【短編集】異世界小話集

森山 風雪

王様

 勇者は魔王を倒す。


 これは、彼の意志とは関係なく刻まれた宿命であり、だから彼の意志とは関係なくその義務を果たさなければならない。


 例え彼の心が折れようとも。


 ボロボロになった体は、傷一つないきれいな体になり、それでも心に負った傷は決して癒えることは無く、まるで誰かに操られているかのように、彼は――私達は魔王城へと足を向ける。



 ある時、私達に魔王討伐を託した王様はこう言った。


「死んでしまうとは情けないのぅ」


 雨の日も、風の日も。


 私達が力尽きたとき、決まって王様はこういったのだ。


 はじめの頃、私達はその言葉を胸に自分たちを奮い立たせ、そして何度でも強大な敵に立ち向かった。


 決して背中を見せず。


 その目には敵だけを見据えて。


 しかし。


 数ヶ月前、魔王の側近――最も名前は忘れてしまったが、奴と対峙し、私達に殺される寸前で奴はこう言った。


「お前たちは、なんのために戦う。悪を倒すためか。それとも正義を貫くためか」


 ――それとも。



 その瞬間。


 私の目には一人の人間が映っていた。


 異形の化物でもなく、頭に角の生えた魔族でもなく、甲冑を身にまとった不気味な騎士でもなく。


 ただの人間が。


 右肩から先は無く、どくどくと血が流れており、おそらくあと数分も持たないだろう人間が。


 私は、私達はただ驚くしかなかった。


 それは彼も例外ではなく、その目は見開かれ、口は半開きに立ち尽くしていた。


 そんな私達を見て。


 奴は。


 ただの人間は。


 笑みを浮かべて――しかし、どこか同情を込めた視線を私達に送りながら呟いたのだ。


「クソくらえ」



 あの時、なぜ奴が人間に見えたのかはわからない。


 私達の錯覚だったのかもしれないし、混乱させるために変身魔法でも使ったのかもしれない。


 あの言葉も全部嘘だったのかもしれない。


 それでも私達の胸にはしっかりと刻まれた。


 ――国のためか。


 そして、それからだった。


 王様のあの言葉に疑問を持つようになったのは。


 ――死んでしまうとは情けないのぅ。


 情けない。


 確かに魔王討伐を請け負う私達が負けてしまう――すなわち死んでしまうのは、確かに情けないのかもしれない。


 しかし、私達も全力で――それこそ文字通り、死力を尽くして戦っている。


 勇敢に。


 大胆に。


 もちろん王様は私達を鼓舞する意味で声を掛けているのかもしれないし、私達は今までそう捉えてきた。


 だから何度痛い目を見て、何度殺されようとも、その言葉で私達は励まされ、その度に敵を打ち破ってきた。


 だが、その言葉はもしかしたら皮肉なのかもしれない。


 例えば――我が国の恥を晒しおって、と。


 例えば――お前たちを選んだわしに恥をかかせおって、と。


 そして。


 例えば――あんな敵国なんかに負けおって、と。



 な〜んて。


 先日、悲願だった魔王討伐をついに果たし、久し振りに家に帰ってきて少しテンションが上がっているのかもしれない。


 ――そんな訳、ないじゃん!


 魔王討伐隊のメンタルケアももうおしまい。


 最高のパフォーマンスを発揮させるには、ただ気分をあげれば良いと言うことではなく、どのタイミングでどの程度だけ治療するのか、その判断はとても難しく、そして残酷ではあったけれど、ようやくそれから開放されたのだ。


 これからしばらくは仕事に追われず、のんびりしてやるぞ。


 うーん、何しようかな。


 そういえば近所に大型娯楽施設ができたらしいし、そこでリフレッシュするのもいいなぁ。


 ランニングとかしてきれいな汗をかくのもいいかもしれない。


 そういえば休みの日って何してたっけ。


 一年以上にもわたる遠征で久方ぶりの休日だからな。


 えーと、確か休みの日は。


 ……あれ?


 休み……の日は?


 何して……?



 今日、私は魔王討伐隊の一員となった。


 と言っても、直接的に戦闘に参加するわけではなく、勇者たちのメンタルケアを請け負っている。


 王様は私の精神治癒魔法を高く評価してくれたらしい。


 私にはちょっと荷が重いけれど、それでも頑張ろうと思う。


 頑張って頑張って。


 勇者たちと一緒に魔王を討伐して、平和な世界を取り戻すんだ。


さぁ、世界平和のために出発だ!



「今回もよろしく頼んだぞ、勇者たちよ」

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