽りなく答えるというだけで、既になかつの手の内で転がされているという疑念を微塵も抱くことなく。


「あれは……そうあれは二百年程前のことになる───」


「悪いが、短く纏めてくれ。俺が聞きたいのは必要な話だけだ」


「うむ、そうか。神々で殴り合いするのもあれだし、人間にこの世界のダンジョン攻略させてそこの主神の所属の言い分を通すことになった。それが二百年くらい前のことだ。私のファミリアは昔全滅したから戦力が欲しい、力を貸してくれ」


 相当に端折られたその答えから得られた、僅かな情報でなかつはある程度交渉の算段が付くと踏んだ。

 そしてなかつは思考する。既に纏めの時間へと入っている。

 通常の人間の思考速度とは一線を画する、KKKのブレーンでもあるなかつの脳みそが、である。


 一線を画するというのは、少し計算が早いとか物分かりがいいとかそういう次元の話ではない。

 例えば、暗算などをする際に頭の中に文字を浮かべ、式を立てて計算するとしよう。

 その場合たとえ理系の人間であったとしても、桁が増えれば解くのにかかる時間も、ミスする確率も格段に高まる。

 しかしなかつが暗算する時、それは紙に式を書くのとなんら変わらず、脳内に浮かぶホワイトボードへと文字を書き解くことができる。

 6桁や7桁だろうが、電卓を打つより早く答えを言えるのだ。


 そんな彼の脳内では既に頭の中に浮かんだホワイトボードへと、目にも留まらぬ速さで文字が書き足されおり。

 授業で聞いた内容をわかりやすいようにノートに纏めるかのように、相関図や方程式やメモなど自由に書き込み放題である。


 ちなみにこのホワイトボードの内容はすぐに消えることはなく、実際のホワイトボードのように消して新たに書く必要はない。

 ボードが埋まったら次のホワイトボードが現れそこに再び書けばいい。

 当然必要な時になればそのボードが脳内に現れいつでも見ることができるようになっている。


 いつでもどこでもホワイトボードに書き込めるということで、ケンが命名したどこでもボードと便宜上は呼んでいる。

 補足だが、ケンがどこでもボードと発音する時は、ネズミに齧られ青色に変わってしまった国民的アニメのアレの使う道具と同じ発音である。


 そんな大層な脳の持ち主であるなかつが導き出した答え、それは目の前の人物が神であるという結論だった。


「あぁ、間違いなくこれは神だな」


 理屈じみた説明など不要。

 恐竜を思わせる巨大な飛竜が飛び回り、ケンに与えられた未知なる力、そして異世界へと通じる扉。

 今更である、今更常識如きでそれらを計ろうなどと、なかつは考えていない。

 それら全てを神の為せる業とする方が手っ取り早くしっくり収まるからだ。


 そしてなかつが間違いないと、そう言い切ったのであれば宇佐美健太、通称ケンはなかつの言葉を一切の疑いもなく信じるのだから。

 ただし「この私をこれ呼ばわりとは何事だ」と横で憤慨しているアテナの言葉はスルーである。


「マジか、お前がそう言うならそうみたいだな。それにしてもこれが神とはな。しかもアテナって言えば、ゲームとかでもよく出てくるあのアテナだろ?やばくね?この動画出しても信じてくれるやつ絶対いないよな」


