2話 くだらない……

弓鶴ゆづる 鷺ノ宮病院 507号室にて 〜


「おはようございます、月影つきかげさん。今日の体調はどうですか?」


6時00分。いつもの通り数秒の狂い無く看護師が僕を起こしに来た。一言一句間違えずに同じ台詞を吐き、検温して去ってゆく。朝食は8時00分だからこんな時間に起こされたってすることなどないのに。


「はぁ」


小さくため息をついて窓を見つめる。窓から見える景色はいつもと変わらず大きな木と枝の隙間から見える青空だけだ。枝に小鳥がとまってさえずり気持ちいい朝を知らせてくれるなんてそんなロマンチックなことなどない。なんて事はない、つまらない朝だ。本を開き朝食を待つ。この本も全て覚えてしまうほど読んでいたから面白くもなんともなかった。


8時00分。看護師が朝食を運んで来た。美味しくもない病院での朝食を済ませ、看護師に1日のスケジュールを説明されまた小さくため息をつく。治りもしない病気の為にこんなくだらない毎日を過ごしているのはもううんざりだった。滅多に誰かがお見舞い来ることなんてないし友達も居ない。父は


「仕事で忙しいから」


とか言ってここ数ヶ月会いに来た事はない。忙しくなどない癖に…。


「捨てられて当然……か。」


僕の父は物凄い金持ちで大手企業の社長。常に凛とした態度で弱みなど見せず息子といえど決して甘やかさなかった。体罰なんて当たり前でいつも僕はあざだらけだった。後継者になれるのは社長の血を引くものだけで、父には兄弟はいないし息子は僕しかいないから僕が後継者にならなければいけなかった。でも幼い頃から病弱だった僕にあのスパルタ教育は耐えられず、身体を壊してしまった。僕が長くは生きられないことを知った時の父の顔は、今までに見たことがないくらい怒りに震えていた。殴られるのかと思ったけど父は


「役立たずが……」


と呟いて車に乗って帰ってしまった。それ以来父とは会っていない。母も僕が幼い頃に亡くなってしまった。父の秘書は僕に


「社長はお仕事に忙しく会いには行けませんが、弓鶴様の事を大変心配しております。ですからどうかお元気になって立派なお姿を社長にお見せくださいね。」


と毎日のように電話をして来るがテレビで父の不倫疑惑のニュースが流れていたり新聞で『酒浸りで女に溺れる大手企業の社長の実態!』なんて書かれていたから嘘なのだろう。大人達は平気で嘘をついてバレても認めないし謝らないのに子供は嘘をつけば


「素直に謝りなさい!」


なんて怒られる。こんな理不尽な世界で生きていても仕方ないが、死ねば会社に迷惑がかかるから死ぬわけにもいかないのだ。そんな事を考えていると看護師が検査をしに病室を訪れた。こうしてまたくだらない僕の1日が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

煉獄少女 影山 雪奈 @epdppzkhm3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る