背伸びしても届かないけど

下降現状

背伸びしても届かないけど


 私の好きになった人は、私より大分背が高い。

 だから、履いたことの無いヒールの靴を履いたって、背伸びしたってキスも出来ない。

 それは私が子供であの人が大人だからって理由もあるし、私が生徒であの人が先生だって事もあるし、他にも色々。

 ――そう、私が好きになったのは、私の担任の先生。

 好きになったのは、ある日のお昼の時間。


 ……その日、私はちょっとした失敗をした。給食が無い、お弁当の日なのを忘れていて、何の用意もしていなかったの。

 どうしよう、お昼抜きにするしかないかなぁ、なんて思って、ちょっと途方に暮れて席に座っていた時に、先生が声をかけてくれた。

「先生も昼ご飯、持ってき忘れてきたんだ。ちょっと一緒に行こうか」

 って。

 先生は言いながら、私の手を引っ張って、席から立たせた。そんな事、ぜんぜん予想してなかった私は、あわわってなっちゃった。

 先生と手を繋いで、制服のスカートを揺らしながら廊下を歩いていると、なんだかドキドキして、誰かがじっと見てたりしないか、気になったりして。何だか、いけないことしてるみたいな気分で。

 そうして先生が私を連れてきたのは、学校の駐車場。先生には似合わない、大きくてピカピカの黒い車の所。

 先生がこんな車に乗ってるなんて知らなかったから、私はびっくりして、先生に向かって、これ先生の車なの? って聞いた。

「車だけが趣味でさ」

 先生が言うには、今乗っているのは外国の車で燃費も悪いけど、カッコイイから良いんだって。

 普通の車と反対側にある助手席は、今まで嗅いだことがない不思議な匂いがして、なんだかそわそわして落ち着かない気分。

 あんまり助手席に人乗せたこと無いんだよね、なんて言いながら、先生が連れて行ってくれたのは、コンビニだった。

 車と似合わない場所過ぎて、駐車場に車を停めた先生の顔を、私は見た。私が言いたいことを、先生はすぐに察したみたいだった。

「……教師って、意外とお金ないんだよ。そういうわけで、奢れるのはこれくらいなんだ」

 ちょっと恥ずかしそうに笑って、先生は頬を指で掻いてた。

 大人っぽいところと、子供っぽい所を急に交互に見せられて、よく分からなくなって、私は目を逸らしちゃった。

 そうして、私たちは二人でコンビニで焼きそばパンと飲み物を買って、コンビニの前で並んでそれを食べた。

 コンビニの焼きそばパンはちょっとべたっとしてて、ソースがストレートで安っぽい感じ。でもそれが悪くないなって思えた。

 それはきっと、先生が隣りに居たから。私が困っているのを見ていて、真っ直ぐに手を差し伸べてくれる人が居たから。

「あんまり贔屓したりすると怒られるから、先生がお金を出したのは内緒な」

 先生はそう言って、ニヤッと笑いながら、焼きそばパンと一緒に買った煙草を咥えて、胸のポケットから取り出したライターで火を点けた。

 先生が煙草を吸うなんて思わなかったから、私は驚いた。煙草を買っているところを見たのに、自分で吸うなんて想像もしなかった。

「学校は敷地内禁煙だから、外に出た時に吸っておかないと……あ、生徒の前では、良くなかったかな」

 これも内緒な、なんて私の顔を見ながら言って、先生はなんだか美味しそうに煙を吐き出した。

 その匂いが、先生の車と同じ匂いだった。

 香水代わりの大人の匂いで、先生の匂いだった。


 ……こうやって、見たことの無い先生を――クラスメイトの誰も知らない先生をいっぱい見たのが、恋の始まりだったんだと思う。

 それからはずっと、先生のことを目で追って、先生が何かしたり、表情を変える度にどきどきして、先生が他の子と話す度に胸をちくちくさせたりしている。

 ちょっと視線がぶつかっただけで胸の奥がどきどきしたり、笑いかけられると心臓が口から飛び出そうになって、自分から目を逸らしてしまう。

 そして家に帰って一人になると、そんな事を思い出して、少しぼぅっとしてしまう。ついつい、先生のことを考えてしまう。今は何をしてるのかな、誰かと一緒に居るのかな……

 こんな気持ちは初めてで、自分の気持ちなのに、それに振り回されてしまう。それがなんだか、羽で優しく触られているみたいにくすぐったくて、楽しい。

 これが、人を好きになるって事なんだ。なんだかとっても素敵な事なんだ。

 ……でも、私だって、分かっている。

 この恋は、何処にも辿り着けないし、辿り着いちゃいけないんだ、って事ぐらい。

 きっと、他人から見たら、子供の憧れみたいなもので、ちっぽけな取るに足らない思いでしかないんだ、って。

 でも、でも、そんな事関係ない。

 この気持ちは、私自身にだってどうしようもないし、誰にも止められない。

 相手に届かないとか、自分が子供だとか、そんな事と、恋をすることは何の関係もない。恋することはきっと、一番自由なことだから。

 背伸びしたって、届かない。キスも出来ない相手だけれど。

 見つめて、視線を届かせることは出来るから。

 それ以上のことは、出来ないから。

 受け入れてほしいなんて思わない。イケない恋だって、先生のことを見ているぐらい、許して欲しいの。

 ね? 先生、お願い。

 私の好きになった、貴女。

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