「そもそも神なんて架空の存在じゃん?これが本物と思うやつはいなくね?まだUFOとかツチノコのほうが信憑性があるっしょ」


 大谷久仁雄、通称オタも信憑性のカケラもないことを強調する。

 ただし他の人は信じないだろうという意味であり、ケン同様なかつの言葉を疑っているという意味ではない。

 ちなみに「架空の存在などではないぞ!私を見ろ私が神だ」と胸を叩き力の限り叫んだアテナの声は、店内に十分すぎるほど響いていた。

 しかしそれでもスルーするケン達のせいで、他の客達が高速で首を縦に振る羽目になっていた。


 奇跡の一つでも起こしてみろと先程言ったケンではないが、そういった奇跡の一つでも起こして貰わねば視聴者を信じさせることなど不可能だということだ。


 だが、ここで問題になるのがなかつとケンの間に大きな考え方の違いがあるということである。

 しかもこの違いというのが今後動画を作成していく上で、非常にまずい事態になる可能性を秘めている。

 その考え方の違いとは、ケンは異世界という未開発のツールを最大限活かし、ノンフィクションで新鮮な動画を届けたいと考えているのに対し。

 なんとなかつは全てをフィクションで通そうと考えているのだ。


 嘘偽りフィクション上等。

 作り物の世界であろうと十分な視聴者の確保が望めるだろうと試算している。

 目と耳で情報を得た限り、神がいて魔法という概念が存在して竜が存在してダンジョンまであるらしい。

 それだけあればいくらでも動画の作れるというものだ。

 動画の最後にこの動画はフィクションであり〜〜、と注意書きを書いて誤魔化し押し通せばいいと本気で考えており。

 そのための辻褄合わせを練るべく、オタに相談を持ちかける一歩手前でもあった。


 もちろんなかつが互いの目指すべき着地点が別の場所であることに気付いていないわけがないのだが。

 おそらくなんとも感じていないであろうケンとは、後々そのことについてじっくり話し合う時間を設けようとなかつはこの時思ったのであった。


 そしてなかつは頭の中を瞬時に切り替えた。

 この切り替えの早さと的確なタイミングでの切り替えの見極めも、なかつ以上に優れた人物はケンの知り合いの中にはいないことだろう。


「なぁ、ケン。今日俺達がここに来た理由って覚えてるか?」


 そもそもこれが本題であったことを、ケンの脳内ではとっくに次元の狭間へと追いやっていた。

 しかしなかつはそんなドジはしない。

 一つのことに夢中になって他をおざなりにするほど、なかつの使える脳は怠惰ではないという証拠だろう。


「理由っていやあれだろ?神様がえー、いや違うな。んーと、あぁ思い出した!なんか大変なことになって助けてもらいに来たんだ。なんだっけ?」


「なんで肝心な部分が脳みそから溶け出してんだ。まぁちょうど良かったかもな。是非神様に呼び出した理由を尋ねるとしようじゃないか。答えによってはこれが神足りうるかケンも納得できるだろうしな」


 なかつは自身の左胸の辺りを指で指しながらそう言った。

 ケンの羽織っているジャケットの内ポケットに入っている手紙、それを見れば思い出せるという意味を込めてである。


「胸?あぁ、確かにでかいな自称神の乳は。あれは一種の暴力だな」


 I.Q高い人あるあるの一つとしてなかつの知り合いのメンサ会員との話でもよく上がるものに、I.Q低い人と話していると一から十まで全部話さないと理解しないから面倒。というあるある話がある。

