後編

「るる、ルル……」


 喘ぐように言いながら、ユーフェミアはルルを貪る。息継ぎの度に漏れる微かな吐息。小さな水音。


「んんっ……」


 苦しげにルルが喘いだ。すると、涙が頬を伝う。その瞬間、ユーフェミアはルルの口を解放し、飴玉を舌で掬い取った。


「あっ……ゆ、ふぇ、みあ」

「大丈夫。大丈夫よ、ルル。ちゃんと気持ち良くしてあげる」


 そう言って、ユーフェミアは再びルルの体をまさぐり始めた。




 あの日以来、ユーフェミアとルルはずっと一緒にいた。仲睦まじい様子だったが、本当は違う。

 ユーフェミアはルルを求めた。正確には、ルルの飴玉を。もうあの耐え難い渇きを味わいたくなくて、事あるごとに求め続けた。

 それが、ルルには辛かった。ユーフェミアにいっぱい愛情を注がれて育ってきたルル。だからこそ、ユーフェミアがルル自身ではなく、飴玉の方を求めているのが分かってしまう。


 ユーフェミアから与えられる快楽はとても気持ち良かった。だけど、あまりの気持ち良さに涙が零れ落ちると、ユーフェミアはすっと離れて飴玉を口にする。その瞬間、まるで冷や水を浴びせられたかのように、心が凍ってしまうのだ。



「ね、ユーフェミア……」


 二人で花畑に並んで寝転がって。ルルはユーフェミアに呼びかけた。「なぁに?」とユーフェミアは明るい声で尋ねる。


「ユーフェミアは、私のこと、好き?」

「もちろん。好きよ、ルル」


 そう言って、ユーフェミアは近くにあったルルの手を絡め取った。隙間のないよう、ぴっちりと重ねる。

 だけど、その言葉はルルに届くことはなかった。


「そっか……」


 ルルはそっと目を伏せた。口先ではなんとでも言える。だから、それ以外の証明が欲しかった。けど、普段やってる行為は、結局ユーフェミアが飴玉を欲しいから、としか思えなくて……。

 なんで。ルルは心の中で呟く。なんで、こんなことになっちゃったのだろう? 私はユーフェミアの想いを信じることができない。彼女が、私を愛しているという証明が欲しい!


 そのとき。ルルの視界がユーフェミアで埋め尽くされた。ユーフェミアは笑顔でルルの上に乗る。


「元気づけてあげる」


 そう言って、ユーフェミアはルルの唇に自らを重ねた。

 ああ、もう、いや……。そんなことを思いながら、ルルはまた一粒、涙を零した。



△▼△



 ユーフェミアはとても幸せな生活に満足していた。愛しいルルとずっと一緒にいられて、体を交わらせて。自らの下で揺らめくルルが、とても愛おしかった。

 だけどそれと同時に、この生活が長く続かないことも察していた。マルク。彼は執着心が強いから、きっと私を見つける。そんな確信があった。

 その前に、なるべくルルといるために、逃げなきゃ。そう思っていた頃だった。


「ぉ……ぃ、ゆ……ぃあ!」


 ゾクッと背筋が凍る。来た。来て、しまった。

 ユーフェミアはその場から駆け出した。今すぐ、ルルを連れて逃げなきゃ。二人きりで、ここではないどこかへ。ちょうど今、ルルは洞穴で簡単な調理をしているはずで……。

 そんな思いで、ユーフェミアはひたすら走った。走って、走って、洞穴に着く。


「ルル、ルル!」


 ルルはユーフェミアに背を向けて座っていた。彼女の手を、ユーフェミアは強く握る。


「行こう、一緒に。逃げなきゃっ! このままじゃ、連れ戻されちゃう!」

「……何で?」


 静かで、落ち着いていて、冷たい声だった。ルルがそんな声を出すとは思ってなくて、ユーフェミアは固まる。


「ルル……?」

「……ユーフェミアは、私のこと、好き?」

「もちろんだよ! だから、早く一緒に……」

「……ねぇ、ユーフェミア」


 ルルが、ユーフェミアの方を見た。その瞳には薄い涙の膜が張られていて。ユーフェミアはごくり、と唾を飲み込んだ。美味しい、飴玉を食べたい。こんな状況なのに、そんな欲が湧き上がってしまう。


