第2話
何度泣いたことだろう。普通の地球人として生きる道は閉ざされた。どうやってこの世知辛い社会で暮らして行くのか。受け入れがたい現実。しかしこれがそのままの私。新興宗教でもやるか?霊感商法はどうだ?No,No,手を出すには理性がありすぎた。ただだまって生きてきた。年齢を重ね、高校卒業時から続けてきた職場はひょんなことからうまくいかなくなり、退職。求人雑誌で拾った派遣の仕事でなんとか食いつなぐ。しかし最後に選んだ仕事がビンゴ。コールセンターテレオペ。20年以上を渡り歩くこととなった。常に求人があるためこの仕事は職に困らない。親の遺した家と宇宙船によって暮らしには困らない。これが私の半生であった。
俗に言うインディペンデンスデイまでは。
話を元に戻そう。とはいえ、ここ数年で「コールセンターでのお仕事」は激変していた。今や多機能モニタ・フォンはどんな旧式のセンターにも標準装備されることとなり、オペレーターの顔は安心感を与えるという名目で必ずリアルタイムで表示。しかし客がこちらに顔を見せるかどうかは任意だった。完全指名制で人気のあるオペレーターには特別手当が支給。今の職場は高齢者支援を目的としたNPO団体主催であったが、残念ながらその風潮とは無縁でなかった。企業から豊富な資金援助を受け、給料も滞ることはない。比較的成績の良い私は順調に与えられた仕事をこなしていたが、脳摘出前の父の容姿は当然だが絵に描いたような、いわゆる本物の宇宙人であったので、瓜二つの自分の見た目が多機能モニタ・フォンを使用しての顧客対応にどう影響するのか不安な毎日であった。
太ったカカポは重い。オフィスのイスは立ち上げの際の低予算時代のままでありお世辞にも座り心地のよいものではない。しかしそれより身体を動かすたびギィ、ギィ、と耳障りな音を立てることが不快であった。
おっとコールだ…
「おはようございます。高齢者後方支援プログラム、「猫の手助け」、担当テルコ・Nです。」
カカポを操りヘッドセットのマイクから話しかけると、ブーンと音が響きディスプレイの画面が開いた。今朝一番の客はおなじみさんだ。
「おはよう、グレイ。」(みな私を通称で呼ぶ)
「おはようございます、奥さま。」
「あなたが出勤しててよかったわ。大切な話なの。」
ごきげんななめのようだ。我々のセンターへ顧客登録をしてから3ヶ月、架電率上位10%内に入るシマ・Oは標準的な高齢者用アパートに住む一人暮らしの90才。裕福と言えるゆとりのある年金暮らし。頼れる親戚や子どもはなく私たちNPOへの登録は本人名義、ということは自分でこのサービスへたどり着いた可能性が高く、つまり情報にも強い。家族を持たないことは助けてもらうあてがないとも言えるが、反対に助けなくてはいけない相手もいないということだ。家族の心配ごとを抱えての相談も多い当センター顧客の中では気楽に暮らしている風であった。連日のように電話はしてくるものの相談ごとも何かの手続きについてなど簡単なものが多く、ただ人と話したくて架けてくるように思える。こちらの話を聞かないことで有名だがここの客はみな似たようなものである。
「奥さま、先日の件はいかがでした?」水を向けてみた。
「前回お電話の時はお困りでしたが。わたくしどもにご相談いただいて解決しましたか?」
「ああ、グレイ。あなたは独身のしかも宇宙人で家族をもつ人間の気持ちなんてまるでわからないかもしれないけれど・・」シマ・Oは大げさに天を仰ぎため息をついた。
おやおや、なんという暴言だ。違和感をおぼえ、すぐさまハラスメント表の該当の場所に正の字を加えた。モラル減点が多いと会員に対しサービスの解除を申し渡すこともある。確かに天涯孤独の身の上だが、そもそも父の種族は長命であり、私は60前だがこれが地球人でいうところの幾つにあたるのか正確にはわかっていない。腰痛関節痛に年齢を感じる時もあるとはいえ、これからの恋愛→生殖活動→妊娠→出産の流れについて心配をしたことは一度もない。現在の地球の科学力はシマ・O夫人の馴染んだ時代とは全く違っているし、地球人男性との性行については正直リアルに夢みないこともない。
テレフォンオペレーター宇宙人グレイ トヨジルシ @toyomatsu
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