 しかしそんな話を聞かされた時になかつが必ず返すセリフがあった。


 それは。

 "俺の一番の親友は丁寧に全部話したとしても、大抵違う方向で勝手に理解してしまうよ。"である。

 そういう時必ず返ってくる言葉といえば、そんな親友じゃ一緒にいたら疲れるだろ?がほとんど。

 しかしなかつはいつも軽く笑ってこう答えるのだ。

 "何年経っても飽きが来なくてね、案外悪くはないよ"と。


 真面目な話の最中に平気で腰を折ってくるスタンスのケンに、呆れることはあっても飽きることはない。

 ケンの前でそんな本音を吐露することはうっかりでもありえないことだが。

 しかし、将来どの分野の学者を目指そうともなれるであろうなかつが、敢えてケンとYouTuberをやっているのがその一番の証拠と言っても過言でないだろう。


「巨乳とかはどうでもいい。胸ポケットに入れてただろ手紙を、それを見ろ。それが俺達が今回|異世界(こっち)に来た理由だよ」


「あっ、手紙の話な。すまんすまん、でもメガネかけてるやつは巨乳好きっていう俺の集めた統計データがあってだな」


「この前はメガネかけてるやつはスケベとか言ってたよな、いい加減にしろ」


「その前は確か、目を凄い見て喋ってくる女子はビッチ率85%超えでしたななかつ氏」


 小気味良いツッコミとオタの補足を聞きながら、ケンはジャケットの上のボタンを外し懐に手を入れる。

 封筒を取り出したケンは中から手紙を取り出し手紙を読み始め、すぐにあっと声をあげた。

 ようやく話が進みそうだと、なかつは安堵と呆れを溜息と共に吐き出し、感情を鎮める。


「そうだそうだ。俺達の動画が世界的にバズったせいでやばいことに巻き込まれるんじゃないかって話だったな」


「そうだ、下手をしたら黒服がやって来て口封じなんてことになるって話をしてたところにその手紙だ。まるで隠しカメラでも仕込んでたかのように俺達の事情をよく知り、尚且つこちらの神様がなんとかしてくれるらしいから来たんだ」


「よしっ、頼むぜ神様よ。困ってるので助けてください」


 先程とは一転し頭を下げるケンを見て、ようやく本題に入れると確信したなかつは、これ以上時間を取られまいと進行役に徹することを密かに誓うのだった。


 しかし人生とは上手くいかないことのほうがやや多いというのが常、それはI.Qの高さ云々はあまり関係無かったり有ったりする。


 力強く叩かれるテーブル、食器同士が揺れ鳴り響く音、慌てて目を見開くマスターと他の客達。

 それらの中心にいるのは当然アテナである。


「なんとかしてやるつもりだったがやめじゃ。神である私をコレだアレだと呼び反論は無視、挙句の果てには困った時の神頼み。お前達の世界ではよほど神に対する敬意を知らんらしいな」


 アテナは小さく整った鼻から荒い鼻息を鳴らし憤慨した。

 正確にはアテナは少し前からずっと、可愛らしい声を精一杯に威厳を込めるようにして怒鳴り散らしていたしていたのだ。

 まぁ、憤慨と言っても子供が怒ってるような可愛さも盛大に混じっているため、擬音語で例えるならプンスカという程度でしかなかったが。


 下げていた頭を慌てて上げ驚愕を露わにするケン、サンドイッチの追加を頼むオタ、相変わらずのクールな表情を眉一つ動かさずアテナを見つめるなかつ。

 その中で最初に口を開いたのはなかつであった。

 その表情の変化はないが、親しい者から見れば僅かに感じられるかもしれない、という程度の視線の鋭さの変化。


「そうですか。じゃあ私達はここで失礼しますよ。色々と貴重な情報も頂けましたので、解決に然程手間はかからなそうですから。それではわざわざ御足労ありがとうございました」


 なかつが立ち上がったのに合わせて、ケンとオタも立ち上がる。


「ちょっ、ま、待ちなさいよ」


 縋るようにケンの服の袖を掴んだアテナに対し、ケンは無理に振り解きはしなかった。

 袖をガッチリと掴んだアテナの姿が、捨てられた仔犬のような心を揺さぶる瞳だったから……というわけではない。

 相手は神だしせめて理由だけでも聞かせてあげよう……というわけでもなく。

 単純にケンもなかつの言葉の意味がさっぱりわかっていなかったからである。

 腹黒モードだから何かするだろう、 と気付き空気を読んで合わせるのがケンの今できる精一杯と言っても差し支えない。


 無言のままにチラチラと視線をなかつに送るケンと縋るようなアテナの視線。

 その二つの視線に晒されながら、なかつは敢えて大仰に右手で顔を押さえる。

 苦悶するかのように、実際笑いを堪えながらだが。

 そのせいで次に発したなかつの声は少し不気味に震えていた。


「そうまで言うなら、少し考えてあげても構いませんよ。明日また同じ時間にこの場所に来てください、それまで他のファミリアとの交渉は止めておきますので」


 踵を返し店の外へと歩き出すなかつに習って、ケンも回れ右をする。

 それによって自然とアテナの白く細い指から、別れを惜しむように服の袖がすり抜けた。


 しかし三人は振り向くことなくドアへと進み店内から姿を消し、アテナはドアを見つめたまましばらくの間佇んだのだった。

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現実(こっち)でユーチューバー、異世界(あっち)冒険者やってます 三國氏 @sangokushi

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