「私ね、もう、あなたの言葉を、愛を、信じることができないの」


 ポロポロと零れ続ける飴玉。ユーフェミアは、それらから目を離すことができなかった。美しくて、甘い――飴玉ルル


「だから、私は……」


 その光景を、ユーフェミアはただ見続けることしかできなかった。

 自らの首にナイフを当てるルル。剣先が震えていて、ぷつ、と僅かに血が滲む。それに顔を顰めながらも、彼女は精一杯の笑みを浮かべて言った。


「ユーフェミア、愛してる。だから、ごめんね」


 そうして、ルルは自らの首にナイフを突き立てた。




「る、る……」


 ユーフェミアが言葉を発することができたのは、ルルが事切れてからだった。


「るる、ルル……」


 震える指先で、ルルに触れる。まだ、微かにあたたかい。だけど、肌の色は、もう……。


「ね……? ルル、ルル……おきて、起きてよ……」


 いくら揺すっても、彼女の瞼はぴくりとも動かなくて。ユーフェミアはポロポロと涙を流しながらルルに呼びかけ続ける。


「るる、るるぅ……」



 ……やがて、一つの足音が洞穴に響いた。


「ああ、見つけたよ、ユーフェミア。ほら、怒らないから帰ろう?」


 マルクだった。彼はユーフェミアの肩にぽん、と手を置き、その向こうにいるルルを見つけた。


「なんだ、その娘は。君のワンピースを着ている。……行こう、ユーフェ――」

「あなたのせいよ」


 ゾッとするほどの低い声だった。だけど、マルクは気にしない。


「ユーフェミア、早く式を――」

「あなたのせいよっ!」


 涙を溜めた瞳で、ユーフェミアはマルクを睨む。そしてルルの手からナイフを取ると、思いっきり振り上げ、勢いよく下ろした。マルクの首から血が吹き出す。


「あなたのせい、あなたのせい、ぜんぶぜーんぶっ! あなたのせいよっ!」


 何度も何度も、振り下ろす。その度に血が飛び散り、ユーフェミアの真っ白な肌を染める。


「ゆ、ふぇ……」


 マルクはユーフェミアの足首を掴んだ。べっとりと手形が付く。だけど、ユーフェミアはそんなこと気にせず――否、気にする余裕などなくて、ただひたすら手を動かし続けた。


「あぁぁぁあああああああっ!」



 ……どっぷりと日が暮れて。いつもと違い、真っ暗な洞穴。昨日までは、焚き火が焚かれていて、二人の笑い声が響いていたのに、今日はただ静寂だけがあった。


 小さなリスはいつものように洞穴に飴玉を貰いにやってくる。だけど、そこには飴玉をくれる彼女も、彼女の恋人もいなくて、ただ三つの死体があるだけだった。

 一つは、悲しみながらもどこか満足している、彼女の死体。二つ目は、体の至る所にナイフの跡がある、見知らぬ男の死体。三つ目は、涙のあとが色濃く残っている、彼女の恋人の死体だった。



△▼△



 むかしむかし、ある村にとても美しい少女がおりました。愛情をめいっぱい注がれて育った、明るい少女です。

 彼女はある少年と結婚の約束をしてましたが、その少年は旅する商人の息子。僅かな期間しか共に過ごすことはできませんでした。

 そのため、少年がいない間に、少女は別の男性に惹かれてしまいます。仕方のないことです。ですが、少年はそれを許すことができませんでした。


 ある日、少年は少女を娶るために、家に閉じ込めます。けれども、別の男性と共にいたい少女。なんと窓から抜け出し、その男性の元へ行きました。

 それを許せない少年は、少女の後を追いかけます。そして、二度と帰ってくることはありませんでした。


 それだけのお話です。

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森の奥で眠る者たち 白藤結 @Shirahuji_Yui

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